29.「作り直せ!」
α版までにワークフローが確立していることもあり、β版に入ってからは開発は順調に進んでいるかのように見えた。
進捗の確認や成果物のチェック、スケジュールの調整など、やることはそれまでと同様、山ほどある。俺は相変わらず、オフィス内を飛び回ってスタッフの間を取り持つことに努めた。
しかし――ここへ来て、α版直前にZエンジンのアップデートの影響で作り直しとなった部分が響いていた。実質、β版での開発部分が上乗せになっている形だ。
スケジュールはじわじわと遅れていた。スタッフは残業も休日出勤もしてくれている。ひとつひとつの辻褄を合せてはいるが、元々がかなりギリギリの日程なのだ――大きく先送りになった分を、なかなか取り戻せないまま開発は進んでいった。
「……とはいえ、デバッグ期間に喰いこめばなんとかなるかなぁ」
「デバッグ期間は開発期間じゃねぇよ」
「や、そうは言っても仕方ないってのはあるじゃない?」
本来であれば、β版までで機能の実装はすべて終わらせなくてはならない、というのが建前ではある。デバッグ中にまだ開発を続けていたら、バグの原因がどこだかわからなくなるからだ。ただ、それは飽くまでも建前――デバッグ前にすべての実装を完了したプロジェクトというのは、俺は見たことがない。
眞山がため息をついた。
「まぁ、なんとか辻褄はあわせるわ。はみ出た分は俺の方で吸収するよ」
「すまん。肉おごるから」
「食べ放題じゃないやつな」
――それでも、ゲームはかなり形になってきた。テストプレイとバランス調整なども始まり、目に見えて成果が表れてきた。社内の他のプロジェクトに関わっている人間も、覗きに来た。最初のころ、俺に対して冷笑を向けていた連中が、手のひらを返してゲームを褒め始めた。まぁいい、それに対してはなにも言わないことにする。
とにかく、ゴールが見えてきた。
そんなある日のことだった。
「……本気ですか、それ」
火曜日の定例会議。伊佐崎が展開したパワーポイント資料を見て、俺は思わずそう口にしていた。
伊佐崎は仁王立ちに立ち、会議室の中を眺めていた。
「今のバトルじゃだめだ。シズル感が足りない」
「シズル感って……」
ついに来た、という感じだった。俺は眞山やミノさん、阿達や宮谷くんとも顔を見合わせる。
バトルシステムと演出の作り直し――伊佐崎の持って来た資料には、今までと全く違うシステムが記載されていた。
「……β版まであと2カ月半ですよ? 今からこんな、根本的な……」
「仕方ないだろう、面白くないんだから」
「いや、そんな今さら……それに、影響範囲が大きすぎます。他の機能も大半に手を入れることに……」
「やるしかないだろう! それがゲーム屋ってもんじゃないのか!」
伊佐崎の表情は頑なだった。
ここへ来ての「ちゃぶ台返し」――「DM2」になってからというもの、開発のイニシアティブは常にこちらが握っており、特にα版の途中辺りから、伊佐崎はこちらの提案をほぼ承認するだけになっていた。もちろん、伊佐崎を完封するためにあらゆる手段を尽くしてきたからではあるが。
顔をあげ、比良賀さんを見ると、比良賀さんは無表情に構えていた。止められなかったのだろう。
隣で、眞山が声をあげた。
「いくらなんでも無茶苦茶ですよ! できるわけないでしょう」
「ちょ、眞山……」
「なんだと! てめぇそれでもクリエイターか!」
止める間もなく繰り出された眞山の半ギレの発言に、売り言葉に買い言葉で伊佐崎が言いかえす。眞山が反論をしようと口を開いたが、そこへさらに伊佐崎の怒号が叩きつけられた。
「大体なんだお前らは! 和気あいあいとやりやがって! クリエイトってのはな、そんなもんじゃねぇんだ! これは俺の企画なんだぞ!」
伊佐崎の表情はなんとも言えないものだった。怒っているというよりも、必死さが現れていた。
――ああ。
俺はその時、なんとなくわかってしまった。
自分が主導権を握れなかったことが悔しいのだ。寂しいのだ。
比良賀さんと前に話したこと。「気を遣わせることで相手をコントロールする」――わかっていたからこそ、その対策に念を入れて立ちまわったわけだが。もしかしたらそれが却って、伊佐崎を追い詰めてしまったのかもしれない。
俺は後悔した。伊佐崎の言うとおりなのだ。このゲームは伊佐崎の企画だ。伊佐崎に花を持たせなくてはいけなかったのだ。俺たちは――あまりにも、伊佐崎を敵視し過ぎた。
「とにかく、今のままでは認められない。なんとしてでも、バトルをブラッシュアップするんだ。スケジュールの延期もするな!」
「……いや、ちょっと……」
「眞山、待って」
俺はなおも喰ってかかろうとする眞山を止めた。そして伊佐崎と、そしてガモノハス側のメンバーの方を見る。
――どうすればいい。
どうすれば、この場を収められる。
今からバトル部分を作り直すなんて、物理的に無理だ――よしんば、締め切りを延期したとしても赤字は必至。場合によっては人を増やす必要まであるかもしれない。
どうにか、伊佐崎を――どうにか。
伊佐崎と目が合う。
俺は、口を開いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます