サブストーリー
メイ -思い出しただけ
それは中学時代の事だ。
特に部活に行くわけでもなく、学力が上な訳でもないので、スクールカースト最底辺にいた俺は、イジメを受けていた。
暴力や陰口など、今思えばくだらない事の連続だった。
問題はここからだ。
母が死んだのだ。
その日は悲しかった、とはいえ、深くダメージを受けた訳ではなかった。
むしろ、ここから問題が始まるのだ。
俺を引き取る、という親戚が出てきたのだ。
少し老いた夫婦だった、子供はいない。
家は学校に近かったため、学校には変わらず通えた。
それが幸であるか不幸であるかは、さておき…
「いらっしゃい」
「今日からここがあなたの家よ」
笑顔の裏には、ドス黒い感情が隠れていた。
それはすぐに表に現れた。
虐待の始まりであった。
アザが出来ないような、それでも強い力で制圧される。
理不尽なルールは課せられる。
前時代的な、嫌な考え方を押し付けられる。
大まかに言うとこんなものだ、しかし決して周りの人には相談しなかった。
ちょうど、人間不信だったのだ。
人間なんぞ当てにならない。
…その頃は、本当にね。
◆
そんな考えを変えるきっかけとなったのが、ある秋の夜の脱走だった。
高校生になって少したった時だな。
この生活には耐え難いので、ひとりの空間を欲していたのだ。
虫がよく鳴いていた。
既に紅葉を終えた落ち葉が、そこらに散らばっている。
夫婦の寝静まった頃を狙って、逃げた。
どこに行くあてもないが、とにかく走った。
それは恐怖心によるものでもなんでもなく、解放や自由を求めるがために行われたものだ。
虐待は恐怖というより、しんどかったのだ。
これから自分の計画しているものが他人により破壊されるという可能性と、現在上手くいっているが、彼らの一時の感情のせいで、その流れをぶち壊され、痛みをも与えられてしまうかもしれないという可能性を、いつも心配していたのだ。
ずっと心構えていると、どうにも精神的に落ち着かなくなる。
死ぬという選択肢も、なんだか癪なものだ。
だからこうして脱走しているのだ。
「いてっ」
夜道というのは暗いものだ。
月が照らしてもなお、明かりが足りないのだ。
ここらじゃ星は、全く見えないから。
それは、俺の人生に似ていた。
全体的に暗い人生でも、やはり救おうとしてくれる人はいるわけで。
でも、やはりその人がいるからって全体的に変わる訳でもない。
暗いものは暗いのだ。
少しの光があっても、暗いのだ。
「おやおや…こんな遅い時間に、どうしたの?」
転ぶ俺を見ていたのは、もうすっかり老人のお婆さん。
気づけばここは公園であった。
「…なんでも」
「話してごらんよ、おばあちゃんに」
◆
それから、溜め込んでた鬱憤を吐き出した。
聞けば、彼女はあるアパートの大家であり、たまたま深夜に散歩をしていたところ、俺を見かけたらしい。
「…それで、行くあてがないって訳です」
「あらあら、大変だったのねぇ…」
それなら、と彼女が口をこぼす。
「うちに来なよぉ、一室貸してあげる。
大丈夫、お金の心配はしなくていいよ、おばあちゃんに任せなさい!」
「…!」
◆
目を開けた。
これは、昔の夢だった。
俺は新居のベッドに横たわっていたのだ。
「…ん、メイ」
隣の彼女が、寝言を言う。
なんの夢を見ているのだろうか。
…あの日から、俺の他人に対する目は少しだけ変わった。
それに、救われた感じがした。
それから、アライさんに会った。
アンラッキーな人生も、ラッキーな方面に向かっていった。
月だけが浮かぶ夜空にも、星が満ちるようになった。
カーテンを開け、窓を覗いた。
パークの夜は、相変わらず幻想的だ。
星や月だけじゃない、蛍までいる。
「もう十分なほどだよ、ハハハ」
十分なほどに、充実していた。
…ふと、思い出しただけの夢の内容を再確認する。
そして、静かに寝床に戻る。
彼女の腹に手を当てる。
俺は、父親として…この子を幸せにしたいな。
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