第13話 二人の皇子(精霊歴10年)

 遙か高み。今日も天界から地上を観察する。


 勇者召喚からここまで動乱の時代だ。なんというか、歴史のうねりを感じるというか。言葉にできないが、内乱・革命・建国と圧倒的な熱量を感じる。史実のフランス革命や明治維新もこんな感じだったのだろうか。


 そんな箱庭世界を見て悦に浸る二柱。――俺とリースのことである。


「旧帝国がなんかまとまりそうだな」


「ヤトの予想では西と東に大分裂だいしすまする予定だったのよね?」


「そうなんだ。共通の敵を前にして団結しやがった」


「精霊国の建国に浮かれていたけれど、思わぬ余波があったわね」


 とんだ番狂わせだ。精霊俺の分身の活躍によって、精霊信仰は順調に普及している。国家として成立したことで、今後ますますの信仰パワーを得ることができるだろう。すべては順調だと思ったのに、帝国がいまの精霊国に侵攻したらどうなる?


精霊使い操り人形の数を増やして、呪文オサレ要素をもっと解禁して……」


「神様業、これから忙しくなるわね……ヤトが」


「リース、お前も手伝ってくれよ。せっかく建国させたんだ。いきなり滅亡とか勘弁してくれ」


 もう音を上げそうになっていると――。


「世界はいつも残酷よ。2回も滅びているんだもの。でも、ヤトのおかげでわかったわ。これも箱庭内政の醍醐味じゃないかしら? ヤト、わたしもいるから安心しなさい」


 思わずじっとリースの顔をみつめてしまう。いつものお気楽な空気を散らし、本気で俺を励ましてくれたようだ。そう思ったら気持ちが楽になった。

 ここには神様業の大先輩がいるんだし、一人で悩むのは非効率だ。それからは、リースと細かく打ち合わせをする日々を送った。




「黒幕プレイサイコー!」


「ヤトは今日も元気ね。すっかり立ち直っちゃって。あー、皇子を反目させるなんて悪辣ねえ」


 神の啓示オラクルを使って暗殺させるなんて、無理したわね、とこぼす。


「ははは、信仰ポイントはだいぶ減っちゃったけどな。最近、精霊(笑)として黒幕プレイをするのが楽しくてしかたないんだ。リースはどうだ? 何も知らない箱庭の住人を操るの楽しくないか?」


「うーん、これじゃあまるで邪神ね」


 悩む素振りをするリースの耳に、邪神もいいな、という声が入ってきたが聞こえないふりをしたのであった。




 黒真珠の間。帝都ベルカンティーナの王城の歴史を感じさせる煌びやかな間には、距離を置いて二つの椅子があった。荘厳ありながら落ち着きも感じさせる装飾がなされた一目で高価であるとわかる一品である。



 そこに座るは、アレクシス第一皇子とバールゼフォン第三皇子。にこやかに――しかし明らかに無理しているのがわかってしまう――座っているのは、アレクシス・フィル=アッハ・アストラハン、帝国の第一皇子であり帝位を継ぐ……はずだった。


 もう片方の座につく男は鷹のような鋭い目を変えることなく、自然体であった。いや、自然体にも関わらずカリスマを感じさせる王者のオーラを放っている。彼こそが、バールゼフォン・フィル=アッハ・アストラハン第三皇子である。


「それで同盟を組むということでいいんだよね?」


「その通りだとも兄上。分裂しかけているとはいえ、われわれは同じ帝国を推戴する者同士。国を名乗る反乱軍を許すわけに行けない。しかも首班は裏切りの勇者と元王女だかららな」


 もっと早く芽を摘むべきだったと批判するようにアレクシスを射抜く。アレクシスとて負けてはいない。


「先陣は私に任せてくれ」


 文治派のアレクシスとしては、少しでも武功を立てておきたい。弟の軍事力に劣る彼にとって、切実な事情があった。

 その後、細々とした軍議を行うと自信を持った顔をしながら、そして弟の余裕そうな顔に歯噛みしながら、アレクシスはその場を去っていった。


「殿下、アレクシスはうまくいくでしょうか?」


「殿下をつけろ。あれでも一応兄上だ」


 申し訳ございませんと畏まる部下を鷹揚に許すと、眼を鋭くする。

 実のところバールゼフォンは帝位を望んではなかった。

 

 アレクシスは穏やかな性格で、異母弟の自分にもよくしてくれたのだから。


「それがこのざまか」


 誰にも気が付かれないように、小さくため息をつく。内乱ですべてがご破算になった。軍才のない兄に代わって反乱を鎮圧したまではよかったが、それによる台頭を危惧したアレクシス派と敵対する羽目になったのだから。すでに3度も暗殺されかけている。


 アレクシス本人が指示したわけではなく、とりまきが勝手に実行したことも分かっているだけに質が悪い。

 もはや当人同士が和解を望んでも、立場と周囲と状況がそれを許さないだろう。


 軍功を焦ったアレクシスが先陣を担うことになった。ただ指揮をとる将軍が問題だ。能力も下だが、下種な性格をしており、反乱軍をどのように扱うのか。少なくとも、略奪程度ではすむまい。


 とはいえ、率いる兵はまごうことなき精鋭。通常ならうまくいくだろう。事実、周囲の一部の配下たちもそう思っているようだが。それが全部ではないことに安堵を覚えて、絞り出すかのような言葉は――。


「負けるだろうな」




【詳説帝国史 著キュラス・フィル・オーネタイン】


 ……一年戦争当時、帝国を二分していたのが、第一皇子アレクシス・フィル=アッハ・アストラハンと、第三皇子バールゼフォン・フィル=アッハ・アストラハンの二名である。


 首都ベルカンティーナを確保し宮廷を牛耳るアレクシス。

 精強なる西方方面軍を擁するバールゼフォン。


 前者は宮廷貴族に支持され高い経済力と政治力を持ち、後者は軍閥に支持され強力な軍事力を持つ。それぞれが一長一短であるが、長子相続の伝統を鑑みれば、正当性があるのは、第一皇子アレクシスであることは衆目の一致するところであった。


 では、なぜ第三皇子に過ぎないバールゼフォンが内乱を起こしてまで帝位継承を求めたのか。なぜ軍閥が後ろ盾となったのか。それは、彼が聖帝エルドリッジの再来と言われるほどの恐るべき才知を持っていたからである。


 群雄割拠しつつあった当時の帝国は、分かりやすく「力」を求めた。それに応えたのが野心溢れるバールゼフォンだったのである。


 虎視眈々と皇帝の座を狙っていた彼は、これ幸いにと勢力を拡大させた。


 アレクシスも暗愚ではなかった。しかし、調整力に秀でるものの凡庸であり、平時の王としては十分な能力を持つものの、乱世には向かない性格であった。事実、初期の反乱の鎮圧に失敗したことで、帝国は崩壊の途につきつつあった。


 その流れを変えたのが、バールゼフォンだ。混乱する宮廷をしり目に、自ら手勢を率いると、次々と反乱軍を破っていったのである。脅威を感じたアレクシス派は、バールゼフォンの排除を試み――ことごとく失敗した。こうしてバールゼフォンの心はますます帝国を離れ、台頭を許す結果となったのである。 


(中略)


 西と東に帝国は分裂したが、手を組んだ時がある。精霊国(反乱軍)の討伐のため、連合を結成したのだ。後世の歴史家は、この瞬間こそが帝国を再統一する最初で最後の機会であったと評している。


 しかしながら、そうはならなかった。三重帝国成立まで続く対立が負の遺産として残ってしまったのである。

 なぜならば……



【教養としての世界史 著アバン・ラーデル】


 ……一年戦争前の世界情勢を把握をするのは特に大切です。分裂状態だった帝国が一時的な連合を組んだとき、当時の精霊国との国力比は30倍だったと言われています。


 しかし、連合は敗北しました。


 理由はいくつもあるでしょう。指揮系統の混乱。精霊使いの軽視。兵站の壊滅。


 よく指摘されるのは、「距離の防壁」かもしれません。 

 帝国側は「距離の暴虐」と呼んでいましたが、単純に距離が離れていたから攻めきれなかったというものです。


 この単純にして明快な原理は、単純だからこそ覆すことができないものでした。

 事実として、その後の帝国の遠征の失敗の要因の最たるものが、この距離の防壁だったのです。


 同じくらい重要な出来事としては、ビーストによるグラスランドでの大規模な反乱があるでしょう。今日まで続くロムルス連邦結成のきっかけとなった反乱です。


 黒い咆哮シャウティングブラックを中心に、精霊使いたちが表と裏で活躍した記録が残っています。

 

 そして最後に忘れてはならないのは、グリーフ公国の建国です。

 帝国と精霊国を中継することで、微妙なバランスのもと、まさに薄氷を踏むがごとく生存を続ける国家が成立したのでした。


 この建国の経緯には、元辺境伯・初代公王トレイス・フィル・グリーフについて話さなければなりません。そもそも彼は……

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神様(に)転生 ~神様になって世界を裏から操ります~ 羽田京 @haneda_miyako

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