第43話 同人誌

 休日。僕はフィギュアの手入れに勤しみ、ミラは床に掃除機をかけていた。

 ミラの掃除機の掛け方は丁寧だ。適当にやる僕とは違って、ちゃんと床板の向きに沿って隅々までかけてくれる。

 カーペットの裏やベッドの下まで手抜きせずにやってくれるのは有難い。お陰で最近、僕の家は埃知らずだった。

「……うん?」

 と、ベッドの下に掃除機をかけていたミラが、怪訝そうな顔をしてベッドの下を覗き込んだ。

 そして、何やら手を突っ込んで、一抱えほどの大きさのダンボール箱を中から引っ張り出した。

 何の貼り紙もされていないダンボール箱だ。そこそこ年季が入っており、表面がちょっと色褪せている。

 それを目にした僕は、げっと呻いて表情を変えた。

「おい、何勝手に引っ張り出してるんだよ」

「何ですか? これ」

「こらっ、開けるんじゃない!」

 箱を開けようとするミラを制する僕。その声に反応して、それまでテーブルで大人しくジュースを飲んでいたネネがこちらを向いた。

 ミラは僕の言葉などお構いなしに、箱の蓋を開いた。

 中から出てきたのは、大量の本。どれも冊子並みに薄く、表紙に絵はなく共通して『成人向け』の文字が入っている。

「本ですか?」

「…………」

「何これ。女の人の裸ばっかり」

 いつの間にかミラの隣に移動していたネネが、本を一冊手に取って中身をぱらぱらと捲っている。

 僕は気まずくなって髪の毛をがしがしと掻いた。

 これは……僕がこれまでに秋葉原やネット通販で買い集めたエロ同人誌である。

 ちょっと励みたい日の夜なんかに読んで、その……自家発電をしていたのだ。

 ミラがこの家に来てからは、彼女の目があるから流石に恥ずかしくてベッドの下に封印し続けていたのだが。

 まさか、発掘されてしまうとは……ベッドの下に隠すというのは安易な発想だったか。

 このままでは二人に変な目で見られることは避けられない。

 何と言って説明するべきか。僕が必死に考えを巡らせていると。

「嬉しいです、櫂斗さん!」

 ミラが、何やら感激した様子で声を上げた。

 彼女の言葉の意味が分からず、僕の目が点になる。

「……へ?」

「だって、この本で子作りのためのお勉強をしていたってことですよね! 私のために!」

「…………」

 おいおいおい。何処をどう考えたらそういう考えに行き着くんだよ。

 相変わらず、この女の考えることは電波だ。僕には理解できない。

 変な目で見られることを免れたのは有難いけど……正直言って、複雑な気分だった。

「早速子作りをしましょう! 櫂斗さんがこの本でお勉強したことを、私にも教えて下さい!」

「馬鹿、脱ぐな! 僕はあんたとやるつもりはないからな!」

 着ていたスウェットを脱いでブラジャーを外そうとするミラを、僕は慌てて止めた。

 それを見たネネが、触発されたようにブラウスのボタンを外し始める。

「だったら、私が」

「ネネも脱ぐんじゃない! 全く、何でそうすぐにやりたがるんだよ、あんたたちは!」

 僕は二人からダンボール箱を取り上げて、再度ベッドの下に押し込んだ。

 この同人誌を捨てるつもりはないけれど、隠しておく場所を考えなきゃいけないかもしれないな。

 同居人がいるって、こういう時には厄介だ。

 僕は溜め息をついて、床に置きっぱなしになっていた掃除機に手を伸ばした。

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エンケラドスの女 高柳神羅 @blood5

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