30.「同じものを見ろ」【最終話】

「伊佐崎さん……今回のゲーム、『ドラゴンミラージュ』のテーマってなんですかね?」



 俺はなるべくゆっくりと、低い声に努めて言った。



「なんで今さらそんなことを聞くんだ! 企画書読んでねぇのか!」



 伊佐崎が怒号で返す。ここで引いてはいけない。俺は気持ちを奮い立たせながら言った。



「『冒険感を手触りで感じられる王道RPG』、それはもちろん理解しています。それを表現するための、ゲームのテーマです」



 俺は伊佐崎の用意した資料を見た。



「今回ご提案いただいたシステム改修案……リアルタイム性が増しているし、小さな操作で大きなリアクションが得られるいいシステムだと思います」


「なんだ!? なにが言いたいんだよ!」


「いや、だからこれ面白いです、って」


「あ!? ……ああ」



 少し落ち着いてきたようだ。俺は言葉を継いだ。



「……ただ、今からここを大きく修正するのにはリスクもあります。だから、このシステムのキモのところを確認しておきたいんです。どこまでやれるか」


「え……」



 ミノさんと比良賀さんが声にならない驚きの声をあげた。眞山が明確に声をあげる。



「いやでも、今からやるなんて……!」


「……仕方ない。こっちの方が面白くなるんだから」



 それは、伊佐崎が目の前にいたから言ったリップサービスではない。俺の偽らざる本音だった。


 ある程度ゲームが形になったからこそ、見えてきたより面白い案。「スケジュールや予算が厳しいから」という理由で、そこから目を逸らすのもまた、正しいとは言えない。


 俺は伊佐崎を見て、言う。



「俺たちの仕事はあなたの言うとおりに開発をすることじゃない。ヒットするゲームを作ることです。そのために出来ることはします。だから」



 俺は伊佐崎の目を深く、睨んだ。



「……伊佐崎さんも、出来ることをしてください」



 数瞬の沈黙が走る。


 そう、無理難題は吹っ掛けられるものじゃない。こちらから吹っ掛けるもの――そして、関わる人間がそれぞれに無理難題をぶつけ合い、最適解を探すのがプロジェクトだ。それぞれの意見があるからこそ、チームを作る意味がある。共通の目的のために同じ方向を向いてさえいれば、それは「対立」ではなく「別の視点」なのだから。


 伊佐崎が、口を開いた。



「……なにをすればいい?」


「スケジュールの延長と、追加予算」


「……無理だ。こちらもギリギリなんだ」


「それなら、これから実装を予定していた機能を、いくつか諦めること」


「……それなら考えよう。案を出してくれ」


「それだけでは足りません。もうひとつ」



 再び、沈黙。比良賀さんが生唾を飲み込むのが見えた。伊佐崎が先を促す。俺は口を開く――



「バトル内の演出に関するデータ作成、それにバトル関連バラメーター調整、敵の挙動や強さなどのバランス調整を。こちらにデスクを用意します」


「……!?」



 皆、声は挙げなかったが、会議室の空気が揺らいだ。伊佐崎は微動だにせず、黙っていた。俺は言葉を継ぐ。



「これを実現するには、コンマ秒単位での細かい調整が必要になります。時間もない中でそれを実現するには、あなたが直接手を動かすのが早い。伊佐崎さんの望む最高の調整を、お願いします」



 絶対に自分の手を動かすな、他の人に仕事をさせろ――追加の人員も、追加の予算もないのなら、


 伊佐崎はしばらく黙って虚空を見つめ――そして突然、ニカッと笑った。



「いいねぇ。数値調整、好きなんだよオレ」



 その顔は心底楽しそうで、少し前より5歳くらい若く見えた。


 * * *


 それから2カ月。


 伊佐崎は毎日のようにガモノハスに来て、Excelに向き合って仕事をした。


 比良賀さんも一緒に来た――というか、お目付役として俺が来てもらうように頼んだのだが。


 正直なところ、この処置は社内から猛反発も受けた。


 また旧DMプロジェクトのようなマイクロマネジメントが始まるじゃないか、というわけだ。


 だが、それに関しては、「俺が防波堤になるから」ということで説得し、なんとか納得してもらった。実際、伊佐崎と比良賀さんの席の隣に俺は常に座り、社内とのやりとりは必ず俺を通すようにした。それこそ、トイレの時間まで極力あわせたくらいだ。


 それでも、1カ月もすると徐々に社内のスタッフも慣れ、打ち解けて昼食を一緒に取りに出かけたりもした。


 順調とはいわないまでも、開発はなんとか進んでいった。伊佐崎の案を受け入れつつも、仕様変更は最小限に抑えるように調整した。伊佐崎も社内にいることで熱が伝わったのか、こちらのスケジュール案や調整案を受け入れ、またより負荷の低い提案をしてくれるようにもなっていた。


 結局、β版の締め切りにすべての実装は間にあわず、デバッグ期間になっても開発はずっと続いていた。残業も徹夜も、休日出勤も発生した。しかし、プロジェクトチームの雰囲気はこれまで以上に良くなっていた。皆が同じ方向を向いて、走り切ろうとしてくれていた。


 そして――DM2プロジェクトは完遂、「ドラゴンミラージュ」――改め、「ライズ・オブ・ザ・ドラゴンミラージュ」はリリースされた――


 * * *


 結論から言うと、「ライズ・オブ・ザ・ドラゴンミラージュ」は大きなヒットにはならなかった。


 最初の方こそランキングの10位以内に入り、SNSでの話題もそれなりに盛り上がったし、売上もそこそこ上がった。


 ゲーム自体はそれなりに面白いものになったと、俺も思う。


 しかし――コンシューマーゲームの発想で作られたゲームのサイクルが、ソシャゲ市場では息が短くしてしまったのだ。


 複雑かつ精密に作られたバトルシステムのため、新規キャラをガチャに追加したり、新しいシナリオやクエストを追加するのにもコストが大きくなった。イベントにも不向きな構成で、ユーザーは徐々に離れていった。


 リリースから1年、俺たちは運営に力を注ぎ、伊佐崎と共に様々な施策を試していったが、次々に新しいタイトルが出続ける市場で、ライズ・オブ・ザ・ドラゴンミラージュは徐々に埋もれていった。


 そして1年後、サービスの終了が発表された。



 社内的な話だけをするならば、リリース後の売上もあって、プロジェクトの収支はちょっとだけ黒字になったらしい。俺に爆弾が回ってきた時の状況からすれば、大したものだ。


 俺はその功績を認められ、給料が少しだけ上がった。今は相変わらず、小さなプロジェクトをディレクターとして回している。


 俺の上には相変わらず田山と河原さんがいて、またたびたびプロジェクトを炎上させていた。


 眞山と阿達は会社を辞めた。DMでメインプログラマをやったことで自信がついたのだろう。2人ともあっさりと大手メーカーへ転職していった。


 橋多さんとミノさんは独立して会社を建て、ガモノハスや他の会社からデザインの仕事を受けている。菜月とはその後、食事に行ったりもしたのだが、特になにも起こらなった。その菜月も今月で会社を辞め、橋多さんたちの会社に合流するらしい。


 宮谷くんは変わらず、黙々と仕事を続けている。ただ、プログラマたちとは仲良くなったらしく、ちょくちょく食事などに一緒に出かけている。



 あの後、比良賀さんたちとプロジェクトの主要なメンバーが集まり、「とり大名」でささやかに打ち上げをした。



「僕もその内独立して、会社を興そうと思ってる」



 ハイボールを飲みながら、珍しく赤い顔をした比良賀さんが言う。



「比良賀さんなら、大丈夫ですよきっと」


「よかったら、来ない?」


「……考えておきます」



 俺はそう答えて、ジョッキの中身を飲み干した。そのビールはいつもよりも、少しだけ苦かった。




<大炎上プロジェクトを立て直した話しをする。 終>

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大炎上プロジェクトを立て直した話をする。 輝井永澄 @terry10x12th

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