手順41 一緒に帰りましょう

 飯田橋先生の一件以来、寺園先輩は一年女子の間ではかっこいい、憧れる先輩No.1となり、一年男子からは漢的な意味で惚れる、舎弟になりたい先輩No.1となった。


 ボクのクラスでも寺園先輩の人気は高く、たまたま寺園先輩の勇姿を見ていた生徒はいかに寺園先輩の技が鮮やかでかっこよかったかを熱く語っていた。


 一方ボクの事に関しては、

「辛かったね」

「ナオミくん可愛いもんね……」

 と、かなり同情的だった。


 武と良樹が

「まあ、正直手を出したくなる気はわからないでもない」

「ナオミちゃん気をつけろよ~」

 と、適度にちゃかしてきてくれたので、しばらくしたらクラス全体が腫れ物に触るような感じだったのがまた元に戻って、たまにネタにして笑いをとれるくらいにはなった。


 カリンとあめやんはといえば、

「寺園先輩があんなに格好よかったらもう惚れるなって方が無理だよね」

「私達は尚ちゃんの恋を応援してるからねっ!」

 なんて、最近ことあるごとに恋バナに持って行こうとする。


 そして、変わったことといえばもう一つ。

 飯田橋先生の事件以降、つづらは前にも増してボクに甘くなった。

 というか、過保護になった。


「もうっ! 尚ちゃんは可愛いんだから気をつけないとダメだよ!」

「尚ちゃんは私が守るからね」

 が口癖になったけど、ボクとしてもつづらがボクをかまってくれるのは嬉しいので何も問題は無い。

 むしろ幸せだ。


 だけど、気にくわない事もある。

「そっか~、じゃあ直人くんが祐希くんが発注ミスした牛乳の処理であの催し物はどうかって提案してくれたんだ~」

「うん、言い出したのはオレだったし、手伝う事になったんだけど、まさかあんなに人が来るとは思わなかったよ~」

 つづらが取り巻きのイケメン達に興味を持ち始めた。


「うふふ、直人くんも祐希くんもテキパキしてたよ。でも、本当に皆には頭が上がらないなあ、もしあの日、あの催し物がされてなかったらあんなに人は集まらなかったし、私も尚ちゃんの一大事に気づかないで帰ってたと思う」

「つづらちゃん……」


 本当は全員で示し合わせてやった事だけど、表向きはただの偶然という事になっているし、その事はつづら本人にも話していない。

 ただ、事件が起こった後のサポートを先輩達がせっせとしたおかげで、つづらの中で彼らの株がかなり上がったらしかった。


 現在、登下校は一緒にするのが当たり前になったけれど、取り巻きの人達との下校も定着してしまって、下校時は毎回四人から五人の大人数になっている。


「つづらちゃんの妹は、オレにとっても妹みたいなもんだしさ、また困った事があったらいつでも頼ってよ!」

「うん、ありがとう直人くん」

 ボクと寺園先輩と岡崎先輩の前を歩きながら楽しそうに話す二人の会話を聞いて、ボクはふと首を傾げる。


「あれ? 入谷先輩はボクの性別に気づいてたんじゃないんですか? ボクのクラスでのあだ名で呼んできたからてっきり……」

 一体どういうことだろうとボクは首を傾げる。


「入谷は顔が広いから、たぶん知り合いの一年に尚の事聞いたんじゃないか? それで最初から妹として聞いてくるもんだから、面白がって性別を伏せられた、とか」


「あ~ありそう☆ 入谷くんって学年が違う相手でも冗談言い合ってすぐ仲良くなるところあるけど、たぶん冗談を冗談って気づけなかったんだろうね、もっともらし過ぎて♪」

 岡崎先輩の推測に、寺園先輩がポンと納得したように手を叩く。


「二年、井上つづらの妹、井上尚、あだ名はナオミ。尚の見た目でこのプロフィールだと、何がおかしいのか全くわからないもんな……」

 頷きながら岡崎先輩は言う。

 だとすると、もしかして大林先輩も……。


「え、じゃあまさかあの八人の中でボクの性別に気づいてるの、寺園先輩と岡崎先輩しかいないかもって事ですか……?」

「たぶんな」


 ボク、飯田橋先生から逃げて廊下に出た時、ワイシャツの前留まってなかったと思うんだけどなあ……。

 あ、もしかしてブラ付けてなかったけど、その下に女物のインナーを付けてたから?


 というか、どうりでやたら皆ボクを丁重に扱おうとする訳だ。

 色仕掛けをボクがやると言った時、やたら反対してきたのも、ボクが本物の女の子だと思っていたからだと思うと納得できる。


「えー……これは、教えてあげた方がいいんでしょうか……」

 さすがに先輩達には散々協力してもらった訳だし、ここはちゃんと素性を明らかにすべきかもしれない。


「いや、気づくまでそのままでいいだろ」

 ところが、入谷先輩の元へ向かおうとしたボクの肩を持って岡崎先輩が止める。


「え」

「その方が俺も都合がいい」

 ニヤリと岡崎先輩は笑う。


 なんでだ?

 岡崎先輩がしばらくボクの事を女だと思っていた腹いせ?

 そこまで考えて、ボクはハッとする。


「ボクが女だと思われていた方が、もしかしたらライバルが減るかもしれないから……?」

「大林なんかは結構脈ありだと思わないか?」

 ボクが仮説を立てれば、岡崎先輩は爽やかな笑顔で言う。


「いやいや、今回はたまたまこういう作戦でいきましたけど、ボクにそっちの趣味はありませんし」

「うーん、でも今ふと思ったんだけど☆ 尚くん的にも今後本命の子を攻略していくうえでその方がやりやすくない?」

 さすがにもうあんな事はゴメンだとボクが笑えば、寺園先輩がニッコリと笑う。


「……どういうことです?」

「例えば、ある女の子があの六人のうち誰かを好きになったとしてさ☆ その男の子の方が尚くんの事好きなら、カップルは誕生しないし、最低でもいい時間稼ぎにはならない?」


 ボクが尋ねれば、寺園先輩は横に岡崎先輩がいる事もあって、寺園先輩はぼかして教えてくれる。

「いや、それはピンポイント過ぎだろ」

 なんて岡崎先輩は笑っているけれど、ボクにとっては目から鱗の逆転の発想だった。


 そうか、ボクがあのイケメン達を誘惑すれば、最近つづらと距離を縮めている先輩達との仲を邪魔する事ができる。

 飯田橋先生の一件で、男だとバレていてもある程度誘惑する事ができるのはわかった。


 つまり、今後つづらに近づく奴を誘惑して興味をボクに向けさせたら、つづらが狙われる事はなくなるんじゃないか……?


 大発見だ。


「寺園先輩、やっぱり天才ですね?」

「ああ、杏奈は柔道の天才だ」

 ボクが寺園先輩に言えば、岡崎先輩が横からうんうんと頷く。


「いや、今のは冗談のつもりだったんだけど……というか天才じゃないし、何度も言ってるけど復帰しないからね?」

「寺園先輩、師匠って呼んでいいですか?」

「可愛くないから杏奈先輩とかの方がいいな☆」


 寺園先輩的には冗談だったらしい。

 でも、ボクとしては天啓を得た思いなので、なんだったら心の師として仰ぎたいくらいだ。


「いや、杏奈はいずれ多くの門下生を抱えて師匠と呼ばれる存在に……」

「最近、響くんその話ばっかりだよね☆」

 そういえば最近、岡崎先輩が以前よりも寺園先輩に話しかける事が増えた気がする。

 やはりあの狡猾とも思えるあざとさを誇る寺園先輩のテクニックは確かに実を結んでいるようだ。


「え、何々杏奈ちゃん柔道復帰するの?」

「しないってば☆」

「え~なになにオレも混ぜて~」

 途中からつづらと入谷先輩もこちらに合流して混ざってくる。


 桂秋学院に入学してから、毎日騒がしい日々だけど、それも楽しくて。

 つづらがボクの側にいてくれたらもっと楽しくて嬉しい。


 すぐ隣で笑うその人は、ボクと同じにおいのはずなのに、とてもいいにおいがした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

エグいくらいにモテまくる姉を落とすには? (#エグ姉) 和久井 透夏 @WakuiToka

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ