第6話

「……先生は、今は」

「……亡くなりました。二年前に心臓発作で」

「……そんな」


彼は両手で顔を覆う。泣いているのか?


「……先生」


打ち明けるタイミングを間違えた。

ごめんなさい、と口の中で呟く。


「……すまない。取り乱した」

「いえ、大丈夫です。」


微笑むと、彼の目を見た。


「先生ーー圭さん。あの頃からずっと、あなたに会いたかった」

「……俺はずっと忘れていたのに」

「それでも構わなかった。あなたは私の初恋の人です。今も昔も、大好きな人です」


ずっと、あなたが好きでした。


人生で初めての告白をすると、子供みたいに笑ってみせた。


「香織ちゃん、俺はそれを受け入れることはできない」

「……恩師の娘だから?」

「違う、君はまだ子供で俺は大人だから」

「……あなたはずるい」

「大人だからな」


夕日が沈んでいく。切ないオレンジ色だけを残して。


「……私が大人になるまであなたを好きでいたら、この気持ちを受け入れてくださいますか」

「さあな。俺はずるいからさっさと結婚するかも」

「しない。あなたはそんな人じゃないわ」

「じゃあ、一つ賭けをしよう」

「……賭け?」


彼はクスリと楽しそうに笑う。

いたずらっ子みたいだと、私も笑う。


「四年後、香織が二十歳になっても俺を好きで居てくれたら、同じ日の同じ時間にこの学校に植えてある金木犀の前でまた会おう」

「……金木犀?」

「十年前、好きだって言ってただろ」

「圭さん……覚えてたの」

「惚れた女の子の好きなものは忘れないようにーーあ」

「……聞いちゃった。パパに報告しないと」

「いや、待って、先生に殺される」

「あら、仲良くあの世で私が逝くのを待ってればいいわ。ピアノでも弾きながらね」


狼狽える彼を見てまた笑った。


「それじゃあさようなら、圭先生。また明日、教室で会いましょう」

「ああ、さよなら。香織ちゃん」


教室のドアを後ろ手で閉めた。

頬を伝った涙を拭いもせず、私は帰路につく。



パパ、あのね。

今日、生まれて初めて告白をしました。

振られちゃったけど、一つ約束をしたよ。

四年後に、私が一番好きな花の前で待ち合わせなの。


パパ、私頑張るね。

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金木犀 空海零 @rei_sorami

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