季節外れのハロウィンにご注意。

短編 季節外れのハロウィンにご注意。

ここは日本のとある下町。の、風呂屋。

古くは宿場町として栄えた歴史ある街、大泉町御厨通りには、俺の住むいわく付きの風呂屋『鬼の湯』がある。

昔ながらの佇まいもそのままに、地域の憩いの場にもなっているこの銭湯に、どんないわくがあるのか。

実はこの風呂屋には、ある危険な存在が大昔から住みついていたのだ。

一体それは何者なのか……

ということは、ひとまずさておき。

わが『鬼の湯』は、今日も開店を前に突然の来客を迎えて大賑わいです。

「うわ！ほんとだ！お菓子めちゃくちゃあるじゃん!!」

きゃー！と悲鳴のように甲高い歓声を上げて、子供たちが一斉にドタバタ床板を鳴らして雪崩れ込んで来た。

「お前らガッツくな！先に手洗え！手！」

長椅子に置いた山盛りのお菓子に、一直線に群がる男子の首根っこを掴んで、洗面台まで連れて行く。

俺は横で見張りながら、一列に並ばせ、強引に手洗いをさせた。

「ていうか大体お前ら、人ん家に入ってきたらまず挨拶だろうが。ほら“こんにちは”って言え。」

「ゲー。健兄マジだるい～。」

「今時こんにちはとか言う奴いないしぃ～。」

「いるだろ。挨拶に流行なんかあるかよ。お前らなぁ、礼儀は大事だぞ。大人になってから苦労してもしらねーからな。」

「こぉんにぃちぃわぁあぁ」

一番おちゃらけた性格の翔太が、変顔をしながらくねくねと身をよじって、ふざけた挨拶をよこす。

こいつは先日俺に水鉄砲をぶっかけて来た野郎だ。

ケツを振りながら仲間の笑いを取る。

「よーしなめんな。」

そう言って俺は、手洗い中の翔太の横っ腹を思い切りくすぐった。

ぎゃははははっとくすぐったがる翔太を見て、男子組には大爆笑が起こった。

「おっと、そうだ。おーい。女の子らもこっち来て手洗…… 」

男子の後から入って来た女子達にも声をかけようとして、思わず言葉を失う。

カシャカシャッ　カシャッ ――

振り返ってみると、記者会見場さながらに、シャッター音とフラッシュの嵐が吹き荒れていた。

「何やってんだお前ら……」

「次郎さま今日も超美形～」

「寝顔ゲット！」

「ヤバイ、超レア。」

口々に黄色い声を上げながら、バシャバシャと写真を撮る。

諸事情あって、1か月前にここに越してきたばかりの頃、俺はこの光景に慣れるまで随分と時間がかかったものだった。

女の子達が囲む番台の上には、一人の男が寝息を立てて座っている。

そう。

この男こそが、ここ『鬼の湯』に巣食う危険な存在。

透き通るように白い肌、柔らかい漆黒の髪。

およそ日本人離れした整った顔立ちで、穏やかに寝息を立てているこいつの名前は通称：次郎。

その際立つルックスと、何事にも動じない飄々とした言動で、奴は地域住民のアイドルと化していた。

だが、それよりももっと重大なことは……

奴が自称『ヴァンパイア』だということだった。

「お前らそれくらいにしとけよー。そんな奴撮ったって何の腹の足しにもなんねーぞ。」

この写真が、また町内中に配信されるんだろうなぁ。

「ちょっと健兄！その目は節穴なの!? 」

「ちゃんと見えてるよ。」

「見えてるならわかるでしょ!? これだけのイケメンがどこにでもいると思う!? 」

「今日鬼の湯行くって言ったらお姉ちゃんに次郎さまの写真最低10枚って頼まれたんだから！」

「えー……」

ちっ

世の女どもは、男を顔でばっか判断しやがって。

「男は顔じゃなくて、愛と勇気だろ！」

「健兄、それ、アンパンマンな。」

翔太が、長いグミを噛みちぎりながら俺の顔を見る。

「みんなの夢守るために闘ってんだよ！アンパンマンマーチの深さなめんな？」

「なあ、うま○棒何本口に入るか競争しようぜ！」

聞けよ。

男子組はそんな俺にはお構いなしで、先日うちのお客さん達が次郎にと置いていった(俺はお供えと呼んでいる)お菓子の山を、我先にと蹂躙していた。

「ほら、女の子たちも早く食わないと、男に全部取られちゃうよー。」

「でも次郎さまがまだ眠ってるんだもん。」

「せっかく一緒にハロウィン楽しめると思ったのにー。」

「トリック・オア・トリート言いたい～。」

今、四月ですけど。

次郎が眠りこける番台の周りで、手をこまねいている女子組。

アイドルの睡眠を妨げるのは、ファンとしては忍びないのだろうか。

たしかに俺もこいつの寝顔には、時々見惚れてしまうことはあった……

断じて変な意味じゃないけど。

俺は余計な考えを振り払うように、ズカズカと綺麗な寝顔を晒してるバカに近寄る。

「じゃあ起こせばいいだろ。俺に任せろ。」

すかさず俺は足元のスリッパを手に取り、脳天めがけて、一気に振り下ろす。

パシ。

鈍い音と共に、緑のビニールスリッパが、次郎の髪に触れる寸でのところで弧を描いた。

「お前は、何回それで俺を叩（はた）く気だ。」

長めの前髪の奥で、涼やかな瞳がこちらを見つめていた。

俺の手首を掴んだのは、スラリとした細い肢体からは、想像できないほどの馬鹿力。

「子供たち来たんだよ。お前とお菓子食べたいんだってさ。」

「あー？」

「「「次郎さまこんにちはー！」」」

まー、いいご挨拶。

俺との差よ。

次郎は、女の子たちにヒラヒラと手を振った。

「ヒナからＬＩＮＥ来てただろ。クラスメイトがこないだもらったお菓子の山処分しに来てくれるって。」

「あー、なんか言ってたなそんなこと。」

ヒナというのは、ここら一帯の大地主の跡取り娘で、この『鬼の湯』によく顔を出す小学生の女の子だ。

この子供たちは、そのヒナの同級生だった。

「肝心のヒナはどうしたよ？」

「なんか、用事があるから遅れるってさ。」

「あそ。で？どれを一緒に食べたいって？」

お菓子の山の方に視線をやって、身を乗り出す。

ヒラリと、次郎は番台の上から音もなく女の子たちの間に飛び降りた。

その様子はまるで重力なんて感じていないかのように軽やかだ。

こういうところは、なんというか……

人間離れしてるなとは思うんだ。

「次郎～！今翔太がうま○棒4本目に挑戦中～！」

……むしろその前によく3本も入ったな。

見れば、翔太の口にみっちりうま○棒が刺さっている。

ギャーギャーと手招きして、待ってましたとばかりに、男子組も次郎を歓迎した。

こいつの不思議なところは、女の子に限らず、老若男女全般に人気があることだ。

なんか、ヴァンパイアが持つ特有のフェロモンがあるとかなんとか……

嘘か本当かは知らないけど。

でも、確かにこいつの傍に近寄ると、その度に何かソワソワと落ち着かない気がする。

急に目が見れなくなるし、手に変な汗もかいてくるし、ぎゅっと胸が苦しくなるような感覚がするのだ。

自分で言ってて薄らサムイな。俺。

うん、もうヴァンパイアってことでいいや。きっとフェロモンのせいだよ先生。

そうだよ、健太郎くん。よくわかったね！そういうことにしておこう！

俺が嫌な汗を滲ませていると、男子組の方でパチーンと派手にゴムが弾けるような音がした。

と同時に、爆笑の渦が起こる。

「なに？今の音。」

「翔太がヒモグミどこまで伸ばせるかって、口に咥えて引っ張ってたのが切れたんだ！」

「翔太うける～！」

見ると、お笑い番組のくちゴムぱっちんの要領で、引き伸ばされて切れたグミが、翔太の顔に張り付いている。

うま○棒はどうしたんだ、うま○棒は。

どうやら早々に口いっぱいのうま○棒を食いつくした彼は、別の遊びを開発したようだ。

「あはは。それ面白そうだな。」

どれどれ、と俺も近づいて翔太の顔に付いたグミを一緒に取ってやる。

「じゃあ次これやろうぜ！次郎！」

一番声のデカい俊介が、これまた異様に長いポッ○ーを取り出した。

「でけ!!」

「何それどうすんの～！」

「グミじゃないから伸びないじゃん！引っ張ったら折れるぞ！」

どうすんだよ俊介～と新しいゲームの説明を、子供たち全員が興味津々で聞く。

ポッ○ーゲームて……

子供がする遊びか？と思いつつ、お子様俊介からどんな発想が飛び出すかわからないので、

ひとまず俺は黙って見守った。

「じゃあ～。一人がこっちの端っこを咥えて～、もう一人がこっちから食う！」

まあそうだよねー。

「えーでもそれじゃ全然勝負にならなくない？」

「勝負じゃなきゃ面白くねーよー！」

「うーんじゃあ、いっぱい食べた方が勝ち！」

えええええー……ッ　なにその雑なルール!!

それチュウ必須になるから!! 最後絶対チュウしちゃうから!!

俺が思わず心の中でツッコんだ時、同じことに気づいたのか、にわかに女の子たちが色めき立った。

まるで獲物を狙う獣のような目で、ロングポッ○ーを凝視している。

たぶん、というか絶対、次郎狙いなんだろうな。

「でもこの大きいポッ○ー1本しかないぞー。誰と誰がやる？」

「クジで決めようぜ！」

マセた女の子達とは裏腹に、男どもはのん気なものである。

「クジもないじゃん～！」

「この飴使える！」

俊介がいいもの見つけたと、数個の飴玉を手に取った。

「色んな味があるから番号代わりになるだろ？ んで、将軍の俺が何味と何味の奴が勝負って決めんの！」

まさかの“様ゲー”スタイルっっ

小学生にして、合コンの王道ゲームを無から作り出すとは……！

っていうか将軍ってなにっ

俊介のルールを聞いて、女の子たちの緊張はピークである。

血を見なければいいが……

「じゃあ順番に飴取って～。」

俊介が目を瞑りながら、小さな手のひらを広げて、飴玉を取らせる。

まず初めに男子が取り、次に次郎が取る。最後に女の子たちが我先にと飛びついた。

「あれ？健兄は？やらないの？」

俊介が最後の一個を差し出して首をかしげる。

「うん、俺はいいや。」

俺は爽やかな笑顔で断った。

悪いな俊介。触らぬ神になんとやらだ。

「ヨーシじゃあ決めるぞ～！」

そう言って、俊介が飴の袋に書いてあるフレーバーリストを高々と掲げた。

「じゃあ、対戦相手は～ブドウ味と～…… チェリー味！」

みんな、一斉に自分の手の中の飴を見る。

自分の手札を見て、女の子が一様に肩を落として落胆した。

「ブドウ味だーれだ！」

「俺～。」

あくびをしながら返事をしたのは、まさかの大本命、次郎だった。

女の子たちに動揺が走る。

「チェリー味だーれだ！」

「……」

「……」

「……」

「……」

あれ？誰もいないのか？

「あ。チェリーって、さっき健兄がいらないって言ったやつじゃん。」

そう言って、俊介がさっきの最後の一個を差して言う。

あーーぶーーねーー……

「じゃあ、チェリーの代わりにもう一回選ぶね！」

俊介は明るい声で仕切り直した。

女子のあまりの緊張感に、ＢＧＭにドラムの音が聴こえるようだ……

「えーっとじゃあ～～～…… イチゴ！イチゴ味の人だ～r 」

「「ハイハイハイハイ!!!!!」」

俊介が言い終わらないうちに、目を輝かせた女の子が二人同時に手を挙げた。

「え！二人!? 」

「ちょっと！イチゴ味は私だよ！」

「私もイチゴ味だもん！」

女の子たちが互いに自分の飴を見せ合い、ギャーギャーと言い合う。

「なんで二人もいるのよ！」

「ずるい！だったら私もイチゴ味に変える！」

「ダメ！最初にイチゴだったのは私なんだから！」

次郎とのキス権をめぐって、互いに一歩も譲らない泥沼戦争状態。

ちゃんと味バラけるように入れとけよ……

「じゃあ、もう一回引き直そうか？」

「「「ダメ!! 」」」

俊介のもっともな提案も、声を揃えて完全却下される。

先にイチゴを引いた子も、後から異議を申し出た子も、再選してまた運よく次郎が相手になるとは限らないことを知っているからだ。

「どうすんだよ俊介、収拾つかねーぞこれ。」

三つ巴ならぬ、五つ巴の女の子たちを俺は指さした。

女子の気迫に圧倒されて、俊介はタジタジ。

他の男子らも、戦々恐々として静かに戦況を見守っている。

ガキでも本能で危険察知するんだな。

その判断正解だぜ、お前ら。

「じゃあ次郎さまに決めてもらおう！」

「そうよ！対戦相手の次郎さまが選べば文句ないよね!?」

「私たち全員の中から選んでもらおうよ！」

そうだそうだ、それなら文句ない。とようやく意見がまとまったようだ。

「はい！次郎さま！誰にするか選んで!!」

「誰が選ばれても恨みっこナシだから！タイプで選んで！」

タイプって。

趣旨変わってんだろ、それ。

さすがの次郎も、ここで一人を選ぶのは修羅場だと思うのか、額に手を当てて悩むポーズをしている。

どれを取っても遺恨は残るとはいえ……

選ばなくても収まりはつかない。

決戦の瞬間だな。

俺の頭の中では、アカデミー賞ばりのドラムロールが鳴り響いていた。

「じゃあ、この子にするわ。」

ビシ！と長い指がこちらに向けられる。

「はあ!? 」

俺!?

「ふざけんな、なんで俺なんだよ！」

「タイプで選んでいいんだろ？」

「気持ち悪いこと言ってんじゃねぇ！」

「いいじゃん。これが一番の解決策だろ。」

次郎は、ロングポッ○ーを手に取り立ち上がる。

「ちょっ　レフェリーなんとかしろ！」

ポッ○ーの袋を開けながら迫って来る男に後ずさりつつ、俺は俊介に助けを求めた。

「よく考えたら、最初にチェリー引くはずだったのは健兄なんだから、これでいいんじゃない？」

「男同士の一騎打ちじゃん！やれやれ～！」

俊介、そして純朴な男子たちよ。

そういうゲームじゃないんだよ、これは。

そうだ女子!!

今こそ団結して阻止しろ女子!!

心の中で叫んで、俺は最後の希望へと振り返った。

「それはそれでアリ。」

だがそこでは、スマホの撮影機能をオンにした女子組が、別の意味で一致団結してこの流れを歓迎していたのだった。

アリじゃねぇぇぇぇぇ!!!!

「はい。あーん。」

いつの間にか目の前に迫っていた次郎が、ポッキーを差し出し、口を開けるように俺を促す。

ちょっと待てほんとに!!

こんなん……

「誰得だよ!!」

と叫んで、大きく口を開けてしまった瞬間。

ツイと顎を掴まれ、ポッ○ーを差しこまれてしまう。

「俺得だろ。」

優しく、甘いトーンのキメ台詞。

イケメンか。

パク。

「俊介ー、ちゃんと数えろよー。」

次郎は、俺にポッ○ーを咥えさせると、自分もその端を口に入れた。

「ＯＫ～！　10秒ね！　よーい、スタート！」

いーち、にーい、さーん、

子供たちが声を揃えて数え始めると同時に、次郎はためらうことなくポリポリと食べ進んでくる。

ロング○ッキーの長さは約60㎝だが、それがみるみる短くなって、俺がいくらも食べない内に、次郎の顔はもうすぐそこまで迫っていた。

わー!!　ヤバイ!!　近い!!　負ける!!

勝ち負けの問題なのか、パニクってもうよくわからない。

5㎝……　3㎝……　1㎝……

後はない。

それまで余裕顔だった次郎が、伏し目がちに首を傾ける。

もうダメだ……!!

俺はぎゅっと目を閉じた。

女子達の黄色い歓声が上がる。

その時だった。

ガララララッ

いきなり、入り口の引き戸が開く音がした。

誰かに見られる！と思わず身構えた俺は、反射的に顎を引いた。

その瞬間、ポキンとポッ○ーの折れる音がする。

「あ……？」

次郎に引っ張られて、力が加わっていた棒が、突然解放される感覚。

「「「あ～～～～!!!!」」」

女の子達の悲鳴にも似た叫び声が響いた。

「みんな、何やってるの？」

聞き慣れた声に、俺は恐る恐る目を開けた。

声の主は、遅れてやってきたヒナだった。

ドッドッドッドッド

心臓の音が耳の中で聴こえるくらいにウルサイ。

俺は、ギリギリのところでキスを免れた。

「助かったヒナ～～～!!!!　女神!!」

へなへなと腰から崩れながら、俺はもはや後光が射して見えるヒナに手を合わせた。

何やってたのよもー。

と、呆れた声さえ、俺には讃美歌のように聴こえる。

「それよりもうすぐ開店時間なんじゃないの？　私、もう終わってるかと思って来たのに。いいの？そんなにお菓子広げたままで。」

「あ！ほんとだ！もう16時じゃん！」

「お母さんに言わずに来ちゃったから帰らなきゃ！」

さっきまで俺たちを囲んでやんやと盛り上がっていたのが嘘のように、子供たちはランドセルにお菓子を詰め込み、片づけを始めた。

「ごめんね健太郎。急に押しかけさせちゃって。お菓子、ちゃんとみんなで分けられた？」

「あ、ああ。お陰さまで。」

「そう、なら良かった。」

にっこり笑うヒナ。

本当に天使のように可愛い笑顔だ。

「じゃあヒナちゃんあたし達先に帰るね～！」

「また明日学校でね～！」

「大槻またな～！」

口々に別れの挨拶をしながら、店を賑やかしていた子供たちは、足を踏み鳴らしてアッサリと帰って行った。

あっという間に、俺とヒナと次郎の三人だけになる。

「まったく次郎。また健太郎をからかってたの？」

「半分な～。」

「からかってただと!?」

「健太郎は冗談通じないタイプなんだから。そんなことばっかりしてると、嫌われちゃうよ？」

「そうだそうだ!!」

「ちゃんと半分は本気だったって。甘酸っぱいチェリーの内にいただいておくのも良いかと思って。」

「良くねぇよ!!　ってか子供の前でお前はどこまでするつもりだったんだ!!」

「俺がヴァンパイアだってことまだ認めてないんだろ？　ヒナには、いっそ血でも飲んでやれって言われたしなー。一口いただいといても良かったな。」

「ひっひと……っ」

俺は思わず首筋を両手で覆う。

「血の話してたら喉乾いてきた。桃～！お茶にしようぜ～！」

警戒して身構える俺を尻目に、次郎は居間でくつろぐ祖母の桃さんを誘いに、ゆるゆる行ってしまった。

母屋に通じるドアが、パタンと閉じる。

「何だよあいつ…。……てか、今から開店なんですけど!?」

「あ、そう言えば健太郎。チェリーで思い出したけど、さっきのゲーム、撮られてないよね？」

サーっと血の気が引く音が聴こえる。

チェリー騒動といえば、まだ記憶に新しい。

先日、人前でうっかりチェリーであることをカミングアウトしてしまった俺は、次郎のファンたち(ほぼ町中全員)で運営される、ジロリアンＬＩＮＥという次郎にまつわるエトセトラを配信するチャンネルで、無残にもその事実を町中に配信されてしまったのである。

固まった俺の顔を、ため息を付きながらヒナが覗き込む。

「撮られたんだ。」

「…………」

「明日は、町内盛り上がりそうだね。」

「…………」

「ご愁傷さま。」

俺は、無言のままに立ち上がり、玄関暖簾（のれん）をくぐって走り出した。

こうして俺は、愛すべきご町内の皆さまに見守られながら、着々と大人の階段を上ってゆくのだった。

「そのデータ返してぇええええええ!!!!」

― 劇終 ―

このお話の続き、または前日譚は、

『うちのバイトのヴァンパイアが全然働かない事案。』

https://kakuyomu.jp/works/1177354054885081756

で御覧いただけます！