追跡の行方

 世の中というのは無責任なもので、あれほど話題となった「新春アダム事件」だったが、人々はいつの間にか飽きてしまい、新鮮なネタを見つけては、そちらへ飛びついていった。事件直後、雨後の筍のごとく次々と現れた、自称ロボット評論家達もどこへやら、テレビ画面で姿を見かけることもなくなってしまった。やがて春の気配を感じさせる季節になると、誰もが、事件のことなどすっかり忘れてしまっていた。


 * * *


「まったく、交通の便が良くなり過ぎるのも考えものだな。どこへ行くにも日帰りで行けてしまう。以前なら、泊りがけだったのにな」浅田はぶつくさと不平をこぼしながら、最近改良されて更にスピードアップした、最新型の新幹線を降りた。


 自分自身が開発したロボットに銃を向けられるという、恐怖と屈辱のあと、仕事を失い、途方に暮れていた浅田。しかしその技術力を買われ、マスタード社の解散後、幾らも経たないうちに、再び新しい仕事に就くことができた。まさに捨てる神あれば拾う神あり、だ。さすがにロボットには懲りたので、人工知能に関わるとはいえども、少々畑違いの仕事ではあったのだが。


 新幹線の改札を抜け、大勢の人が行き交う在来線コンコースを歩いていると、浅田はあるものに気づいた。よく利用する慣れた駅なので、特に何かの看板を探したりするでもなく、視線はなんとなく遠くに向けられていたが、そこに見覚えのある後ろ姿を見かけたのだ。

 彼の目に留まったのは、薄茶色のヒューマノイド型ロボット。ありふれた機種だが、その歩き方に、どこか見覚えがあるような気がしたのだ。


「あの歩き方、まるで、アダムのようだな……」


 昨今、ヒューマノイド型ロボットが街中を歩いている姿はそう珍しくない。実際、彼はこの駅だけでも似たようなロボットを何台か見かけた。だが何故か、その中の一台が目を引いたのだった。

 同じ機種であっても、学習の結果として、歩き方に個性が出ることは意外と知られていないが、浅田は知っていた。特にアダムに関しては、犯人を追いかけたり、怪しい人物を気づかれないように尾行したりといった学習を重ねていたので、その部分において、他の個体と少し異なっていたのを彼は思い出したのだ。


 学習とは、具体例を挙げると、ロボットをある程度ランダムに歩かせて、犯人を捕まえさせる。無事犯人を捕まえれば「報酬」を与える学習を数多く繰り返し、その結果、より報酬の多い方へ最適化していく、そういうやり方だ。

 蛇足だが、はじめはコンピュータ上でのシミュレーションを繰り返して、ほぼ完成のレベルまで学習を行い、ハードウェアとの相性をすりあわせる最終調整を、実機で行うのが一般的だ。いきなり実機で学習させるよりも、コンピュータ上で膨大な量のシミュレーションを行ない、経験値を稼ぐ方が効率が良い。


 浅田はそのロボットを、遠くから尾行してみることにした。


「しかし、あそこにいるのは新型の『シナモン』。一方、アダムは一世代前の『サフラン』がベースだった。他人のそら似だろうか。いや、他ロボ……まあ、そんな細かいことはどうでもいいか」だが浅田は何か心に引っかかるものを感じていた。


「アダムは、関連する一連のデータが保存されていた会社のサーバーとともに押収され、今も警察の捜査資料室に保管されているはずだ。武道や筋トレで鍛え抜いた屈強な男女による、日本一厳重な警備をかいくぐってアダムを運び出し、それをさらに何らかの形でシナモンに偽装したものが、前方に見えているロボットなのだ、というのは少し出来すぎている」


 浅田は考えを巡らせながら、尾行を続けた。


「しかし、サフラン同士あるいはサフランからシナモンへのプログラムの移植は、技術的にはなんら問題ない。盗んだりするよりもずっと簡単だ。ということは、もし、事件よりも前の段階で、既に他の個体に移植されていたとしたら……アダムが自分の身を案じ、万が一に備えてバックアップを自ら用意していたとしたら?」


 もう春先だというのに、浅田は背筋が寒くなるのを感じた。


「あの日――そう、奴が俺に銃を向けた日だ――あの時は確か、そう、人間の代わりにロボットが社会を管理した方が良いとか、計画を実行するための準備がどうとか、言ってたぞ。その計画とは一体……」


 考えすぎかもしれないが、もしそうでないとするならば……おぼろげながらだが、彼には不吉な考えが浮かんできた。そして、追跡の足を速めた。


 そのロボットは、コンコースから左へターンし、在来線のホームへ向かうエスカレーターへと向かった。浅田も気づかれないよう距離を置いて後をつけ、同じようにエスカレーターへ乗った。そして気づかれぬよう上の方をちらりと見ると、薄茶色のロボットがエスカレーターを上りきったのを確認した。奴はそのまままっすぐ進んでいったようだ。

 ところが彼がホームに着くと、奴の姿が見えない。ただでさえ地味な薄茶色で目立たないのに、ましてや、夕方の駅は人でごった返していた。


 まずい、見失ったか……彼はキョロキョロとあたりを見回した。いない。まっすぐ進んだと見せかけてエスカレーターの裏側へ回ったのだろうか? 彼はそう考えてエスカレーターの裏側へ、さらにその先の売店の向こう側へ回ってみた。だが売店をぐるりと一周しても、奴はいなかった。彼は売店の近くで呆然と立ち尽くした。



「よくわかったな」



 突然、浅田の背後から声がした。騒がしい駅のホームでも良く通る、落ち着いたバリトンだった。彼にとっては馴染み深い、聞き覚えのある声――サフランやシナモンに初めから組み込まれており、聞く者に安心感を与える声だ――但し、そいつに銃を向けられた経験がなければ、の話だが。


 だが彼は凍りついた。まさか銃は持ってないだろうな……いや、もしそうならば、この場は大騒ぎになっているはずだ。そして彼のほうを見て驚いている人など、誰もいない。きっと大丈夫だ。


 一瞬の躊躇ののち、彼が意を決して振り返ると、そこには、くるりと背中を向けて走り去るロボットがいた。それはまさに、彼が先ほど後をつけていたシナモン型ロボットだった。

「こっちが気づいたのが何故わかったのだ?」彼は不思議に思ったが、疑問はとりあえず棚上げし、慌てて追いかけた。しかし、通行人を器用にかわしながら走るそのロボットは想像以上にすばしっこく、ついていくのがやっとだった。


「逃げるということは、ますます怪しい……あいつはやはりアダムなのか?」浅田は気が気でなかった「もし、そうだとしたら……まずいな……本当にまずい」

 浅田がそのロボットをアダムではないかと思った理由は、そいつが逃げたという以外にも、もうひとつあった。そして、逃げるロボットを追いかけていくうち、その疑いはやがて確信へと変わった。


 浅田が人をよけながら、時々立ち止まり、ジグザグに追いかけているのに対し、そのロボットは、人混みを気にせず全力で走っているように見える。それでいて、人とぶつかる気配が全く見られない。

「誰がどこで方向転換をしたり立ち止まったりするか、人間のわずかな動きから瞬時に見抜いているようだ。あれは犯人追跡の学習で得た能力に違いない

 物的証拠はないが、状況証拠はたくさんある。疑わしいどころか、ダークグレー、いや、限りなくクロに近い」彼は思った「しかし奴は、なぜ、わざわざ声をかけてまで、リスクを冒すんだ? 黙ってそのまま逃げればよかったのに」


 駅のホームで、発車ベルが鳴り、それに続いてアナウンスが流れた。

「間もなく、咲坂さきさか中央行きが発車いたします」

 次の瞬間、ロボットは突然、ホームの右側に停車していた電車に、発車間際で飛び乗った。浅田も、とっさに後を追って、二つぐらい離れたドアから飛び乗ると、その直後、電車のドアが閉まった。


「えー、危険ですので、駆け込み乗車はおやめください」不機嫌にくぐもった車掌の声が、電車の車内スピーカーから流れると同時に、電車は動き出した。


「どこだ? どこにいる?」浅田は息を切らせながら二つ前方のドア付近を探した。だがさっきのロボットは見当たらない。電車はゆっくりと加速していく。彼が必死に探していると、電車はホームに立つ薄茶色のロボットの前を通り過ぎた。まさか、あいつなのか? 彼の視線は目の前を通り過ぎていくロボットを追った。


 ホームに立ち、彼の視界から過ぎ去っていく薄茶色のロボットは、走り去る電車へ向かって、指で銃を撃つような仕草を見せた。プラスチックの外装カバーを身にまとったその姿は、さながらロボット然としており、顔にも特に表情らしきものはない。だがその「射撃」の仕草はまるで、愚かな人間をあざ笑うかのようでもあり、同時に、人類への宣戦布告を意味するようにも、思えたのだった。


 浅田は眉間にむずがゆい不快感を覚えていた。そして、なすすべもなく、次の駅まで運ばれてくのだった……。

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よくわかったな 姶良守兎 @cozy-plasoto

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