第11話 カースト上位女子が来たから一旦身構えたけれども、この子もそれなりに悩んでるんだな、って感じだね

「あら?」


ポピーで閉店の準備をしていると、制服姿の女子が階段をトントンと上がってきた。一瞬ぎょっとしたけれども、よく見たらこの間のカースト上位女子中学生の子だった。


「ああ、プチ美人の子ね。どうしたの? こんな時間に中学生が」

「塾がこっちの辺だから。それとプチ美人て言い方、ムカつく」

「ああごめん。わたしはカナエ。あなたは?」

「サナエ」

「お? なんか名前が姉妹っぽいな。急に親しみわいちゃった」


オーナーはタバコを吸いながら金勘定をしてるので、わたしは勝手にコーヒーを淹れて、サナエとテーブルで向き合った。


「カナエは」

「あ?」

「・・・カナエさんはなんで高校中退したの?」

「まあ、単に学費が払えなかったから」

「貧乏なの?」

「極端な貧乏じゃなくてもお金が回らないってことがあるんだよ」


わたしは叔父・叔母・従兄弟、そして祖母のことを、ざっくりと語った。


「じゃあ、リストラされた理由は?」

「わたしが使えないやつ、っていうこともあるけど、まあ、まだ結婚もしてないし。他の子持ちの人をリストラするよりは不幸になる人が少なくてすむから、ってところなのかな」

「へえ」

「ところで早く家に帰って勉強しなくていいの? 最難関の高校ってことは鷹井第一高校を受けるんでしょ?」

「ほんとは受けたくない」

「え? どうして?」

「私は中学で学年10番以内がやっと。この程度だったら鷹井第一高校じゃ ほとんどビリだもん。今でさえ死にものぐるいで成績維持してるのに、高校でまた死ぬ気になんなきゃならない。終わりが見えない」

「大丈夫だよ。終わりも何も、始まってすらいないから」

「え」

「ほんの2年しか会社員やってないけど、見事なまでにすべてが役立たずだった。まず、免許なくて車の運転できないから役立たず」

「・・・」

「それから、取引先の社長さんにお愛想する、お茶出しを美しく、電話は2コール以内に出ないといけない、コピー用紙の補充に気を配る、営業でお客さん回りする時の資料作り、先輩が指示する前に先回りしてフォロー。それだけじゃないよ」

「まだあるの」

「会社が入ってるビルの清掃スタッフさんに気配りする、ボランティアなんて名乗らずに誰にも気付かれずにゴミ拾い、会社所在地の氏神様にご挨拶、会社のご近所に笑顔で挨拶」

「なにそれ。何の関係があるの」

「そんなこと言ってるようじゃ、鷹井第一に行っても意味ないね」

「ちがう。わたしはそんな瑣末なことをする仕事には就かない。わたしは国連の職員か研究者になるって夢がある」

「わかってないね。サナエも従兄弟と同じか。いい? 一方的に言うから答えたきゃ答えて」

「なに」

「研究者って、誰のためになにすんの」

「震災や病気で苦しんでる人たちを救うための新たな技術や治療法を発見したり」

「じゃあ、わたしを救う研究もできるの?」

「・・・」

「国連、って誰のためになにすんの」

「・・・難民だとか高度に政治的な事情で差別されている人々を救うための方策を立てる」

「4liveの子らはサナエたちに差別されていたぶられてるけど、それってあなたが国連に入るまで待たなきゃいけないの?」

「・・・・」

「高次元、とか、低次元ていう区別の仕方がそもそもレベルが低いよ。ほんとにレベルの高い人間はそういうことに頓着せずに物事を考え、しかも体がささっと動く。だからわたしは清掃スタッフさんたちを尊敬してた」

「なんで」

「はあ、頭悪いね。例えば仕事で落ち込んでる時、上司の言葉なんてどうでもいいけど、清掃スタッフさんから『朝早くから大変ですね。今日も一日無事に仕事してくださいね』、って声かけられるとどんなに心が救われるか。わたしは実際それで何度も自殺を思いとどまった。さあ、国連に行って高度にやる仕事と、清掃スタッフさんの何気ない労いの言葉と、どっちが人を救うのに有効だろうね」

「・・・・帰る」

「うん。またおいで」

「・・・はい」


きっと、誰1人、悪いわけじゃないんだろう。


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