11-3.
食べ物の屋台はむしろ夕飯時に差し掛かるこれからが賑わうようで、まだ撤収している店は少なかった。
「わあ! 南方の伝統菓子だそうです」
目立つ幟の立った揚げ菓子の屋台に寄っていったアリアだったが、いざ店頭まで行ったところで、何やら悩みはじめた。
「どうした」
「いえ、結構量が多いみたいで……。食べきれるかどうか……」
見ると、串に小麦粉生地を巻き付けて揚げた菓子は、小ぶりなトウモロコシほどあった。一般的な人間の女性なら、一本で満腹になってしまいそうだ。
「じゃあ、俺が買うから一口食えばいい」
「え!?」
「どんな味なのか知りたいだけだろう」
「それはそうなんですが」
ふと、祭りの度に後先考えずに興味本位で買い食いするクォーツたちから残りを押しつけられていたことを思い出した。
「こういう時は、遠慮するだけ損だ。来年は屋台が来ないかもしれない」
呆れる俺に旧友が言った言葉をそのまま言うと、あ、と小さな声を上げ、それからはにかんだ。
「じゃあ、お言葉に甘えて……」
「それでいい」
串を注文すると、シロップが数種類あるとのことだった。一番人気だというメープルを選ぶ。
「ほら」
受け取った串をそのままアリアに渡すと、
「ディル先生が先に食べてください! 私は残りもので充分ですから!」
「気に入ったら全部食えばいい」
「あうう……」
ずいと押しつけるように渡すと、やや困った顔をしながら受け取った。
「いただきます」
小さな口で一口かじり、途端にぱっと目を輝かせる。
「美味しいです。思っていたよりも油っぽくなくて」
「そうか」
見上げてくる顔に相づちを返すと、いつかの帰り道にも見た、ぽかんと口を半開きにした顔で、固まってしまった。
「なんだ。全部食べるか?」
「い、いえ! 他の屋台も見てみます! あとはディル先生が食べてください!」
顔を隠すように俯きながら串を突き返され、俺は首を傾げながら受け取った串をかじった。生地の内側は想像よりも柔らかく、パンのような食感だった。これはイブキも好きかもしれない。
と、再びこちらを見上げるアリアと目が合った。今度は何やら、慌てたような顔をしている。先ほどから表情がくるくる変わって面白い。
しばらく眺めていると、アリアは俺の視線に気付いて顔を背け、
「……次からは、ちゃんと自分で買います……」
ぽつりと小さく呟いた。やはり全部食べたかったのだろうか。
その後も、通りすがりに興味を持った屋台にふらふらと立ち寄り、楽しそうに物色するアリアに付き合う。
やがて空が赤らみ始め、時計台の鐘が六時を告げたところで、土産物屋を見ていたアリアが我に返った。
「えっ、もうこんな時間ですか!?」
「そろそろ帰るか」
「はい……」
小さく頷いたきり、アリアは黙ってしまった。もはや突然始まる考え事癖にも慣れてきて、俺も無言で歩く。が、
「おい」
さすがに本人の家の前を通り過ぎようとした時には、思わず腕を掴んでしまった。
「どこまで行くんだ」
「あっ! す、すみません!」
辺りを見回して、そこが目的地であることに気付くなり顔を真っ赤にしたアリアは、そのままじわりと目に涙を浮かべ始めた。
「……大丈夫か?」
「ひゃい……」
返事からして大丈夫ではない様子だったが、
「きょ、今日は本当にありがとうございました! それでは!」
まるで俺から逃げるように、マンションの出入り口へ飛び込んで行った。
*****
アリアの態度に首を傾げながら帰宅すると、イブキが既に帰ってきていた。
「おかえりなさい! ん? 屋台の匂いがする。珍しいね、何か食べて来たの?」
一人で外食することなどまずないので、俺から食べ物の匂いがしたことに驚いていた。
「アリア先生に会ったんだ」
アリアに付き合って屋台を回っていたと言うと、
「またソフィアが羨ましがりそう」
肩を揺らしてくすくすと笑った。
「そっちは。いい双眼鏡は見つかったか」
「うん! ミゼットの男の人がやってる工芸屋さんがあってね、すごかったんだよ!」
がさがさと紙袋を漁り、見せてきたのは赤銅と真鍮の色をした、小振りな双眼鏡だった。
「魔具か」
「そう! ここのダイヤルを回すとね、すっごく遠くの物も見えるんだって。まだ試してないけど」
確かに、首都の地上からでは大したものは見えまい。時計台かハイエルフが根城にしている学校の搭にでも行けば、望遠機能も存分に発揮できるだろうが。
「あとねあとね」
テーブルに双眼鏡を置いたイブキは、何やら更に紙袋を漁った。そして、
「はい! お父さんにプレゼント!」
「……プレゼント?」
差し出されたのは、そう大きくない紙袋。
「開けていいよ」
得意げなイブキに促され、紙袋を開ける。
「ソフィアはね、マフラーとか手袋とかがいいんじゃないって言ってくれたんだけど、お父さん寒いの平気でしょ」
袋から出てきたのは、輪っか状に編んだ毛糸の防寒具だった。ミゼットがよく服や小物に刻む民族模様が編み込まれている。
「それね、帽子にもマフラーにもできるんだって。いつも頭に巻いてる布の、代わりになるかなって思ったの」
「貰った給料は、好きに使えって言っただろう」
いくらでもあるわけではないのだから、わざわざ俺のためなんかに使わなくても、自分の服を買うなり買い食いをするなりすればよかったではないか。
「うん、好きに使ったよ? 私がお父さんにあげたいって思ったから買ったんだもん」
「……そうか。ありがとう」
一片の淀みもなくそう言われては、素直に受け取るしかなかった。
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