11-2.

 生誕祭休暇最後の日は一時間早く店が閉まり、店舗責任者代理――表向きには店舗責任者になっている男――から一人ずつ給料を手渡されて、解散となった。

 初めて労働の対価に賃金を貰うという子どもたちも少なくない。仕事を通して仲良くなった面子と、何に使おうかと話し合っていた。

 子どもに続いて大人たちも、同じように封筒に入った給料を受け取り、全員の労を労われて、焼き菓子屋は解散となった。


 ミゼットたちの手で屋台が手早く解体されていくのを興味深く眺めていると、マークがやってきて、深々と頭を下げた。

「先生。改めて、いろいろとお世話になりました」

案の定というか、例の倉庫の管理者とは連絡が付かなくなったそうだ。もちろん、給料も支払われる予定がない。

 とは言え、給料よりも確実に多い報奨が出ることになると思われるので、結果的に損はしていない。本人は複雑そうな顔をしていた。

「なんだかよくわからないうちに、たくさんの方に感謝されたり労われたりしました……。ほとんど先生のお手柄だと思うのですが、私が貰ってしまって、いいのでしょうか」

「あんたの話がなけりゃ、俺たちも動けなかったんだ。正当な対価だと思うが。あとは……、巻き込んだ手間賃と、口止め料だ。貰えるものは貰っておけ」

事態はマークが思っているよりもずっと深刻だった。平民の一家族が一年、慎ましやかに暮らすには充分な報酬が出るのではないだろうか。

「……そうですね。実は、家の廊下が雨漏りしていて、修理をどうしようかと思っていたところだったんです」

「いっそ、建て直したらいい。そこのミゼットたちに聞いてみたらどうだ」

ソフィアに聞いたところ、ミゼット自治領を出て首都に工房を構えるミゼットは、年々増えているそうだ。建築の他にも彫金や魔具制作など、各々が得意な分野で活躍しているのだとか。

「さすがにそこまでは」

苦笑するマーク。数百年の間に随分と寛容になったとは言え、人間族の中で暮らすエルフやミゼットはまだまだ変わり者扱いだ。訛りのきつい者やエテル語を話せない者もいるので、敷居が高く感じられるのだろう。

「お父さーん!」

雑談をしていると、着替えを済ませたイブキが走ってきた。ソフィアとミアも後を追ってくる。

「七日間お疲れ様でした、先生。マークさんも」

「いえ、こちらこそお世話になりました」

「懲りずに来年もお仕事を受けていただけると、嬉しく思います!」

今年の反省を踏まえて、早速明日から来年に向けての準備が始まるそうだ。

「ええ、是非」

「来年までには、商会の従業員用に宿を手配しますから、今年より快適になりますよ!」

ソフィアは胸を張った。何やら既に見当を付けている物件があるらしい。頼もしいことだ。

「じゃあイブキ、そろそろ帰るか」

「あのね、これからソフィアとミアと、双眼鏡買いに行く約束したの! だからお父さん、先に帰ってて」

式典の時に話していたあれか。今回働いた給料は好きに使っていいと言っているので、早速探しに行くという。

「それじゃ、先生。また学校で。マークさんは、また来年お会いしましょう」

ソフィアは勝ち誇ったような笑顔だった。

「イブキパパ、フラれちゃったな。元気出しなよ、じゃあねー」

ミアも俺の背中を叩いて笑い、先を行く二人の後を追った。

「心中お察しします……」

楽しげな三人の背中を見送り眉間の皺を揉む俺に、マークは力なく笑った後、ため息をついた。曰く、娘というのは男親からの自立が早いものらしい。これも成長だと思えば、喜ばしいことなのだろう。


*****


 魔導車の迎えが来たマークは、恭しくドアを開ける運転手にまだ怖じ気づきながら乗り込み、窓越しに会釈して去っていった。

「さて……」

暗くなる前にはイブキも帰ってくるだろうが、それまでしばらく時間がある。まっすぐ家に戻るのもいいが、

「おい」

「ひゃいっ!?」

先ほどから、建物の陰に隠れるようにして、アリアがこちらの様子を伺っているのが気になっていた。

「何してるんだ、さっきから」

少し顔を出したと思ったら顔を引っ込め、帰るのかと思えば数歩歩いてからまた戻ってくるという妙な動作を繰り返していたアリアに声を掛けると、

「お、お気づきでしたか……。恥ずかしいです」

耳まで赤くして、顔を手で隠した。

「イブキとソフィアは、買い物に行ったぞ」

「いえ、あの、二人から最終日は早く終わると聞いていたので、その」

歯切れが悪そうに、もじもじと視線を彷徨わせるアリア。どうやら、二人に用事があったわけではないようだ。

「……時間があるなら、まだやってる店でも見て回るか」

「えっ!」

俺の提案に、アリアは驚いた様子で顔を上げた。

「どうせ、家に帰っても暇だからな」

いつものようにイブキの後をつけることも考えたが、いい加減、彼女が俺の知らないところで好きに行動することに慣れなければ。

「はい、ぜひ……!」

「……」

気を紛らわすのに付き合わされるだけだとも知らず、嬉しそうにふにゃりと笑う顔には、どうにも既視感があって調子が狂う。

「? ディル先生?」

一度似ていると思うと、違うとわかっていても重ねてしまいそうになる。しかし、

「何でもない。……何か食べるか」

そんな風に思うのは、双方に失礼だ。

「でしたらあの、私、屋台の食べ物を食べてみたいのですが」

「首都はそれなりに長いんだろう。食べたことないのか」

「お恥ずかしながら……。一人で屋台を見て回る勇気がなくて……」

変わり者と言えども根はお嬢様なのかとも思ったが、どちらかというと、ただの弱腰に近いように見えた。知り合いは貴族ばかりで、付き合ってくれる相手もいなかったのだろう。

 ――一瞬、一人で夜更けの往来をうろつき焼き鳥を頬張る女が頭を掠めたが、あれは例外だ。アリアにあの珍獣じみた図書館司書ほどの図太さは期待していない。

「……どこに行くんだ。適当に、中央に向かって上るか?」

「はい!」

結局、屋台の出ている端まで見て回り、折り返してアリアの住むマンションの前で別れようということになった。

「なんだか、私の都合に合わせて頂いて申し訳ないです」

「構わない。あんたを送って帰る頃には、イブキも帰ってきてるだろう」

「あ、そ、そうですね」

笑顔が一瞬こわばった気がしたが、すぐに顔を逸らされてしまい、よく見えなかった。

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