第2章 唯剣、背水の陣
対剣、決闘前奏。
コルリア王国に存在する四つの学院。人類の敵、魔王――その配下である魔物と戦うべく、戦闘指南を目的として建てられた学び舎。中でもエリートが集う『ファーストリア学院』は、定期試験を終えて一旦の落ち着きを見せていた。
試験は大きく三つに分けられており、魔術、技能、学科それぞれで試される。
定められた汎用の術式を用いて、どれほどの『効果』を得られるか測る魔術試験。
主に適性生物である魔物の弱点や特性、また地理や歴史といった内容の理解度を試される学科試験。
魔術による強化を施さず、己の肉体一つでの戦闘力を測る技能試験。
三つの試験は期間を開けて実施され、その成績優秀者上位二〇名は廊下に張り出されるようになっていた。
そして今。
ロアンは張り紙の一番上、学年トップの位置に自分の名前が記されていることに、そっと安堵の息を吐いていた。
「ほおー、流石ロアン。
隣に立っていた親友、ディアーロ=ブレイヴリィが同じものを見上げながらそう言う。彼の言葉には本気の関心が宿っていた。なにせロアンは入学してからこれまで、学科試験では常にトップを維持している。コルリア王国最高峰の学院で、常にトップの座を維持するのは並大抵の努力では叶わない。
そのうえ。
「何が凄いって、俺とお姫様に勉強も教えながら、ってところだよな」
ディアーロがしみじみと言う傍で、ロアンは苦労を思い出し溜め息をつく。
「ホントだよ。とはいえ、二人に教えてたことも一切役に立たなかったわけじゃないけどね。ある意味復習にもなっていたし」
「……ありがとう、ロアン」
この場にいた最後の一人、ロアンの幼馴染にして魔王を倒した英雄、お姫様ことフレイ=エルフェンリーナが、ロアンへ極薄っすらと笑みを浮かべながら言った。
今回の試験、ロアンはディアーロとフレイの二人に勉強を教えながら取り組んだのだ。そんな万全とはいえない環境でトップに立てる辺り、彼の座学への執着が伺えるだろう。
ロアンがこの場所に立ち続けるには、それを取りこぼしてはいけないのだから。
「それにしても……」
ディアーロが再び張り紙を眺めてボソリと言った。
「お姫様、あなたは本当に勉強が出来ないのか?」
彼の疑問にフレイは首を傾げて見せる。
無理もなかった。なぜなら、ファーストリア学院学科定期試験の上位二〇名が張り出されるこの紙に、フレイ=エルフェンリーナの名前が燦然と輝いているからだ。
「うん。ふだんはもっとてんすうひくいよ?」
「そりゃあ知っているけれど、いくらロアンに教えてもらったからと言ってこの上がり幅は異常なんじゃないか?」
ロアンとしても気になっているところだった為、彼もうんうんと頷きながらフレイを見た。もっとも、その心中と言えば「出来ることなら"次"が無いように仕向けたい」というのみであったが。
「うーん……ああ、しいて言うなら。もんだいを解くとき、ロアンがおもいうかんで」
「……!?」
「なんだ? 惚気か?」
訳が分からない、という表情をするロアンに対し、ディアーロは呆れた表情でフレイを見た。
「そしたら、こたえをおもいだした」
「……ああー、つまりあれですか。答えを直接思い出していたわけじゃなくて、『それを教えてくれている時のロアン』を思い出して、間接的に答えを導いたってことか?」
「そんなかんじ」
「めちゃくちゃだ……」
ロアンがボソリと呟いた。
確かにそういった暗記方法もあるにはある。しかしあのフレイがそれのみを駆使して上位二〇名になったのだとすれば、それはもはや一種の才能だろう。
……いや、才能というよりかは、ロアンへの執着と言ったほうが正しいのだが、当のロアンはそれに気が付いてはいなかった。
「ディアーロはどうだったの?」
「俺か? 俺はまあ、いつもよりは上がったくらいだな。平均よりちょっとは上なんじゃないか?」
「まあ成果が出ていたならよかったよ」
「ホントにな。魔術がダメダメで、学科まで点数低かったらこの学院にいられなくなるからな」
身体に一切の魔力を宿していない、人類史上稀なケースであるディアーロは、魔術試験は毎回赤点である。なにせ魔術を使えないのだから。評価のしようがないのである。
そんな彼が、コルリア王国最高峰の学院、ファーストリアに在学できている理由は、大きく"二つ"。
「ま、もうすぐ技能試験がくるし、そこで名誉挽回とさせてもらおうか」
その一つは、彼の"戦闘技能"の高さだった。
◇
技能試験は模擬戦で評価される。一対一、得物は自由。ただし武器には"攻撃力"を奪う魔法を施し、致命傷なりうる攻撃を受ければ敗退、という環境での試合だ。
入学時、技能試験の組み合わせを作るために模擬戦が行われる。その結果を見て、実力が近しい者同士が試験で試合をすることになるのだ。
とはいえ、戦闘技能は決して『対人』を想定して求められるものではない。すべての人間が善人という訳ではなく、暴力沙汰も起きてしまうことから多少の護身術は必要だが、あくまで敵は『魔物』である。そのためこの技能試験では、身のこなしであったり、対戦相手の観察、そこからの対応など、"何が相手でも実用できるスキル"を見る。
最後の定期試験。場所はファーストリア学院の修練場。魔術試験の際に扱われた道具類は全て片付けられ、ただ広いフィールドが四つあるだけとなっていた。
それを眺めてロアンはまた遠い目をしていた。
「ロアンは本当に、学科試験の時以外はいつもそんな顔しているよな」
ディアーロはそんな親友の顔を眺め、苦笑しながら言う。
「言っておくけど学科試験もこんな顔だよ。なんせプレッシャーが凄いからね」
「あー、一位取らなきゃってやつ?」
「うん。だって学科を落としたら僕は終わりだからね、余裕なんてあるはずないよ」
「でもロアンは技能、別に評価低いわけではないだろ?」
ディアーロの言葉にロアンは何とも言えない顔をする。
実際、ロアンは技能の評価が低いわけでは無い、平均より少し上程度のものだった。
「だとしても、だよ。ディアーロみたいに得意だからって飄々としていられるタイプじゃない」
「まあ俺の場合はなー。いまさら対人模擬程度で気後れしないというか」
「ディアーロ」
会話に混ざってきたのは、二人が一緒にいるのを遠目に見つけて近づいてきたフレイだった。
「てかげん、なしだからね」
「おー、怖い。お姫様に手加減されなかったら、いくら"攻撃力"がない武器でも死んじゃうんじゃないか俺
……?」
「ちがう」
フレイはジトーとした目でおどけるディアーロを見て言う。
「てかげんしてるのは
ディアーロはその表情から笑みを消さない。
「いつもさいごのさいごで手をぬく」
「そんなことないよお姫様。手加減なんてそんなまさか、最後は純粋に体力切れで落ち込んでるだけ」
「……だったらもっとたいりょくつけて」
「いや、それに関してはお姫様が規格外すぎてついてくのはしんどいっすよ……」
体力がないならつければいい、といっそ簡潔な解決方法を提示してくるフレイに、ディアーロはげんなりと返した。なにせ彼女は魔王を倒した英雄様である。そんな彼女に一般人がついていこうとするならば、どんなトレーニングをすればいいか分かったものではない。
前提として、どんな状況でも戦い抜く"気力"というものが違う。
「とはいえ俺も修練は怠っていないからな。今回も胸を借りさせてもらうよ、お姫様」
「……だめ、ディアーロにはかさない」
「いやいや違うよお姫様胸を両手で隠しながら背中を向けないで? そういういやらしい意味ではなくて、あー、お相手させてもらうって意味だからな?」
「……まぎらわしいことを言わないで」
「結構一般的な慣用句だと思ったんだけどなあ……」
そして、技能試験が始まる。組み合わせは事前に発表されており、試合順までも決められているため進行はスムーズだ。
四つのフィールドで合計八人が同時に模擬戦を始め、どちらか一方が致命傷相当の攻撃を受ける、もしくは制限時間が来ることで試験は終了する。
魔術を使うことで身体能力は強化することが出来るため、多くの生徒は『純粋な肉体性能』の優先度を低く見ている。一切を度外視している生徒はいないが、魔術に比べれば注力は劣る。
ある意味で地味な試験が続いていく中で、ついに学園のアイドル、フレイの順番が回ってきた。
それだけで修練場内の生徒たちはそのフィールドへと集まり、彼女へと注目する。
「みててね、ロアン」
「わかったよ」
壇上に続く階段を上がりながら、振り返るフレイにロアンは「やれやれ」と頷いた。自分の試験はまだなのに、先にハイレベルな戦いを見せられる気にもなってほしいと思いながら。
技能試験は戦闘能力が近しい者同士が競い合う模擬戦。魔術を一切使わず、己の身体一つでの力を測る。
炎の魔術を扱い、魔法
そんな彼女の模擬戦の相手――ディアーロ=ブレイヴリィは、攻撃力を失った剣を一振り持ち、フレイの対角から姿を現す。
「毎度一振りしか持たせてもらえないの、ケチだよなあ」
普段二刀流のディアーロは右手に剣を握り、フレイを見据えた。
魔術を用いない純粋な戦闘技能において、英雄と同格の実力を誇る彼は不敵に言った。
「さて、始めようか」
剣と盾、英雄重奏。 瀬乃そそぎ @snowframe28
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