11章:祭り

11-1.

 式典後は、徐々に首都から観光客が減っていく。バイオレット商会の焼き菓子屋台も、前半より客足が落ち着いた。

「あっ、あの人も獣人族セリアン?」

これから故郷に帰るのか、大荷物を背負ったトカゲ頭が通りすがった。

「かっこいい!」

小型の竜のような体躯を見て、イブキが喜んでいる。毛や羽根の生えた、手触りの良さそうな獣人が好みなのかと思っていたが、そういうわけでもないらしい。

「身体の中、どうなってるんだろ。クッキーとか食べれるのかな」

ミアも目を丸くして、服から出ている爬虫類然とした尻尾を目で追っている。と、

「おっ、今度はすごい美人」

トカゲ男を見送った目が、屋台に向かってくる人影を捉えた。

「どこ?」

イブキもその視線を辿り、

「アリア先生!」

見知った顔を見て、ぱっと表情を明るくした。

「こんにちは、イブキさん」

「こんにちは、先生!」

「先生? この綺麗なお姉さんも、王立の先生?」

ミアの率直な感想に、アリアは恥ずかしそうに頬に手を当てた。

「ありがとうございます。みんな、お仕事頑張っているみたいですね」

甲斐甲斐しく動き回る子ども達を微笑ましげに見た後、アリアは少し迷ってクッキーを二種類頼み、会計をしながらイブキに訊ねた。

「ソフィアさんはどちらに?」

「ソフィアは、お店の管理をしてるんです」

「今空いてるから、あたし、お嬢様呼んでくるよ」

「いえ、お仕事の邪魔になりますからお気になさらず――。あらら……」

ミアはアリアの返事を聞く間もなく、裏へ走って行った。

「元気な方ですね」

「ミアって言うんです。お金の計算がすっごく速いんですよ!」

「そうなんですか。……なるほど……」

「先生?」

いつか帰り道に話していた、平民への高等教育について考えているのだろう。

「どうしたんですか?」

考え事癖が始まっていたアリアは、イブキに話しかけられてはっと我に返った。

「すみません、ボーッとしちゃって。そうだ、ディル先生も一緒にお仕事をしていると聞きましたが」

「お父さんは、あそこです」

イブキが示した方向を振り返ったアリアと、目が合った。少しだけ帽子を持ち上げ会釈すると、ぽかんと口を開けて固まってから、慌てて会釈を返した。

「すみません、一瞬誰だかわからなくて」

小走りで寄ってきたアリアが、何度も頭を下げる。

「通行人が見てくるからやめてくれ」

「あっ、はい、すみませ、あっ」

「落ち着け」

やめろと言ったのに更に謝りそうになり、慌てて口を押さえるアリア。他に掛ける言葉を探してあわあわと困った顔をした後、

「……あの、制服、よくお似合いです」

頬を赤らめながら俯き、小さな声で言った。

「子どもたちにも、こっちの仕事のほうが向いてるんじゃないかと言われた」

数百年単位で洞窟から一歩も外に出ていなかったくらいだ。往来を眺めながらじっとしているのは、苦ではない。少なくとも、人間に魔法を教えるなんていう妙な仕事よりは向いているだろう。そもそも、本来は仕事をする必要がないことを棚に上げれば、だが。

「それは困ります! ディル先生には教えて頂きたいことがまだたくさんあるので!」

冗談で言ったのに、アリアは思いのほか必死で止めてきた。

「……イブキが卒業するまでは、転職する予定はないから安心しろ」

あまりにも必死の形相なので、ハイエルフの癇癪で退職させられる可能性のほうが高そうだとは言わなかった。

「……そ、そうですよね……。良かったです……」

ホッとしている反面、肩を落としているのは何故なのだろう。

「あの」

「アリア先生ー!」

再び顔を上げ、何かを言おうとしたアリアの言葉は、未だかつて見たことがないほどに輝いているソフィアの笑顔によって、中断されてしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る