読書日記

韮崎旭

読書日記

 絡まり合った葡萄の蔓が部屋中を覆って陽光と思考の速度を遮っているように感じる。ドアを開けるのにも、一苦労。葡萄の蔓を小一時間かけて引き剥がすことが必要になる。それで何か碌な結末がったためしがない。葡萄の蔓を、自意識とかに読み替えてもらっても、かまわない。

 外出するのに、恐怖する必要があるのかはよくわからない。恐怖が自然と随伴するから、それはいつしか当然の何かになっていた。

 百科事典、イヤホン、君の心臓の瓶詰。などを持ち合わせて初めて外出する。一週間ぶりの外気が肺を焼くように感じるし、陽光は過剰な照明。もう少し、明るさを調節した方がいいと思う。無難さは都市には欠かせないのでしょう? 過剰と衒奇で溢れかえる運命にそこがある以上は、それを補うものとしての最大公約数的無難さは必須。

 読めていない本を指折り数えていたら、もうこんな時間になってしまったよ。

・マルタン・パージュ『ある完璧な一日』

・マルタン・パージュ『たぶん、愛の話』

・福永信 編『小説の家』(帯曰く、一生ものらしい)

・ミハイル・エリザーロフ『図書館大戦争』

・トム・ジョーンズ『コールド・スナップ』

 背表紙が見えるものだけでこの有様で、キッチンからは、焼き上がりを予約したオーブンに由来する、香ばしい匂いが漂ってくる。というのも、ギアを六速に入れたまま急な坂を坂を下り始め、その後ギアを変更しようとするものの、ニュートラルに入ってしまって手に負えなくなったらしいですがね、と彼は特に関心の内容に話す。確かに実に完璧な世間話だった。その無関心さも含めて。やはり世間話には、無関心が欠かせないと思う。関心がありすぎると会話が成立しなくなる恐れがある。君は、はい。君は、負の遺産観光旅行にはもう? ああ、それなら、近隣にちょうどいい空き家が……。という訳で、オーブンからは香ばしい匂いが漂っていたので、ジェフリー・ダーマーもこのように香ばしく犠牲者を調理したのだろうかと考えないわけにはいかなかった。わかりにくいだろうか? 切り刻まれて冷凍庫に保管されたり冷蔵室に保管されたりした、殺人の被害者のことであるのだが、やはりオーブンの香ばしい匂いが漂っているという状況は悪趣味なホラー映画を連想させる。

 彼はその日は魚釣りに行った帰りだった。何か釣れたのかはわからない。彼の目的は、魚釣りをすることでゆったりした時間を過ごした気分になることであり、魚を手に入れることではなかったことを、私は彼の話を通じて知っていたため、彼に会えて釣果について尋ねるということを私はしなかったためだ。

 私は感情を可能な限り過鎮静にするように努力しているのだが、今回は詩集を会いに出かけるので、それには集中力が要求されたから、特に感情の振れ幅を規定の枠内に収め続ける必要性を痛感していた。

 小動物はまるで道路の模様に見えるほど、完全に平たく引き潰されていたから、誰もそれを見た際には、それが小動物であるとは気が付かなかった。

私はそれから斧と軒先を注文し、届くのが4日から5日後であることが判明した。それからBに連絡をしてから、公衆電話の入っている電話ボックスを出ると、国道4号線を横断する歩道橋を用いてその交通量の多い道を横断し、誰かが予約した焼き上がり時間にまさに香ばしい匂いが漂ってくるオーブンの中身が間違いなく失踪してもう半年になる、女学生の、きれいに皮や筋を取り除かれ、更に不必要な部位を取り除かれ、更に食べやすいように切り分けられ、更に塩コショウのほか香草などで、臭みを消した余念のない下準備を施されたうえでオーブンで焼かれることになった頭部であるに違いがないと思った。彼女に対するこのような仕打ちに、どんなもっともらしい理由付けもできないに違いない。おそらく、彼女を調理する人間は、成獣としての成熟度の調理に対する適切さと、水分量や脂肪と他の組織のバランス、などをもとに被害者を選んでいると推測されるからだ。彼女は陸上部で短距離走の選手だった……。そう、ニュースでは言われていた。

 私はオーブンを開けると、香ばしく焼けた、スーパーマーケットで購入したさわらの切り身を取り出すと、新聞を読んでいる彼に「さわらが焼けた」と声をかけた。

 ごく普通に声をかけたのだが、内心では自分が実は気が狂っているのではないかという恐怖によって強い圧迫感や焦燥を覚えていた。

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