第12話 人生はいつかは終わるけれどもとりあえずは続くよ、まあ、やってこうよ

物事が好循環に乗りそうな時、いつも一番不安な気持ちでいた。

どうしてかっていうと、わたしのこれまでの人生を総括すると、クライマックスというものが一度もなかったからだ。

北星高校の合格発表も、本当は第一志望が鷹井高校だったところ、担任に説得というかほぼ脅迫されて一ランク下に志望変更した結果だったので、あまり盛り上がらなかった。逆のクライマックスという意味では中退とリストラがそうだったので、自分にはもはや心が高揚する時は訪れないだろうという気分がある。

そして、それは的中してしまった。


「カナエちゃん、よろしくね」

「はい。一生懸命頑張ります」


わたし自身はアルバイトを経て簿記3級に合格し、晴れてたなべ税理士事務所の正社員となった。低額で雇えるからと言われてたけれども、初任給の金額はびっくりするぐらいの高額だった。今はたなべ先生から原価計算を学び、簿記2級の受験準備中だ。


4live の4人は無事中学卒業、高校進学が決まった。

ムロタは城戸高校、カトウは小山高校、エミはなんと鷹井高校、ムトウに至っては鷹井第一高校だ。いたぶられ、保健室登校のあの子らが前途洋々たる道へと進んで行ったことはまあ、とても嬉しい。けれども本当にわたしが知りたかったのはそんなことではない。


「あなたたち、バンドは続けるの?」


これにはエミではなく、バンドのフロントマンたるムロタが堂々と答えた。


「続けます。ポピーのオーナーから月2でライブに出ることを条件に、スタジオを無料で貸してもらえることになったので」


期待してるよ、学校はまあいじめれらない程度に適当にやってもらって、4live の活動の方をね。


そして、最後。わたしが実は一番気にかけていたのは自分のことでも4live の4人のことでもなかった。

サナエのことだ。

サナエの父親は一部上場メーカーの技術課長だったのだけれども、事業執行計画の数値目標をクリアできず課長補佐に降格された。プライドの高い彼は我慢ならずに会社を辞め、古巣の大企業を見返そうと同じ分野で独立して顧客もそのまま引き継ごうと考えた。けれども顧客は彼に日参していたのではなく、一部上場企業の看板にひれ伏していただけだったのだ。メガバンクから借入れた創業資金の返済についても退職金を取り崩して充当せざるを得なくなった。


結論。

サナエはフタショーに進学した。


理由。

学費、交通費、自転車を買うお金すら捻出できなくなった。母親もパートで共稼ぎとなり、サナエが家事すべてをこなすこととなった。したがって、徒歩通学のできるフタショーへ行くしかなかった。


わたしは、サナエに自分を投影した。


「お、来たね」

「うん。月2のこれぐらいないと、やってらんないもん」


サナエは延々と20キロ歩いてポピーにやって来た。


「ほれ、奨学金」

「へへー」


わたしはサナエにポピーのチケット・ドリンク代のうちの半分として500円玉を1個、『奨学金』の名目で渡す。残りの500円は彼女がやはり徒歩で通勤できるコンビニで稼いだバイト代で払う。


「サナエ、わたし簿記2級合格したよ」

「うわ、カナエさんにはどんどん先へ行かれちゃうな。わたしも今度3級絶対受かるよ」

「うん。フタショーは熱心な先生が多いらしいから仲良くしてどんどん質問するといいよ。早く2人で1級取ろう」

「わたし授業に命かけるよ」


月2回、4live のライブに合わせ、わたしとサナエはポピーで会う。今ではラインで簿記や会計学、経営学のミニ勉強会をやる間柄になってる。


「こんばんは、4live です」


気がつくと4人がステージに立っていた。


「お。ムロタの声が震えてない」

「でも相変わらず、ステージ衣装は普段着だわ」


演奏はますます鋭く、深く、そして何故か涙と笑みが同時にこぼれるような凄まじさを帯びて来ている。


わたしは目を閉じて、4人の第1音の炸裂を聴いた。

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リストラされる少女 naka-motoo @naka-motoo

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