ミィ -私は猫だ

 幼い頃、とある一家に買われた。

 ペットショップでは同じような景色をずっと毎日見ていたので、ようやく来た新しい景色に胸をふくらませる。


 私は家族の愛を受け、順調に育った。

 時には悪戯もしたけれど、笑って許してくれた。

 その内、気まぐれな私は、トラブルメーカーと呼ばるようになった。



 ◆



 ある日の事だ。

 私は突如、捨てられてしまったのだ。

 近所の空き地に、そのまま。


 少年の顔は涙に濡れていた。

 ならば何故、私を捨てるのか?

 理解はできなかった。

 私は、猫だから。


 ただ、私は特に悲しいとも思わない。

 私は、猫だから。

 それに、悲しいなら会いに来てくれればいい。


 それに、私は本来の暮らし方に近しい形に戻れたのだ。

 また新しい景色も見れる。


 そんな形で、別れたのである。

 別れ際は、少年の顔をひと舐め、ふた舐めした。

 少ししょっぱいような、そんな味だった。



 ◆



 それからまた時間は流れた。

 新しい居場所もでき、猫仲間も出来たので、のびのびと暮らせる。


 少年はあの日以来、一度もこちらに顔を出さなくなった。


 …また、更なる変化が私を待っていたのだ。

 それは夜。

 星降る夜に、その変化は私たちのもとに降り立った。

 厳密には、私の隣。


「…?」


 眩しくて、暫く見えなかったが。

 隣にいたはずの黒猫は、紛れもなく人に変わっていたのだ。


「…タマ、お前」


「…え、私…!?」


 彼女、タマは驚き慌てふためいた。

 私もその光景に釘付けであった。

 人になってしまうなんて。



 ◆



 それからというもの、人というものに少し憧れを持った私は、どうにかして人になろうとしたがなる事はなかった。


 諦めて、空き地で日向ぼっこをしていた時だ。


 騒がしいふたりがやってきた。

 耳、尻尾…彼女らもまた、同じ人になった獣か。


 アライさん…フェネック…彼らは、互いをそう呼んだ。

 そして、片割れが私に新たな名前を付けたのだ。


「ミィ」


 …なんともいえない、そんな名前だ。

 私が人であったなら、豊かな感情でそれを受け取り、表現することが出来たのだろうか?



 ◆



 やがて、通訳者となる猫…まぁ、イエネコとは違うのだが。

 とにかく、その猫もやってきたのだ。

 私はまた飼われ始めたのだ。

 ただし、空き地で。


 彼女らは私と遊びながら、しきりに楽しんでいた。

 私も人ならば…もっと、楽しく複雑な遊びができたのかもしれないのに。

 でも、出来ないのだ。

 私は、猫だから。


 彼女らと触れ合う度、それを痛感させられた。



 ◆



 やがて、彼女らは姿を表さなくなった。

 空き地の草もやけに伸びていたのを覚えている…

 私も年老いていた。

 最後の日は、空き地で迎えたんだ。


「…ミィ、ここにいたんだね」


「…タマ」


 私の話を、聞いてくれないか。

 そう問うと、彼女はすんなりとOKを出してくれた。


「タマ、私が人なら…もっといい生涯を送れたのだろうか。私が人なら…貧相な感情じゃない、豊かな感情を得ることが出来たのだろうか。私が人なら…あの少年に、また会えたのだろうか」


 タマは、一息ついて答える。


「…人ってね、楽じゃないんだ。

 私、この体になったからわかるよ。

 感情も豊かすぎて、辛くなっちゃう。

 辛すぎてね、泣いちゃう時もあるんだ。

 上手くいかない時もいっぱいあってさ…

 今だって、ミィがいなくなっちゃうでしょ…私は辛いよ」


 タマは、あの時の少年のような顔をしていた。


「…そうか、でも私は…」


 そこまで言いかけて、やめた。

 タマの膝元に寄りかかる。


 人になりたいだなんて、言えないよな。

 でも、私は人になりたいんだ。

 君が体験しているその感情を、私も味わいたいんだ…

 その分、善の感情もたんまり味わえる。

 それに、猫よりももっと多くの経験ができる。

 それが、人なのかもしれないのだから…


 なんて、ひとりで考え込んでいたのだ。

 やがて眠気がやってくる。

 眠気に支配されたら、私は終わるのだ。

 猫としての生涯を終えるのだ。

 眠るように、眠るように…


「…ミィ、もう行っちゃうの…?」


 最後に、願う。


「…おやすみ」


 私を人にしてください。

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星降る夜に Null @EGGSAN

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