おまけ
第31話 忘れていませんか?(「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」)
季節は夏。梅雨が明けまして、蒸し暑い日が続きます。
俺の職場は、むやみに冷房を強くすることができません。
暑がりの俺には地獄のような季節です。
でも、嬉しいこともあります。
1年前のことを、彼女は覚えてくれているでしょうか。
「やっ……たあ!」
場所は、俺のアパート。時刻は午前零時を過ぎました。
彼女はハイテンションでこぶしを振り上げました。
もう片方の手には、コーラのペットボトルをしっかりと握っています。
大きな瞳がきらきらと輝いて、テレビに釘付けです。
……可愛いです。俺はテレビではなくて彼女に釘付けになりそうです。
きっと、俺達だけではありません。
その辺の人も、サッカーワールドカップを見るために夜更かししているのでしょう。
「……英一くん、どうしたの? 固まっちゃって」
彼女には、俺が固まっているように見えたみたいです。
彼女の大きな瞳が、俺に向きます。それこそ、固まってしまいそうです。
「どうもしないよ」
どうもしています。
サッカーに夢中になる彼女が微笑ましいです。
俺を見てくれる彼女が可愛いです。
でもね、千桜ちゃん。
きみは今、ワールドカップに夢中になっていて、“同志”として大切なことを忘れていませんか?
もしもそれに気づいたときの慌てぶりも、きっと可愛いと思います。
後日、仕事終わりに三軒茶屋駅前で彼女を待っていると、彼女は勢いよく走ってきて、がしっと俺の腕につかまりました。
「英一くん、なんであのとき言ってくれなかったんですか!」
大きな瞳が涙で潤みながら、頬を膨らませる彼女。
そういえば、彼女は負けず嫌いでした。
かく言う俺は、腹黒いみたいです。
「じゃあ、飲みに行きますか? 出会って1年の記念に」
「あと、新しい世界遺産決定の記念に!」
良かったです。彼女は“同志”として大切なことを忘れていませんでした。
千桜ちゃん、これからもよろしくお願いします。
◇ ◆ ◇
「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」
日本国(長崎県、熊本県)
文化遺産
2018年登録
キリシタンが“潜伏”するきっかけとなった
「潜伏キリシタン」とは、キリスト教禁教期の17~19世紀の日本において、社会的には普通に生活しながらひそかにキリスト教由来の信仰を続けようとしたキリシタンのこと。
長崎と天草地方の潜伏キリシタンが禁教期にひそかに侵攻を継続する中で育まれた独特の宗教的文化を物語る証拠である。
白河千桜の世界遺産手帳 紺藤 香純 @21109123
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