保健室
それからだった。
私は週に1度、金曜日の放課後に保健室を訪ねることになった。
18時まで自習室で勉強し、そのあと30分だけ先生と雑談して帰宅する。
なぜ金曜日かというと、あの日が金曜日だったからで、そのときに先生がこう言ったから。
「本当になにもないならいいんだけど、もしなにかあったらすぐ言ってね!
テスト無回答も心配だし、来週またここでちょっと話そうよ」
あとから思い返せば、親は離婚を担任に伝えていただろうし、家庭問題は職員室でシェアされて先生も知っていただろう。
「失礼しまーす」
保健室のドアをノックする。
「はーい」
いつもの声がしてドアを開けると「いらっしゃい」と先生は笑う。
「先生の部屋ではないですけどね」
私はそう言いながらドアを閉めて中へ入る。
「まあねー」
そういって笑っている先生を見て、なんだか気持ちが落ち着くのが分かる。
ソファに座ると、いつも出してくれた。
レモンティ。
一口飲んで、今週の出来事を少しだけ話す。
「理科の小テスト100点とれました」
「国語の課題そろそろ終わりそうです」
「世界史は板書が雑で苦戦してます」
私の話はたいていそんなもの。
金曜日に密会を始めて、2ヶ月くらいが経ったときだった。
「なにか趣味とか好きなこととかある?」
レモンティを入れながら先生はこう聞いてきた。
いつからか、ペットボトルではなく保健室にあるティーパックのレモンティを出してくれるようになっていた。
「趣味は、ピアノです」
「ピアノ弾くんだね、長く習ってるの?」
「そうですけど、どうしたんですか?」
「ん?なにが?」
本当になんだかわからないような顔をして聞いてくる。
2ヶ月程ここで雑談を重ねて、先生からなにか質問をされたことが初めてだった。
いつもは、私が授業の話をして、先生がそれを聞いてくれて、先生の話をしてくれて、私がそれを聞いて。たまに私から先生になにか質問、といっても相づちの類いのものだけれど、をすることくらい。
30分なんとなく話してすぐ帰宅していた。
それなのに、いきなり、趣味は?なんて聞くものだから、驚いた。
「いや、べつにいいですけど」
そう答えてはみたものの、気になる。
「そっか、ピアノ以外に好きなことは?」
また質問が続いた。
読書が好きということ、映画が好きということ、電車移動が好きだということ、そんなことを私は答えた。と思う。
このあと先生が口にした言葉で、そんな記憶は飛んでしまった。
なぜならば先生は、こう言ったから。
「今週末、電車に乗って、映画を観に行こう」
アノコロ いと。 @ito_a20
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