第3話ロリっ子閻魔様 後編
そもそもここまでおかしな事はあった。
最初家の扉を開いた時、二回目の扉を開いた時、どちらも違う場所に繋がっていた。おまけに俺の部屋は別次元にあると言っていた事から、もしかしたらここは別の世界とかではないのかと思っていた。
それがよりによって、
「ようこそ獄界ヘルディアへ。閻魔大王であるこの私が歓迎します」
何で地獄なんだ。
「なあエマ。このヘルディアは俺が住む地球とは別の世界、いわゆる異世界なのか?」
「そちらの言葉で表すならそうなります」
「じゃああの電話はどうやって?」
「あれは特殊な力と言いますか、少し説明しにくいものです」
「で、エマは本当に閻魔大王であっているのか?」
「正確な名称は違いますが、そうなります」
「小さいのにか?」
「小さい言わないでください。これでも気にしているんですから」
あ、背についてはどうやら触れてはいけないらしい。
「それで俺にここで働いて欲しいっていうのか?」
「はい。お金にお困りのようでしたし、何より秀様にはその素質があります」
「素質?」
アルバイトを何度も変えている俺にこの温泉宿で働く素質なんてあるようには思えないのだが……。
「それでこちらが雇用契約の書類になるのですが……」
そう言いながらエマは一枚の紙を俺に渡してきたところで、話はようやく一番最初に戻ってくる。
「そんなに働くのが嫌なのですか? 折角のいい機会だと思うのですが」
「そもそもおかしいだろ。どうして俺がこんなちびっ子と一緒に地獄で働かなきゃいけないんだよ」
「今サラッとちびっ子って言いましたよね?! 私はあなたが困っているから手助けしようとしているだけじゃないですか」
「確かに困ってはいるけど、どうして俺なんだ」
「あなたしかいないからですよ、秀様」
「俺しかいない?」
「細かな事情は今はお話しできませんが、私達は今あなたの力を貸して欲しいんです」
「……」
必死に頼んだからエマ。こんな小さな子に必死に頼まれたら、断るのは心が痛むが。痛むが、こんな急に話をされても、俺だって困る。
「なあ少しだけ時間をくれないか? 俺の力を必要としているのはよく分かったからさ」
「本当ですか!?」
目を輝かせながらエマは言った。これで断る事になったら、彼女はどう思うんだろうか。
「とにかく今は時間をくれ。俺にも俺の事情があるから」
「はい」
■□■□■□
五分後、俺はいつもの部屋へと帰ってきていた。別の次元にあるとか言っていたから、家に戻るのは難しいと思っていたけど、ものすごく簡単に俺は地獄から現実に戻された。
(夢だったら良かったんだけどなぁ)
俺はエマに渡された雇用契約書を眺めながら、ため息を吐く。それと同時に俺の携帯にLINEが届いた。
『今から少し時間ある?』
メッセージはそう一言だけ表示されていた。送り主は幼馴染の雪風涼葉(ゆきかぜすずは)だ。彼女がこのLINEを送ってくる時は、大体暇だから付き合えという意味だ。
丁度誰かと話がしたかった俺は、あるとだけLINEを送り返すと、十分後に彼女は俺の家にやって来た。
「え? またバイト辞めたの?」
「ちょっと色々あってな」
「大学生になってから何度目の台詞よそれ。もう本当相変わらず駄目人間なんだから」
お酒を口にしながら涼葉は言う。彼女とは小さい頃から家族ぐるみの付き合いがあって、もう長い付き合いになる。高校生までは同じ学校を通っていて、大学では進路は違うもののこうしてたまに俺の家にやってくる。
二十歳になったからか、酒の付き合いになる事の方が多くなってしまったが。
「でも実はもう次のアルバイトが決まっていたりするんだよ」
「その切り替えの早さだけは尊敬するわよ本当。それで次のアルバイトはどこなの?」
「温泉宿、かな」
「温泉宿? 秀って接客とか得意だったっけ」
「いや、そんなには」
「ならよく雇ってくれたわね」
「それは俺も不思議だよ」
本当にエマはどうして俺なんかを選んだのかが不思議で仕方がない。特別な理由がありそうな言い方だったけど、それが本当なのかも分からない。
「でもそもそも家の近くに温泉宿なんてあったっけ?」
「いや、まあ、あったといえばあったんだだけど」
それが異世界の地獄にあるだなんて口が裂けても言えない。
「もしかしてその紙が雇用契約書?」
「あ、それは」
その辺に放置していた雇用契約書を拾いあげて涼葉は勝手に読み始める。細かいことは読んでいないので、どんな内容が書いてあるのかは分からないが、詠まれてまずいものは書いていないよな?
「何よこれ」
何か気になる内容でも書いてあったのか、涼葉は震えだす。
「どうしたんだよ」
「秀、本気でここで働くつもりなの?」
「え、いや、まだ決めてないけど」
「だったら今すぐやめて。これは秀の為にならない」
「どういうことだよそれ」
「もしかしてちゃんと読まなかったの? だったらちゃんと読んで!」
俺に紙を渡す涼葉。俺は改めて読み直すが、特にマズイことは書いていない。何が駄目なのかさっぱり分からない。
「何が駄目なんだ?」
「もしかして分からないの? いや、分からないのも当然かもしれないか……」
「涼葉?」
「とにかく私はそこでアルバイトするのは反対だから」
涼葉は強く念を押してくる。その理由は分からないが、それはエマに直接聞いてみた方がいいのかもしれないと思い、俺は翌日に再び桜花を訪れる事になったのだった。
閻魔様と働く地獄の温泉宿繁盛記 @kagura
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