新約・完全自殺マニュアル(私版)

本陣忠人

新約・完全自殺マニュアル(私版)

 自殺は駄目だと社会は言う。

 自殺は背徳だと宗教は言う。

 自殺は重罪だと世界は言う。


 本当にそうか?


 友達は言う、生命を大事にするべきだと。

 大人は言う、生命を散らすことは無いと。

 周りは言う、生命より優先するものは無いと。


 本当に、そうか?


 持ち得る属性において普通な上に極めて通常な私はフツーに思う。持っている自身のイノチに大した価値はないと。


 だってそうでしょ?


 別に平々凡々たる高校生の私が死んだ所で――その在名期間は、高度に医療や福祉の発展した現代社会の平均寿命からすれば過剰に短い期間ではあるが――とは言え。


 その生命を時期尚早かつ早々に絶った所で。


 一体何の問題があるのかと。

 一体何の弊害があるのかと。

 一体何の影響があるのかと。


 そんな風に──私は普通に、なんの疑問も無く思うのだ。普通に思うんだ。


 何だろう。

 もし、その対象が何か学校とか社会とか国とか。

 何かそういう目に見える範囲を超えた、視界に捉えきれない大きな枠組みの中核を為す超重要人物なら分かるよ?


 何かそうなってくれば色々、私には分からない様な責任とか役割とか。

 何かそんな感じの重荷を背負っているのであれば──まあ理解出来なくもないんだ。想像が出来るんだけど。


 でもさ、私だよ?


 普通に義務教育を経て、当たり前みたいに脳死で高校に進学して。


 その果てに進学か就職か。


 そんなくだらない人生の二択に迷う事が確定している高校二年生だよ?


 そんな風に、何の覚悟も決意も持ってない──学校教育において詰め込んだはずの知識すらも曖昧な私。


 現在私が息をする様に息をしている世界にとって取るに足らない、息をしているのかも把握出来ない存在の私がだよ?


 もし仮にここで華のJKを棄て去って、鬼籍に自ら足を突っ込んだ所で一体何の問題があるというのだろうか?


 親が悲しむ、家族が哀しむ。

 友が悲しむ、恋人が哀しむ。


 確かにそうかも知れない。愛しく大切な関係の人々は痛み、悼んでくれるかも知れない。

 ひょっとしたら涙に暮れて、何日も食事ができないほど嗟傷してくれるかも知れない。


 だけど、それがどうした?


 確かに気に病むことだし、気がかりではある。

 若干のしのびなさと申し訳なさは伴うが、それだけだ。


 汚れた俗世と世界を飛び越えて、今まさに飛び出そうとする私には、身体同様置き去りに出来る程度の事柄に思える。


 死後、私の棺桶に入れられるのは僅かな遺品と思い出だけ。

 しかも灰になるだけで涅槃に持ち込むことは出来ない。


 こういう風に思うのって、そんなに間違ってるかな?


 ああ…でも、思いは必ず届くなんて砂糖菓子よりも甘い理想論を振りかざすのは辞めて欲しい。

 その理屈が真実ならば、貴方の思いが誰かに届かった経験など無いと言う事になる。


 告白して振られた過去は無いのか?

 誰か他人に思いを告げて拒絶された経験は無いのか?


 もしも、そんなのは未経験と言うであれば私の完敗。もう色々と。完膚なきまでに。


 そんなアンタは私と違って多分、凄く優れた人間で特別な人間だと思う。せいぜい頑張って生きて、どうにか生き抜いて。


 それで社会とか世界とかの発展や貢献の為に身を粉にして働いて、なるべく沢山の子孫を残す事に精神を割いてくれ。

 その才能を自分以外の誰かの為に一滴残らず絞り出して、運命の奴隷の様に生きて、シナリオの言い付け通りに死を迎えて欲しい。


 それがあんたの生きる意味だ。生き抜くだけの価値だ。

 

 でも、私は違う。


 特別じゃなくて、非凡じゃなくて。

 それこそ十把一絡げの乱造品。

 それでも決して運命の奴隷じゃない。


 才能は無くても矜持は人一倍。

 世界に従うことも他人に虐げられるのにも我慢がならない不良品。


 社会にとって無意味な上に害悪ですら無い。ボトルネックの様な障害にすらなり得ない。


 なので幕を引こうと思う。


 ここまで長々つらつらと、浅い能書きを垂れて来たが、そろそろアガリが見えてくる。


 三十二階の階段を上がるのは労力もだが、とにかく暇だった。いい暇つぶしになった。付き合ってくれてありがとう。


 どんより曇った屋外に出る。

 うねる様に吹き荒れる強風が私の身を嘗めて通り過ぎる。

 スカートと髪の毛が音を立ててはためいて、何やら演出過剰な印象を受ける。


 試しに左手のリストバンドを外して空に放る。

 風に巻き込まれて、一足先に何処かへ行くかも知れないと考えた。


 けど失敗。


 上昇気流は都合良くは現れずに敢え無く落下。ポトリと落ちてゴミみたいに動かない姿は数分後の私を暗示させる。


 私の先輩を拾い上げてフタタビ左手に付け直す。血管を外側から繋ぐ裂傷に当たり、少しの痛みが手首に流れた。ビリリと痺れる感触。


 頼りないフェンスを乗り越えて――完全に乗り越える前にその先端に腰を下ろす。強い風のせいで下着で直接なのが不満ではある。


 この街で一等高い場所から見える景色は綺麗だった。

 きっと下界の喧騒や汚濁が見えないせいだろう。


 見えなければ存在しないのと同じ。

 これは私が短い生涯で学んだ数少ない真理。


 さて、私が現在腰を落ち着けているこの金網。

 実の所は落ち着ける程に頑強では無い。

 老朽化に加え雨風に晒されたことも相まってかなり不安定。


 先程と同じ様に左手首のリストバンドを外して空に放す。

 音も無く自由落下。そろそろ地面に接吻をしただろうか?


 私は身体を揺すり反動を付ける。

 段々と大きくなる振り幅。


 私が先人と同じ道を辿るのか?


 選択権は私だけにあり、

 その結果は、私のみぞ知る。

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