天才少年保護特区

夜煎炉

「アンタと一緒に居たいだけなんだ」

「好きっす!」

「止めとけ」


 肯定でも否定でもない。

 微笑むでもなければ、嫌悪に顔をしかめるでもない。

 好きという言葉に対して返されたのは、本心を一切窺わせないような「止めとけ」という制止と、あわれむ様な、どこか寂しそうな顔。

 もしも嫌っていて。だけど「嫌いだ」「無理だ」といった否定の言葉を返す事が出来ないのなら。傷付けたくないと思っての行動であるのなら、黒髪の少年が返した物はことごとく逆効果であった。

 そんな風に憐れみながら、寂しそうに。自分の気持ちとは関係ないところに存在している様な言葉を返されたところで、「はいそうですか」なんて納得出来ない。自分の気持ちを伝えた結果、相手の気持ちを受け取れないというのは、金髪の少年を傷付けるものだった。もし否定なら否定をきちんと受け取りたい、と。


 しんば、「止めとけ」というのが黒髪の本心であるのなら。

 せめて理由くらいは聞かせてほしい。


 このまま黙っていても黒髪は何も言う気配はなく、最悪先の言葉も無かった事にされてしまうだろう。仮にそれが「否定して傷付けたくない」という黒髪の心遣いであるなら金髪には逆効果であるし、「無かった事にしたいくらい不愉快だった」というのなら、それを有耶無耶うやむやにせず突き付けてほしい、と。

 少なくとももう、昨日までの様にただただ笑いあって、くだらない話で盛り上がれる関係には戻れないだろう。そう覚悟は十分に決めて、金髪は言葉を紡ぐ。

 感情的に叫んでしまわぬ様に、それだけは気を付けて。


「止めとけ、ってなんすか?嫌なら嫌、ってはっきり言われた方がオレとしては嬉しいっす」

「そのままの意味だよ。友愛にせよ恋慕にせよ、オレに好意を向けるのは止めとけ。お前には悔恨しか遺さねぇから」

「……どういう意味、っすか?」


 金髪に応える黒髪の顔には相変わらず、憐れみと寂しそうな色が浮かんでいる。しかし言葉を紡いでいく内に、徐々に憐れみは減り、代わりに寂寥せきりょうが色濃くなっていた。

 それを悟れぬ程、金髪とて鈍感でもなければ、付き合いも短くない。自然問う言葉の覇気はきは削げ、黒髪の顔色に感化されたか多少なりとも弱々しいものになる。

 けれど問わずにはいられなかった。己が気持ちを中途半端な場所に捨て置かれたくないという自身の欲望も絶無とは言えないながら、長年の付き合いがある黒髪のこんな表情を見て、何も無かった事にしてしまうなんて芸当、黒髪を相手にした金髪には出来なかった。

 有り体な言い方であるが、もし“誰か”に解決可能な問題であるのなら、の“誰か”は「己」でありたいと思ったのである。


「お前はオレの立場を知ってるか?」

「そりゃあ知ってるっすよ。天才少年。通称、国の頭脳。お偉方の大人さえアンタを前にすればかしずく程なんでしょう?」

「じゃあ天才少年保護特区も知ってるな?」

「オレは頭の良さはあんまりっすから、詳細は無理っすけどねぇ。確か天才少年の生活を守って、外部から悪い刺激を与えられない様にするとか、なんとか。この国がそうなんすよね」

「ああ。でもそれなら“天才”保護特区でも構わなかっただろ?この国の保護特区に態々わざわざ“少年”が付けられているのは、“天才少年”に固執してるからだよ」

「神童も何とかで才子、大人になったらただの人、ってヤツっすか?」


 言いつつ金髪は黒髪の言葉と自身の言葉に1つ違和感を抱いた。おかしい。何かが、おかしい。大きな矛盾をはらんでいる様な。

 思わず黙り込み違和感について探ろうとする金髪に気付いたか、黒髪は小さく頷くと、まるで金髪自身がまだ答えを掴んでいない違和感さえ全て見通している、という様に「そうだよ」と肯定を返した。


「この国が保護してるのは、あくまで“少年”の天才だけ。でも少年はいずれ大人になる。大人になれば天才のままでも、“天才少年”とは言えない。成長の結果として仕方ないと言っても、天才少年を失い、天才少年の保護に失敗している事になるよな?でもこの国が保護を失敗した話なんて流れたか?」


 そうだ。天才少年を天才少年のまま失わない様に保護するというのは、不老不死の薬や子供だけの王国でも存在しない限り不可能であり、天才少年が少なくない人数暮らしているこの国、それも“そうした面”で頭いくつ分も抜きん出た黒髪をもってしても未だ完成させたという話は聞こえてこない。

 仮にお偉方が隠匿いんとくしているだけだとしても完成させられるだろう人間は黒髪を除いて他に居ず、お偉方さえ傅く存在であるところの彼にはお偉方の機密扱いなんて関係ない。付き合いの長い金髪には明かしているだろう。

 しかし黒髪が言った様に保護を誤ったという話も一切聞こえてこない。此方こちらも、否、此方こそお偉方が隠匿しそうなものだが、これまた黒髪が知れば金髪にだけは打ち明けているだろう。

 つまりこの国が保護活動を始めて何年、何十年と経つにもかかわらず、“天才少年”は失われていないのだ。逆に言えば、成長していないとも言える。


「それ、おかしくないっすか?人間は成長する。でも天才少年だけはずっと子供のまま、なんて」

「それがさっきの“止めとけ”の理由。オレに恋情にせよ友愛にせよ、好意を寄せれば遺るは悔恨だけ、っていうな」


 小さく息を吐き、黒髪は肩を竦める。金髪の胸中をとてつもない不安が支配しだしていた。

 聞きたくない、と思わないと言えば嘘になる。それでも知りたいと思った。黒髪が求める“誰か”は“己”でありたいのだから。是でも非でもない答えを、寂しそうに返した理由を知りたいのだから。

 金髪の双眸は恐らく雄弁に内心を語っていたのだろう。根負けしたと言う様に黒髪は再び息を吐き、


「この国は天才少年が一定年齢を越えると、ソイツのコピーを作るんだよ。アンドロイドなのかクローンなのか、詳細までは分からない。ただそうやって不要になったコピーは捨てて、新しい天才少年を保護する。そんなサイクルをずっと続けてきた。もしかしたらそのシステムを作り出したのは、1番最初のオレかもしれねぇな」


 言った。

 金髪の言葉を待たず、黒髪は言葉を続ける。


「だからオレは遥か昔に存在していた“オレ”のコピーだし、近い内にまた新しいオレが作り出されて、オレは要らなくなる。容姿、性格、言動はそのままだけど、対人関係の記憶は一切ない。だからお前と成長する事もないし、新しく生まれたオレはお前に対してこう言うぜ?“初めまして。あなたは誰ですか?”ってな」


 同じ顔をして。同じ声をして。性格までも同じで。それでいて共に過ごした記憶がないから。

 だから、何だというのだろう。


「だから後悔しかしないから、止めとけって?だとしたらアンタ、オレの事舐め過ぎっすよ。何年幼馴染やってると思ってるんすか?何年親友やってると思ってるんすか?オレはアンタがコピーでもなんでも、“アンタ”の親友だし、アンタが居なくなったら、そんな事、後から考えるっすよ!今はこうしてアンタと一緒に居たいだけっす」

「……お前、本当馬鹿だな」


 黒髪が楽しそうに笑う。今なら、恋情にせよ友愛にせよ、好意を受け取ってくれるだろう。

 金髪は微笑んで、同じ言葉を告げた。








「タイプFri.11機の接触、確認出来ました」

「今回もやはりFriは同種に接触し、同じ様な回答をするな。Gen.にしか記憶を残していないが、やはり何らかの関連性はあるのかもしれんな」

「どちらにせよ、Gen.のメンタルケアという点にいて優秀であるのは間違いありませんし、11機の破棄及び12機は変わらずGen.とFri.セットで行いましょう」


 研究室の壁。

 モニターに映し出されているのは、楽しそうにじゃれあう金髪と黒髪の少年の姿……。

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