六、人との隔たり

 警察に帰ると、呪いの紙がどのように受け渡されていったか明らかになっていた。最終的にミヤマ氏にたどり着いていたが、驚きはなかった。


「どうする?」

 出勤してきたばかりのカノウ捜査部長にレディの話を報告するとそう聞いてきた。

「モリエのところに行きます。線はすべてそこにつながってるようです」

「分かった。応援は?」

「いいえ。警戒されて感情的な行動をされると困ります。馬車で考えていたんですが、これは論理ではなく感情が引き起こした事件でしょう」

「怨恨か。しかし、ミヤマ氏の件は説明できないぞ」

「それは本人に聞きます」

「もう決めつけてるのか」

「関係者であるのは間違いないでしょう」

「何度も言うが……」

「分かっています。貴族絡み。慎重に動きます」


 モリエの実家は郊外の畑ばかりの田舎だった。向こうは近づくこちらにすでに気づいており、途中まで迎えに来た。

「警察の方ですか」

 私は頷き、身分証を見せた。

「あまり目立たないように、二人きりで話せませんか」


 案内されるまま家の隣の納屋に入った。農具がきちんと整頓されて片付けてあった。勧められるまま作業用の腰掛けに座る。モリエもそうした。


「先に申し上げておきますが、私はあなたが召使いをお辞めになった事情を知っています」

「そうですか」

 白い顔に意味のある表情は浮かばなかった。

「最後にアトウ氏とミヤマ氏に会ったのは何時頃でしたか」

「前にいらした方にもお話しましたが、夕食時です。七時から八時の間です」

「それ以降は一度も会っていませんか」

「それは、すれ違うくらいはあったかもしれません。荷物の準備や何かで家中歩き回っていましたから」

「そういった準備が終わって、召使い部屋に戻ったのはいつですか」

 首を傾げ、少し考える。

「十二時は過ぎていたと思います」

「アトウ氏とは話もしていませんか。二人きりでは。ああ、そんな顔をしないでください。最初に言ったように私は事情を知っています。夕食時の上辺の挨拶ではなく、私的な挨拶です。情熱的と言ってもいいかも知れません。最後の夜だったのでしょう?」

 モリエは横を向いた。頬が赤くなったが、恥か怒りかはよくわからなかった。

「お答えください。これは警察としての質問です。一般的な礼儀とはかけ離れていますが、必要です」


「いいえ、会ってはおりません。でも、会っていれば良かったかもしれませんね。あのような血まみれのむごい死に方をするなんて」


「なぜそう仰るのですか」

 またこちらを向いた。頬の赤みは引いていた。私は目を見ながら言う。

「血まみれ、とは? なぜ知っているのですか」

「あの、そちらの方が……」

 その言葉に強めに重ねる。

「いいえ、情報統制がかかっていました。貴族絡みの事件にはよくありますが、詳細は公表されていません。うちの捜査官も従っています」

 下を向く。言葉の調子を変え、静かに、落ち着かせるようにする。

「楽になりましょう。先ほど口が滑ったのは無意識のうちに告白したいという気持ちの現われではありませんか。順を追って話してください。それから私と一緒に行きましょう」


 モリエは顔を上げた。

「子供ができたんです」

 そこで黙ってしまったので続けるように促す。

「そう言うと、あの人は驚きました。その翌週に薬を持ってきて飲めと言いました。その時は断ったのですが、飲み物か食べ物に混ぜられていたようです。すぐに下りてしまいました」

「それも辞めさせられた原因ですか」

「はい。夫人がそのことを知り、色々あって辞めることになりました」

「それで、行動に出たのですか」

「あの人、ほっとした様子で、別れを告げに行った時も面倒が終わったという態度でした。だから、子供の分を、……って考えたんです。寝酒に薬を入れました。毒が良かったんですが、手に入りませんから、睡眠薬です」

「続けてください」

「真夜中、部屋に忍び込みました。でもいざとなるとできません。寝顔をじっと見つめていると誰かが入ってきたので物陰に隠れました」

 私はその状況を思い描いた。アトウ氏に対して二つの殺意が燃えていた。しかし、一つはすでに消えていた。新月の夜にそれが交わった。

「ミヤマさんでした。なぜかベッドの下に潜り込んでごそごそやっていました。そこで物音を立ててしまったんです。気づかれました。それで勢いがついたんでしょう。後ずさりして這い出ようとするところを刺しました。そして、そのまま……」

「結構です。よくわかりました。では、行きましょう」

「あの、母に一言」

「いいえ。面会の機会は後から設けます。あなたは自首しました。そう見なします」

 モリエの唇は血の気を失い、震えていた。私にはわからなかった。それが怯えなのか、悔いているのか、それとも怒りなのか。


 人の心を推し量ることにおいて、私はまだまだ未熟なのだろう。だが、心の動きがどうであったにせよ、犯罪は行われた。それは償わせなければならない。そして、その償いの仕組みの片方の端に私がいて、もう一方に犯人がいる。


 だが、並んで歩くモリエは、それほど遠くにいる人間には見えなかった。私はどう考えればいいのかわからず、空を見上げた。


第三話 了

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ドラゴン・レディは名探偵 @ns_ky_20151225 @ns_ky_20151225

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