第026話 英雄昇華
レノックスは死を覚悟した。
迫る
「く……ッ、無念――!」
死を目前にしてみっともなく喚くのは嫌だった。
負けてなるものかと己を喰らうものを睨み据えた。
と、そのとき。
不意に
何が起きたのか。
旗艦都市から援軍がやってきたのか。
「これは、いったい……! ――ぐぅ!?」
コクピットが上下反転しカメラが地面に伏せた。天地が入れ替わりレノックスはコンソールに圧しつけられた。
仰向けになっていた
困惑するレノックスの耳にガンガンと装甲板を叩く音が聞こえてきた。
「レノっちー! 生きてるー! 聞こえてるー?」
間延びした少女の声が聞こえてくる。忘れるはずもない声だった。
「ハインリーネ君か! 私だ、まだ生きているぞ!」
「おっけぇー! いま開けるからちょっち待ってねー!」
装甲板を叩く音が変わる。ギギギと金属のひしゃげる音が聞こえてきたかと思うと歪んでいたコクピットの扉がゆっくりと開いていく。
最後にはロックしていた金属扉が捩じ切れた。
扉の向こう側に立っていた少女、ハインリーネ・アストライアーことリーネはおでこの汗を腕で拭う。
「ふぃ~、開いたぁ~。おつかれ、レノっち!」
リーネは傷ひとつない姿でそこにある。
崩れ落ちたであろう管制室からいかにして脱出できたのか。
いま戦っているのは誰なのか。
矢継ぎ早に質問を投げかけようとして、止めた。コクピットを出ればすべての答えがわかるような気がしたのだ。
なんとか絞り出せた言葉を吐く。
「……やれやれ、君には驚かされる」
「そんなのいいから! はやく出てよ、ココも危ないんだから!」
「承知した!」
レノックスはリーネに先導されて
「
「戦ってるよ、――あそこ!」
リーネが砂漠の一点を指差した。
豆粒のような人影がいた。
遠目でもわかる発掘組合の制服を着た少年が剣を振るう。
身の丈を超えるような大剣を目にも止まらぬ速さで叩き込むたびに、
レノックスが見えていなかった攻撃を少年は避けていた。
見えていた。
反撃に転じていた。
レノックスがいまだ達していない次元で戦っていた。
「……まさか、これほどなのか……」
速い。
とにかく
少年は駆け抜け様に鋏に一太刀くれて
細く、柔らかく、少年の大剣でも両断できそうな僅かな甲殻を狙って大剣を袈裟懸けに振り下ろす。
尾針の先端が宙を舞った。
黄色い体液が散る。
砂漠を点々と染め上げて、迸る体液が切断面から噴き出した。
気づけば。
レノックスは震えていた。怯えではない。己の魂を揺さぶるような強烈な感動に涙すら零れそうであった。
「これが……、太古の、戦士……!」
握り拳を固めたまま立ち尽くしていると、突然に背中を掴まれて引っ張られた。
「危ないって言ってるでしょうがぁぁぁぁああああ――!!!」
「ぬぉぉぉ!?」
リーネに背中を掴まれたままズルズルと引きずられていく。ものすごい勢いで流れていく景色の中、切断された
「見学するならこっちでやってよね、もう!」
「すまん。礼を言う……」
リーネに連れてこられたのは、発掘隊のキャンプ地と
砂丘には研究員たちが雁首を揃えていた。
研究員だけでなく、軍人や傭兵の生き残りもいた。
皆が声もなく戦いの趨勢を見守っていた。
皆は知っていた。
この時代で最強の兵器である
この場にいる者はレノックスのように驚愕しているだろう。
太古の戦士は恐るべき超災禍を単身で戦える力を秘めているのだと。
レノックスの震えはいまだに収まりそうになかった。
「レノくん……、良かった」
背後から声を掛けられた。
振り返ると、そこにはやや疲れた顔をしたロラが腕を組んで立っていた。どこかで着替えてきたのか服装がいつもの白衣姿ではなかった。
「ロラ、無事だったか」
安堵の吐息が漏れた。
あの場は手がなかったとはいえ無茶なことを押しつけてしまった。
「すまなかったな……、よく生き残ってくれた」
レノックスは小さく頭を下げる。ロラは両手を腰に当ててふくれっ面で抗議する。
「おかげさまで! 死ぬかと思ったわ……」
「ふ……、それにしてはそこらの者より元気そうだ。助かった者は、ここにいるのだけか?」
「そうね。怪我人は
「そうか。仕方あるまいな……」
最先端の医療キットがあれば手足を失う重傷でも助けることができる。
しかし、医療キットも万能ではない。
超災禍と呼ばれた
「とは言え、まだ助かったわけではないか……」
レノックスは砂塵の舞う戦場へと視線を投げる。
この場にいるすべての者の、この世界にいるすべての者の命運は、一人の少年に託されていた。
決して大げさな表現ではないと思う。
レノックスは腕を組み、黙したまま戦場を見据え続けた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
クルトは振り下ろされた巨大な鋏を回避する。
巨大な鋏の一撃で激震が奔る。大地が陥没し、衝撃に周囲の大地が隆起する。
クルトは読んでいる。
隆起した土砂に巻き込まれないように飛び退いていた。さらに、退路は攻撃の道筋になっている。
飛び退いた先は
白銀の煌めきを湛えた
ガラスの砕け散るような斬撃音と共に
噴きだす体液に構わずもう一太刀。
甲殻の下にある肉を断ち、
切断された前脚が傾き、荒野に倒れる。
「ゴァァァ――!?」
傷跡は再生しない。
激痛に喘ぐ
クルトには魔法が掛けられている。
クルトとリーネの
まず、女神魔法の
次に、暗黒魔法の
これはクルトの身体能力を強化するために掛けている。
おかげで身の丈を越える
さらに
巨体が宙に浮かぶ。
地に映しだされた影が小さく細くなっていく。
魔力が潤沢ならば
しかし、クルトの魔力は
故に、力技でいく。
クルトは軽く助走をつける。
一、二、三歩目で両脚に全身全霊の力を込め、跳んだ。
「はぁ――ッ!」
クルトは煌めく一条の白銀となる。一直線に
「らぁぁぁぁぁ――!!!」
裂帛の気合と共に
刃が
疾駆する勢いのままに
刹那に翅の破片が散った。
陽光に反射してキラキラと翅の破片が舞う。
しかし、
尾針のない尾をしならせると力強く振り下ろした。
鞭のように空を裂いた一撃がクルトに襲いかかる。
「ちぃ――!」
クルトは、咄嗟に
強烈な打撃。
ミシリと左腕が嫌な音をたてた。
クルトは全身が砕け散るかと思うような衝撃に打ちのめされた。
「ゴルゥゥゥゥ――!」
すぐさま巨体を立ち上がらせると地に伏せたクルトに飛び掛かる。
巨体が迫る。
山が押し寄せてくるような圧迫感に息苦しさを覚えた。
クルトはまだ立ちあがれていない。
魔法の効果で痛みはないが、体の節々に違和感を感じる。
ヒビが入ったか、もしくは折れているか。左肩と左足の骨に熱を感じた。
クルトは慌てない。
来るべき一瞬に備えて力を溜め、控えている仲間を信じた。
仲間を信じて叫んだ。
「――撃てぇぇぇ!」
クルトを叩き潰さんと鋏を備えた剛腕が振るわれた刹那。弧を描く六条の砲弾が唸りを上げて突き刺さった。
分厚い甲殻がはじけ飛んだ。
「ゴ!? ガ、ガァァァァァァ――!?」
背後からの奇襲に
リーネだ。
リーネの
無論、発射された砲弾には
「クルトはやらせない! さあ、こっちだよ!」
リーネは両腕を振り回しポーズを決めて、
全身を悩ませる激痛と再生しない身体の異変に冷静さを欠いていた。
リーネに向かって突進すべく前傾姿勢となったところで、真後ろから当てられた殺気にビクリと体を震わせた。
思い出したのだろう。
いままでいったい誰と戦っていたのかを。
クルトは一瞬の隙を突いて
「――いい姿勢だ。きれいに落としてやる」
「ゴ――ッ!?」
だが、もう遅い。
クルトは光の如く
巨体から首がズルリと傾ぐ。骨まで断たれた首が皮一枚で繋がっている。
「ふん――!」
ダメ押しの斬撃を放つ。
首が落ちる。
しばらくの間、
やがて、首の切断面から流れ落ちる体液がゆるやかになると、
重い地響きが轟く。
それっきり動き出すことはなかった。
クルトは
粘り気のある体液を払い落とす。
「クルト!」
そこへリーネが走ってくる。
背負っていた
ひらりと身を躱そうとして、……思いとどまる。
両手を広げて飛び込んできたリーネを抱き止めた。
「やったね! 倒したよ、倒せたよ! あの
けたたましい奴だ。
本当はこんな化け物と戦うためにこんな場所にやってきたわけでないと言うのに。ずいぶんと嬉しそうにするものだ。
まあ、水を差すこともないかとクルトは思った。
「……そうだな」
クルトの魔力はすっからかんだ。ギリギリの戦いだったと言える。
そしてこの勝利はリーネがいなくては得られなかった。
だから、今日ばかりは邪険にすることもないだろうと柔らかな思考に落ち着いた。
「お前のおかげだ」
リーネは目をパチクリと瞬かせる。
こいつは何を言っているんだと言いたげな表情であったが、最後には快活な笑みを浮かべる。
「――えへへ! 今日のクルトは素直だね。私にもっと感謝したまえ!」
「――ハッ、調子に乗るな」
どこからか割れんばかりの歓声が聞こえてくる。
声のする方を見やる。
いつの間にか砂丘には何人もの科学者やら軍人やらが勢揃いしていた。揃って抱き合ったり、手を打ち鳴らしたり、喜びに沸き立っていた。
超災禍を倒した報告は、その日のうちに旗艦都市ヴィクトワールへともたらされた。
そして、超災禍を倒した者についても報告がなされた。
産廃女神と化石のデスナイト horiko- @horiko-
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