【第10話】Here comes a new character ~トップモデルの憂鬱
0.5秒ごとのフラッシュに合わせてポージング、身体を動かして止める。
さらっと言っちゃったけど、0.5秒ごとに次々とポージングってなると、普通に身体を動かしているだけじゃ間に合わない。筋肉を弾いて止めるようにして、ストリートダンスでいえばポップダンスに近い動きになる。
それに0.5秒ごとにぜんぶ違うポーズを次々キメていくのも、
ただまあ、あたしはダンサーじゃなくてモデルなんだ。ダンスは養成所時代からの
よーするに今の状況を説明すると、0.5秒ごとに写真を撮られてるってこと。
つまり1分で120枚の撮影。もちろん速くて大変ではある。
けど、120bpmの曲をオンカウントでリズム取りと考えれば、めちゃくちゃ速いわけでもない。
モデルの中でもあたししかできないってことでもないし、このくらいは慣れ。
というか慣れるしかなかった。
最初は学校生活とモデル活動を両立したいっていうあたしのワガママ。
そんなあたしのワガママを叶えるため、マネージャーと社長が撮影日に集中してスケジュールを詰め込んでくるようになった。
だから撮影日になればスケジュールは分刻み。それでも最高の一枚を撮影するにはやっぱり枚数を撮らなきゃいけないので、時間がないなら高速でやるしかない。そういうわけで、一枚0.5秒。
「はーい、
あ、フラッシュ止まった。終了? いやいや早すぎでしょ。
この青髭のおっさんカメラマン、いい腕してんだけど、美少年以外にはたまーに手抜きすんだよなあ……。
「来月の『エイト』の表紙っすよね、これ」
「この出来でも十分だと思うけど……それにロケバスもう着いてるらしくて、マネージャーさんに急かされてて」
「あ、そっちが理由か……。たぶん、今撮った29、98、246、357、523、770枚目あたりのポーズを使う感じだと思うんすけど、そのへんのバリエーションでもうちょっとやらせてもらっていいすか?」
「ちょっと確認…………うーん、98、357と……770に絞りましょっか」
「おっけーです」
またフラッシュが光る。シャッターが鳴る。あたしはポーズを作っていく。
いいポーズが撮れた瞬間は、カメラと『繋がる』感覚がするので、それが何ポーズ目だったか覚えておく。
表紙撮影の後はロケバスに合流して同期のモデルたちと撮影だ。街のハウススタジオと、海と、あと一件どこだったっけな? とりあえず時間がないので、ここで決めにいくつもりでしっかり表情を作っていく。
――あたしの名前は、
モデル。それも10代向けで一番有名なファッション誌『エイト』の専属モデル。
『エイト』の表紙にだいたい写ってるし、CMとかもたまに出てるから、知ってる人は知ってる感じだと思う。
知らない人も、今度は映画の仕事も決まったからぼちぼち知ってくれるようになると思うんだけど……。
はいここで謙遜やめ。どーだ? 早い話、あたしは『エイト』で一番のトップモデル、つまりこの国にいる10代で最強のモデルってこと。
最強は言いすぎかもだけど、実際小さい頃からいろんなオーディションで連戦連勝、あたしが本気出して負けたことなんて一回くらいしかないし、自分の中では最強名乗っちゃうことにしてる。カメラの前に立つにはとにかく自信が大事だし。
けど……こんな華やかな世界にいるあたしも、仕事以外は普通の学生なんだ。
プライベートは普通。
いや普通でもないか。むしろプライベートの方が忙しいって思うことだってある。
なんでかって――。
○
「「「おねーちゃん! おかえり!」」」
古い一軒家の玄関を開けると、妹たちがぞろぞろ集まってきた。
ハイハイしてくる妹も含めれば、計五人。
あたしには五人も妹がいる。
上から順に、
一番下の
「杏南ー、あたしメシ作ってるから妹たちの相手してあげて。あと居間の掃除も」
台所から母親の声がした。
たまに早く帰ってきたらこれだもんな。いつもの事だけどさ。
あたしはため息をつきながら部屋着に着替え、掃除の準備を始めた。
「あだー、あっばー」
床を掃除ワイパーで拭く。
おんぶヒモで背中にくくりつけた
でも、重くなったなコイツ。
「ねえ、聞いておねーちゃん。
14歳、中学二年の
若干話盛ってるかもだけど、そのまま聞いてやるんだあたしは。
「……おねーちゃん、算数教えて。分数の割り算」
「は? ムリ。おねーちゃん、ギャラの計算しかできないから」
11歳、三女の
ああ、でもゼーキンの計算だけはできるぞ、あたしは! モデルで稼いだ金、確定申告しないと怒られるからな! わりと本気で。
「おねーちゃんおねーちゃん! これどう!? これモデル!?」
「おねーちゃん! こう!? こうこう!?」
8歳と5歳、
もうちょっと体幹鍛えないと軸がぶれぶれなんだけど、この二人は素直にあたしに憧れてくれるから、かわいいよなーって思う。
「「おねーちゃんのうぉーきんぐ見たい! 見たい! 見たい!」」
掃除中なんだけど……まあいっか。
掃除ワイパーを置いて、廊下まで退がる。
月姫をおんぶしたまま背筋を伸ばすと――腰骨と背骨が噛み合って、一本の芯が身体の中を通っていくイメージ。その芯は上下に伸びて、空と大地を貫き……これであたしの身体の軸がブレることはない。
動きの起点は腰。そうして地面を蹴り――歩く。
「「ぎゃああああああ! おねーちゃん、かっこいー!」」
って、部屋が狭いから数歩しか歩けてないし、騒ぎすぎだっての。
でも……この二人を見てると思い出すな。あたしがモデルになろうかなって思ったの、この頃だし。
そういえば小さい頃にこの家の廊下でウォーキングの練習してたけど、やっぱりこの家も狭くなったなあ。まあ、あたしがでかくなったんだけど。
「杏南ー、メシの前に、みんな風呂に入れて」
「はいはーい」
母親の言葉に掃除ワイパーを置いて、風呂の準備した。
○
久しぶりに姉妹六人勢ぞろいで風呂に入る。
「あっだー、あーばー」
湯船の中。
あたしに抱っこされながら、
「「にゃはははははは!」」
「おねーちゃん、入るよ」
うーん、風呂狭いな。ほんと狭い。
「…………」
ん? なんか
それに、なんか不満そうな目だな。どした?
「おねーちゃん、でっか……」
いきなり横からつんつん。
頭を洗ってたはずの
「でっか……」
二回言ったし。
「まー、
「おねーちゃん、すごい適当……」
「あたしはモデルだから、もうちょっと小さくてもよかったんだけど……うぶっ」
は? いきなり
「
あーあーなるほどやっと分かった。
「
「ぺったんこ言うなあっ! おねーちゃん、嫌い!」
あーあ、そっぽを向いちゃった。
あたしは、大きなため息をついて、風呂場の天井を見上げてみる。
これがあたしの日常。
いつもと変わらない日常。特に不満はない。
妹の世話も、なんだかんだ好きだったりする。
うん、好きだ。不満はない。忙しいけど、体力的にもぜんぜんいける。
でも。
でも。
でも……一つだけ不満があるんだ。
それは――。
『弟成分が足りない』
そう、弟だよ弟。
三女の
いや別に、妹はみんな大好きだよ?
でも、こんなに妹がいたら、弟が一人くらい欲しい気持ちはあるさ、そりゃあ。
小さくてかわいくて「おねーちゃん、おねしょしちゃったどうしよ……」って母親じゃなくてまずはあたしに相談してくんの。雷とかお化けとかとにかく怖がりで「おねーちゃんと一緒に寝たい……」って布団にもぞもぞ入ってくんの。でも成長したら男の子っぽくなって「ね、ねーちゃん、裸でうろつくなよ!」とか顔真っ赤にして、んでもってテレビとか観てるときに後ろからベタベタしたら「は、離せって! くっつくなよ!」とかクソガキっぽく照れっ照れになんの。
はぁ……………………最高すぎない?
てか、は!? なんで弟いないの!?
なんでこのあたしが、モーソーで満足しなきゃいけないの!? 欲しいものはなんでも手に入れてきた、この天下のトップモデルのあたしが!
あー悪い。興奮しすぎた。
弟の事になると、どーしてもこんな感じになっちゃうんだわ。
ただなあ……母親も「別にあんたのために五人産んだわけじゃないけど、そろそろ打ち止めだから」とか言ってんだよなあ。
これどーなの? 終わったじゃん! あたしの夢、完全に終わったじゃん!
けど、あきらめちゃいないんだわ。このあたしがあきらめるとかないんだわ。
だから、弟がダメなら……『弟っぽい生物』で我慢しようと思ってる。
ぶっちゃけ血のつながりとか、この際どうでもいいし。
弟っぽい外見に弟っぽい反応する生物とイチャイチャしたいわけであってさ。
あー……でも、血がつながってないのは……やばいな。
そんなんいたら100パーエッチしたくなるしな。ほんと100パーエッチ案件だわ。
そんな弟っぽいやついないかなーってずっと探してる。
たとえば芸能界ならアイドル事務所とか、外見だけならけっこう近い奴いるんだけど、にしても垢抜けすぎてんだよな、あいつらは。
もうちょっと素朴で、純粋っぽいやつがいいんだ、弟ってのは。
「
母親の声に、はっとなる。
妹たちの身体を拭いて、髪を乾かして、部屋着とかパジャマを着せる。
「おーい、帰ったぞー」
親父も帰ってきた。ニッカポッカ姿でどかどか玄関を上がってくる。
親父が部屋着に着替えたら、さあ、食事の時間だ。
「「「いただきます」」」
居間のちゃぶ台を、親二人とあたし、妹五人の計八人で囲む。
狭い。
食事も大皿にどばっと雑に盛ってある。それを取り皿に取る。
だいたいの家がそうだと思ってたけど、普通の家だと一人一人に盛ってるんだろ? 信じられない。
「あー、杏南。引っ越しの件なんだけどな」
親父がビール缶に口をつけながら、言った。
引っ越し。
そうだ、あたし最近、ずっとお願いしてたんだ。
やっぱりもうこの家は狭いし、それに――。
「お前が行きてえって言ってた高校の近くになったぞ。社長のツテでな、安くてでっかい中古の一軒家見つけたんだわ」
うわあ……やばい。やるじゃん親父!
家が広くなるのも嬉しいけど、あの高校の近くだなんて! あいつがいる高校に転校できるかもだなんて! おいおいまじで見直したわ親父!
あたしは嬉しさのあまり、食事もそこそこに席を立ち、寝室に駆け込む。
並んだ布団にごろんと仰向けになり、スマホを見る。
動画アプリを起動、お気に入りの項目をタップ。
『かみさま、どうか――』
名CM動画まとめ。何度見たか分からない、金色のシャンプーボトルのCM。
あたしは、画面に映った女子小学生を見つめる。
思わず手に力が入って、スマホがみしりと鳴った。
「…………」
あたしこと、
ファッション誌『エイト』専属モデル筆頭。
本気のオーディションなら、ただ一度の敗北を除いて無敗のトップモデル。
そのあたしに、唯一、土をつけたやつが――こいつだ。
身を焦がすような屈辱がよみがえる。またスマホがみしりと鳴る。
ああ、悔しかった。悔しい。本当にあれは悔しかった。そしてそれ以上に――。
「…………チビ熊」
この前の撮影日、モール近くの公園。偶然会ったあいつの顔を思い出した。
『――どうしてこんなとこにいるのよ。「エイト」の専属モデルが雁首揃えて』
太陽を浴びると赤く透ける髪、炎のように輝くツインテール、驚いたように目を見開くあいつの顔を思い浮かべ――あたしは天井に向かって、手を伸ばす。
「待ってろよ、あたしの――」
【了】
絶対彼女作らせるガール! あらかると まほろ勇太/MF文庫J編集部 @mfbunkoj
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