アノコロ

いと。

レモンティー

車に乗ると、いつも渡してくれた。

家まで30分。半分も口にできないのに。


彼と出会ったのは、高校1年生のときだった。

私立の女子高。若い先生がとてもめずらしくて、すぐに大人気になった彼。

「彼女はいますかー?」

どのクラスに行っても必ず聞かれるんだ、と笑っていた。


最初は、なんでもなかった。


私の得意な科目が国語で、偶然、彼が国語の先生だっただけ。

テストの時期になると職員室に通って、勉強の質問をする。

無愛想な私は、クラスのみんなや先輩のように、先生にタメ口をきくこともなかったし、無駄に話しかけることも、なかった。


きっかけは、些細なこと。


私の家は、少しだけ特殊だった。

父は、地元の中小企業で部長をしている。年功序列で部長になれたけれど、特に仕事ができるわけではないらしく、人柄で勝ち取った出世のようだった。

母は、名の知れた大手企業で営業職を。しかも、男性社員を抜いていつも成績はトップ。営業部長になるのではないかと囁かれるくらい、とにかく仕事ができる。

父より母のほうが帰りは遅いし、もちろん、収入も母のほうがかなり多かった、と思う。金額まで聞いたことはないけれど。


小学生の頃、二人が喧嘩していた。まだ内容もよくわからない年頃でも、二人の仲が良くないことは、わかっていた。

中学時代、ついに二人は別居。隣に住んでいた父方の祖父が亡くなったことをきっかけに、父がそちらに移り住んだ。隣同士の家で別居というのも不思議だけれど、そんな家庭だった。


そして、高校1年生のあの頃。

母は、離婚届を出した。


子どもの親権はもちろん母に。そこで、たくさんの事実を私は知らされた。

父が会社のお金を横領したらしいこと。叔父にお金を借りたらしいこと。なぜお金が必要だったかといえば、キャバクラに通って大金をつぎ込んだということ。もちろん母には言い出せず、困った結果そうゆう行動にでたらしかった。


確か、夏休みの前。

そんなことを聞かされて数日間、私は眠れない夜を過ごした。

何日目かの授業で、私は寝てしまった。そして、小テストを無回答で提出してしまった。


当然、先生はびっくり。授業中の居眠りだなんてしたこともないし、小テストで間違うこともなかったから、その日の放課後、呼び出された。


怒られるのだろうと思い、憂鬱な気分で職員室に向かった私を、後ろから呼び止める声が聞こえた。

「おーい、こっちこっち!」

先生は、ニコニコしている。

「……なんですか?」

無愛想だという自覚はあるものの、仕方ない。

「いいから、おいで?」

なんだかよくわからないけれど、呼ばれるままに近づいた。

「ここだと人目につくから、保健室つかおう」

そういわれて、誰もいない保健室の鍵を開けて、中に入れられた。

私はソファに、先生は椅子に座る。


「あなた、最近なにかあった?」

単刀直入すぎると思ったけれど、まどろっこしく探りを入れられるよりよっぽどマシだ。

これよかったら飲んで、と渡されたペットボトル。

レモンティーだった。

一口だけ飲んで、私は答えた。

「大丈夫です」


すると、先生はいきなり私の前に立った。視界に、手が映る

突然のことで驚いている私にかまわず、先生は、もう一度、私の頭に手をおいた。

ぽんぽん、と、恋人みたいな慣れない仕草に、私はただ固まる。


「大丈夫って、言わなくてもいいんだよ?」

手はそのままで、先生は呟いた。私は頭を横にふった。

「本当に、大丈夫ですよ?」

上を見て私は答える。目があった。

「そっか」

そう呟いて、先生はにこりと笑う。

「大丈夫ですから、手をどけてください」

視線をそらして私は言った。

「ごめんごめん」

また先生は笑った。







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