第12話 建国 (精霊歴10年)

「みてみてヤト! 今日は歴史的な日ね!」

「おおお、とうとう建国か。この10年間影に日向に援助した甲斐があったな」



 リースが嬉しそうにしている。かくいう俺も興奮している。

 とうとう勇者が国を創ったのだ。

 いやあ、ほとんど着の身着のままフロンティアに流れ着いて、そこから国レベルまで急成長するなんてすごいな!

 国造りゲームをしているみたいで楽しかったぜ。箱庭内政万歳! 黒幕プレイ万歳!

 もちろん、精霊(俺)の力も大きいが、人の持つ可能性を垣間見た気がした。



「じゃあ、建国記念に精霊王(笑)として降臨してみようかな」

「待って!」

「どうした、リース」

「あのね、ヤトのおかげで信仰パワーもある程度回復したし、久々に下界に降臨してみたいな、って」



 もじもじしてリクエストするリースの姿は大変可愛かったと言っておこう。




【精霊歴10年】



 本日は晴天なり。



 と思わず言ってしまいそうなほど青い空を見上げる。まるで天が祝福してくれたかのような。そんな天気だった。

 数千人の群衆が今か今かと時を待っている。

 思えば遠くへきたものだ。なにせ100人ちょっとの村が出発点だったのだから。



「勇者様、演台へどうぞ」



 デュランを中心とした武力とフォズを中心とした文官が揃ったことで、俺たちはある決断をした。

 それは――――建国。



 定住し精霊と出会ってから今日で丁度10年経つ。ここまでくるのに様々な出会いがった。その中心には常に精霊がいた。だから国の名前は簡単に決まった。色々と話し合った結果、俺は教皇の地位につくことになった。前世の影響か、あまり乗り気ではなかったのだが、エリーをはじめみんなに推挙されて仕方ない。俺は流されやすいんだ。

 その代わり、皆は枢機卿の地位について支えると誓ってくれた。本当に俺にはもったいない位の仲間だ。

 この記念すべき日こそ建国記念日に相応しい。



「俺には夢がある」



 そう静かに述べると、じっと待つ、ざわめいていた聴衆は、一人また一人と瞑目したたずむ俺に気づき口をつぐんでいく。

 段々と静かになっていく。頃合いを見計らうと俺は口を開いた。

 これは前世のディベート部で学んだ手法だ。元ネタとなって人は演説の達人だったけれど、あまり褒められた人ではないのだけれどね。



「俺には夢がある! それは、いつの日か、この国の国民が立ち上がり、精霊の教えを真の意味で実現させるという夢である。


 俺には夢がある! それは、いつの日か、ベルカンティーナで、かつての奴隷の息子たちとかつての貴族の息子たちが、兄弟として同じ食卓につくという夢である。


 俺には夢がある! それは、いつの日か、不正と抑圧の炎熱で焼けつかんばかりの帝国でさえ、自由と正義の楽園に変身するという夢である。


 俺には夢がある! それは、いつの日か、俺たちの子どもたちが、種族や生まれによってではなく、人格そのものによって評価される国に住むという夢である。

 これがわれわれの希望である!!!」



 ワッと大喝采が沸き上がった。拍手喝采を浴びてちょっぴり照れ臭い。

 キング牧師は世界を超えて通じるんだなあ。



「ここに精霊国家グレートスピリットの建国を宣言する!」



 湧き上がる聴衆。ふう、うまくいったか。胸をなでおろしていると……ん? あれはなんだ。周囲の人間も気付いていく。



「おおお、何だあれは!?」



 空を見上げる。「それ」は、民衆のざわめきと共に現れた。神々しい女性とも男性ともつかない存在がいた。その圧力はまさに「それ」が超越的な存在であることを本能に訴えかける、



「我が名は、リース。精霊を束ねるものである。そなたらの善行をすべて見てきた。これからも励むが良い。忘れるなかれ、我らはいつも共にある」



 あれこそ精霊王なのではないか。

 特級精霊使いの俺や上級精霊使いは、契約精霊が見える。俺の隣にいるノームは精霊王に跪いていた。

 皆が確信した。精霊王に祝福されたのだ! 精霊王のお墨付きを得たのだ!

 これほどまでに心強い援軍はないだろう。



 正直不安だった。国を一から創るなんて大事業俺にできるのかと。まるでその不安を一掃してくれるかのようだった。



「……エリー、俺たちもがんばらないとな」

「ええ、よかったわね。フォズもそう思うでしょ?」

「精霊王の降臨は、精霊国にとってこの上ない追い風となるのは間違いないでしょう」



 こうして精霊王の祝福を受けた新たなる国民たちの全てが、明るい未来を予感したのである。




【グレートスピリット建国記~建国期の英雄たち~  著アルバ・シュミット】


 ……そして、精霊歴10年。勇者と精霊が出会ってからちょうど節目を記念して建国宣言がなされた。

 その組織は、教皇をトップとして、各属性を代表する枢機卿が支えることになった。王や大臣ではなく、ましてや世襲制でもない。最も強き精霊使いが就任するように定められた。

 強い精霊使いは、それだけ徳の高い人物であるので、妥当な処置である。

 

 この組織の恐ろしいところは、原理的に腐敗ができない点である。なぜか。それは、堕落した人間は精霊に見放され放逐されるシステムだからだ。

 500年以上経った今日でも腐敗したことのない組織。常に自浄作用が働く組織。これこそ精霊国の強さの源ではないだろうか。


(中略)


 初代教皇  ターロウ・スズキ

 水の枢機卿 エリー・スズキ

 火の枢機卿 エディン・フィル・デュラン

 土の枢機卿 セバスティアン・フィル・ハーベン

 風の枢機卿 グレゴリー・ホープウッド

 闇の枢機卿 リリア・ゼガス

 光の枢機卿 フォズ・アークライト


 建国期には数々の英雄が生まれたが、その中でも綺羅星のごとく活躍したのが、上記の面々である。

 しかし、これは全ての人間に歓迎されたわけではない。堕落した帝国は公式に精霊国を国と認めず「反乱軍」と呼称した。

 内乱に揺れる旧帝国を刺激してしまったのだ。

 これがかの帝国軍の侵略の呼び水となり、歴史的な戦いが繰り広げられるのである。

 次章では、建国期を語るにおいて、避けては通れない独立戦争――通称「一年戦争」についてご紹介しよう。



【世界の名演説集 著エミリオ・ランベール】


 精霊国黎明期の名演説といえばまず思い浮かぶのは黒い咆哮シャウティングブラックのリリアであろう。


 彼女は精霊国に来てすぐに解放戦線のスローガンを「自由・平等・博愛」に変え、自由の赤、平等の白、博愛の青をイメージした三色旗を掲げた。一説には勇者の助言があったとも言われるが定かではない。

 あまりにも有名な「人民の人民による人民のための政治」の名言もリリアによるものだ。その性格は寡黙であったと伝わっているが、彼女の発言は常に世を動かしてきた。

 「沈黙は金、雄弁は銀」とは、リリアを指して勇者が残した言葉である。


 では、諸兄が次に思いうかぶ演説はいかなるものだろうか。おそらく教科書にも載っている建国宣言ではないかと思う。

 建国を高らかに宣言した勇者ターロウの演説は今なお伝説となって語り継がれている。


「私には夢がある!」


 この力強い言葉が畳みかけるように続く短い演説は、今日の精霊国の方向性を決めたといってよいだろう。なお、この演説は借り物だと勇者は語ったそうであるが、その証拠はいまだに見つかっていない。謙虚で知られる勇者らしい謙遜といえよう。

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