11-4.

 記念祭休暇が終わった首都の町並みは、一晩で元通りの姿に戻っていた。

 随分久しぶりのように感じる学校では、休暇中の出来事をお互いに話す子どもたちの楽しそうな姿が、あちらこちらで見られた。


 それだけなら良かったのだが、

「ディル先生! アリア先生と露店を回っていたって本当ですか!?」

放課後、マイヤーが息を切らして修練場に入ってくるなり、そう叫んだ。

 俺とアリアが一緒に屋台を見ていたという目撃証言が複数あり、噂が立ってしまったのは想定外だった。案外、貴族たちも街に繰り出しているらしい。

「え? やっぱりお二人って、そういう?」

ハインリヒが、眼鏡を持ち上げながら興味深そうに訊ねる。やっぱりとはどういう意味だ。

「ち、違います! 偶然お会いしただけです!」

顔を真っ赤にしたアリアが慌てて否定するが、一緒にいたこと自体を否定しなかったせいで、シエナまで「わはー!」と奇声を上げた。

「本当に! 約束していたとかではないんです! あのあの……」

「アリア先生がイブキのアルバイト先に様子を見に来たついでに、ちょっと屋台を見て回っただけだ」

アリアが完全に語彙をなくしているので代わりに説明すると、

「えー、そうなんですか? つまんなーい」

シエナが口を尖らせた。

「教師がゴシップを喜ぶな」

「いいじゃないですか、ちょっとくらい」

この軽さがアリアにも一割くらいあれば、上手く詮索を躱せるのだろうが。

「まあ、真相はそんなところだろうと思ってましたけど」

「本当ですか? 信じていいんですね?」

「しつこいぞ」

マイヤーはまだ訝しんでいたが、少し睨みつけるとヒッと声を上げて引き下がった。


*****


 こうして、記念祭休暇中に起きた大小の事件は、一旦収束した。

 かに見えたのだが、

「……はあ……」

それからというもの、アリアの様子が少しおかしい。隙あらば何か考え込んでいるのは変わらないが、加えてため息ばかりついている。しかし、何かあったのかと訊ねても笑顔を取り繕うばかりだ。

 彼女の調子が悪いと、彼女を慕う生徒たち、ひいてはイブキにも影響が出る。行動を探っていればそのうち原因が見つかるだろうかと、暇を見つけてアリアの様子を探知していると、

「こんにちは、アリア先生! ……あら?」

終いには職員棟の廊下ですれ違ったシエナが挨拶をしても気付かず、通り過ぎてしまった。相手が面倒くさい教師だったならば、くどくどと会議でつつかれてしまうところだ。

「ははーん?」

それでもシエナは気を悪くした様子もなく、むしろ何か感づいたような声を出し、遠ざかるアリアを追いかける。

「ア、リ、ア、せ、ん、せ!」

「ひゃいっ!?」

小走りで進行方向に回ったシエナに正面から声を掛けられてようやく気付き、悲鳴を上げるアリア。

「こんにちは、アリア先生」

「あ……。すみません、気付かなくって。こんにちは、シエナ先生」

自分が挨拶を無視してしまったのだとすぐに思い当たり、慌てて謝った。

「どうしたんです、考え事ですか?」

「いえ、大したことではないのですが……」

「私で良ければ、お話を聞きましょうか?」

声のトーンがニヤついているのは何なのだろう。アリアはしばし悩んでいたが、

「……でしたら、少しだけ良いですか?」

本当に困っていたようで、じゃあ私の部屋でお話ししましょうと提案するシエナに誘われるまま、アリアは後輩教師の後を付いていった。


 「さて、早速ですけど。お悩みの原因はディル先生ですよね?」

アリアをソファに座らせ、茶を淹れて自分も対面に座ったシエナは、突然切り出した。

「はい?!」

急に名前を出された俺が眉間に皺を寄せるのと、アリアのひっくり返った声がしたのと、やや乱暴にカップがテーブルに置かれたのはほぼ同時だった。

 この音は、ハイエルフが優雅に茶を飲む物足りない大きさのティーカップではなく、大きな寸胴のマグカップだ。途中で茶を汲みに立つ必要がないように、長話をする前提がある時にクォーツがよくやっていた。

「ちが」

「違いますとかもういいですから。ディル先生のことが気になってらっしゃるんでしょ? それで、意識し始めた途端にどう接したらいいか分からなくなって、戸惑ってる」

「えっと、あの」

「アリア先生、ディル先生は厄介ですよ! 激ニブですよ! どんどん押していかないと気付いてもらえませんよ!」

火が付いた導火線の如くまくし立てるシエナ。しまった、これは聞いてはいけない話だ。盗み聴きがバレたらローズにまたボロカスに言われてしまう。

 ――わかっているのだが、話題の中心にされてしまった以上、半端に聞くのをやめることもできない。

「そういうのじゃないんです! 確かにディル先生のことで悩んでいましたし、シエナ先生の仰った理由ももちろんあるのですが! それとは別に、ちょっと自己嫌悪に陥っていただけなんです!」

暴走を止めようとするアリアの声も自然と大きくなる。仕事部屋は比較的防音に優れているが、廊下まで聞こえていそうだ。

 すると、

「……自己嫌悪? どういうことです?」

シエナの暴走がぴたりと止まった。

「わ、笑わないでくださいね。……イブキさんのことを、羨ましいなあって、思ってしまうんです」

後半は堪えきれずに手で顔を覆ったようで、アリアの声がくぐもる。と、またしても「わはー!」という奇声が聞こえた。

「なんですかそれ! アリア先生超可愛い!」

「シエナ先生、声が大きいです!」

再びヒートアップするシエナを慌てて宥めるアリア。――イブキのことが羨ましいとは、どういう意味だろうか。

「ディル先生、いつもイブキさんのことが最優先ですもんねー。入る隙がないっていうか」

「もちろん、娘さんですし、ただの仕事仲間の私なんかよりもずっと大事だっていうことは、頭では分かっているんですが……」

「イブキさんの名前を出されると、やきもちを妬いてしまうと……。自分と話している時くらい、自分を見て欲しいと思ってしまうのがイヤなわけですね?」

「うう……」

おそらくは肯定の意味の、蚊の鳴くような音を出して、アリアは黙ってしまった。先日屋台を回っていた時、一瞬見えた微妙な態度はそれだったか。

「ンフフ、恋をすると、どんな人も欲深くなるんですね。かつては学校一の才女と呼ばれたアリア女史、もといアリア・マルセーヌ王立魔術学校魔法学総括教諭が十歳以上も年下の女の子にやきもちだなんて。今日ほど王立の教師になって良かったと思った日はありませんよ」

学校関係者にはとても聴かせられない、シエナの教師にあるまじき感想はひとまず置いておくとして。

「……」

一応、俺の行動のどこかに彼女から好かれる要素があったかと思い返してみるが、全く思い当たらなかった。

 そもそも、人間的な恋愛感情というものは、彼らの持つ数多の感情の中で、一番理解のできないものだ。

 だが。

「面倒くさいことになった……」

数百年前にも、彼らの感情に振り回されて酷い目に遭ったことは事実だ。あんなこと・・・・・はもう、二度とごめんだ。

「……」

だというのに、思い浮かぶのは、馬鹿ばかりしていた頃の彼らの笑顔で。

「……対策を練らないといけない。いろいろと」

首を振って憂鬱を無理矢理吹き飛ばし、俺はいつもより深く寄った眉間の皺を揉んだのだった。

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