10-4.

 「さて、今回の事件についての報告は、こんなところですかね。……次は、ガルバンダの娘の件についてです」

広げていた資料を片付け、机の端に避けながら続けた。

「先生からの助言通り、その時間に彼女が収監されていた牢に近づいた者を当たっていますが、何しろ夜間のことですから、所在を証明できる者のほうが少ない状態です。これも時間が掛かりそうですね」

片付けられた資料に、サイが手を伸ばしているのを横目で見ながら、ラインが挙手した。

「結局、死因はわかったのか?」

「……内臓が激しく損傷していたそうだよ。まるで内側から串刺しにされたような、酷い状態で」

もちろん、そんなことができる武器や魔具は、今のところ存在しない。

「先生。魔法式、というものについて我々は詳しくありませんが、そういったことができるのですね?」

「……ああ。ただ、魔法学者にもあまり知られてないくらい、使用者の少ない魔法だ。魔術に同等のものは存在しないし、人間に教えられるくらい知識のある奴なんて、精霊か、それなりに歳のいったエルフくらいのものだと思うが」

水精霊は水をあらゆる状態に変化させる魔法を使うので、もちろん生物に飲ませる魔法式も作れる。しかし人間に興味を示す個体はごくわずかで、そんな珍獣であるマイムは、高慢で潔癖、ただしクォーツの前では恋する乙女に成り下がるというポンコツだ。逆に言えば、どう唆されたところで、クォーツ及び、奴が作ったこの国の不利益になることは絶対にしない。断言できる。

「エルフかあ……」

こちらも、ローズのように人間の中で暮らしている個体は少ない。ところが全く居ないわけではないので、首都に住んでいるエルフを総当たりするとなると、それなりに時間が掛かる。厄介な案件だった。

「牢に近づけた者と、魔法式の出所の両面から、地道に捜査するしかなさそうですね」

自分たちで言っておきながら、はあ、と重いため息をつく面々だった。


*****


 捜査会議の様相を呈してきた応接室からようやく解放され、家まで送り届けられた時には、もう暗くなっていた。

「先生」

魔導車から降りたところで、ラインに呼び止められた。運転手を待たせ、こちらに走ってくる。

「質問なんだけど。……先生は、槍の水精霊と、どこで知り合ったんだ?」

彼女の名前を呼び、罵り合っていた様子を間近で見ていたラインが、その疑問を持つのは仕方のないことだった。

「さあな。もう忘れた」

試しに、しらばっくれてみる。

「忘れたって……。それにクォーツ様も、先生のことを知っているみたいだった」

「サイを通して知ってたんだろう」

「違う、もっと親しそうな……。まるでずっと一緒に戦ってきたみたいに、息が合ってて」

「何百年も前に死んだ人間と? 俺もハイエルフだとでも言いたいのか。見ての通り、耳は尖っちゃいない」

おそらく、大方の見当は付いているに違いない。ならばこちらも、わかった上でからかってやる。

「そんなの変身魔法が使えるんだから、どうにでもなるじゃん。……まあ、エルフだとは思ってないけど。そうやって隠し続けてるのも、全部イブキのためなんだろ」

口を割らせることを諦めたラインは、肩をすくめた。

 と、

「お父さん?」

「イブキ」

パン屋の脇の路地から、イブキがそろりと出てきて駆け寄ってきた。

「やっぱり。魔導車の音が聞こえたから、そうじゃないかと思ったんだ」

「悪かったな、いきなり先生連れて行っちゃって」

ラインが、何でもなかったように笑顔で謝った。イブキは首を振る。

「ちょっとびっくりしたけど、昨日の事件の話だったんでしょ、仕方ないよ。そうそう、近衛隊の人がね、マークさんの荷物取りに来たんだ。ホテルに移るんだってね」

イブキを怖がらせないよう、彼女への連絡は顔見知りの第三が行っているらしい。そういう細かい配慮も、俺に協力させるための一手間というわけだ。

「ああ、お手柄だったからな。お礼にちょっといいホテルに案内したんだ。でっかい風呂とか、専属のマッサージ師とか付いてるから、来たときよりも元気になって帰るんじゃないか?」

「そうなんだ。ゆっくりできるといいね」

保護されているとは言わない。不要な心配を掛けることもなかろう。

「じゃ、俺もそろそろ帰るよ。イブキ、またな」

「うん、またね」

 遠ざかる車に手を振り、見えなくなってから、イブキが俺を見上げた。

「お父さん、ラインにバレちゃったの? 大丈夫?」

会話が聞こえていたようだ。ヒト種の街に侵入した魔物は、ごく一部の許可された愛玩用や家畜用を除いて、原則退治もしくは追放されることになっている。学校でそう習ったからか、不安そうにしていた。

「大丈夫だ。イブキが心配することじゃない」

「そっか……」

頭をぐしゃぐしゃと撫でると、力なく笑った。

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