どうしようもなく夜空が明るいから。

はまなすなぎさ

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 最終列車に揺られて知らない土地まで来たんだった、忘れていたよ。手を伸ばせば届きそうな星なんてないんだ、それは知っていたはずだ。立っているのが舗装された石畳であるだけ、ましってものだろう。光のある街だ。自分に興味を示さない人間の巣窟だが、生きているものだけが歩いている景色のスナップショットみたいなものだ。死人も幽霊もいないのは最高だとおもう。いや、別にそういうものの存在は信じていないし、見たこともないけれど。

 うるさいネオンはどこまでいってもここが僕の居場所じゃないことを主張しているみたいで、大変に気分が清々するんだって気づいてみた。別に気づかなくてもよかったが、そんな考えが浮かんでしまったのだし、せっかくだから形を与えよう。誰がなんのためにこれだけ集まっているのかは知らないが、こういう場所で毎日を過ごす人の世界は、僕がいままで知らなかった世界の端に、何十年も昔から寄り添っていたのかもしれない。空気が冷たいのだけが共通だ、いつもだったらこの時間、僕がいるはずのところと。くゆる吐息は白く透ける。夜空は大して綺麗でもない紺色だ。僕はいま、別に山奥に身投げに来たわけじゃないんだ。希死観念なんて希薄だ。ただ目的を失っただけだとおもうんだよ。なにの目的かはわからないけれどね。そういうことってないかい。いま宛先に自分のメールアドレスをはめこんで、本文にこいつを書いているんだよ。たぶん次に意識を失って数時間して気を取り戻したらいまのこと、全部忘れてるだろうから、ぜひ返事を聞かせてくれよ、明日の自分。

 あてどのない旅って、響きが最悪だとおもうんだ。だってあてどなんて、最初からないじゃないか、この人生にさ。ねぇ? あてどがある人は、あてどがあるように勘違いしてるだけだとおもうんだよ。僕はなにをいってるのだろうね。君が知るはずないな。でももしそのお得意の分析眼が働いたのなら、余興でもいいから意見を聴かせておくれ。そうしたらそれを子守唄にして、今晩みたいな僕は永遠に息を潜めようさ。ああ、約束するよ。

 いや、僕は別に抑圧された深層心理とか、そういうんじゃないのだけどね。酔ってるのかな。お酒は飲んでないはずなのだけど。

 ふらふら歩いてるんだ。楽しくはないさ。楽しさなんて、はなから求めちゃいないんだ。なあんにも求めちゃいないよ。生まれたときからそうさ。僕はなあんにも求めちゃいんだ。別にね、感傷に浸りたいわけでもない。切なさも、悲しさも、悟りだって、別に要らないよ。僕はただちょっと寄り道がしたくなって、いつも行かない駅まで電車のシートにデニムを貼り付けていただけなんだ。精神疲労って知ってるかい。これがまたよくくっつく糊なんだよ、意外にさ。

 街だよ。明るい街だ。ちゃんと、人がいる。心配するなよ、人生を閉じに来たわけじゃないんだ。だってほら、君が読めるようにちゃんと、こうやって遺しているだろう? あ、変換を間違えてしまったみたいだ。バックスペースを押すのがめんどくさいからさ、このままで許してくれるかな。縁起でもないかい。いやいや、僕は別にそうおもわないよ。人は誰だって遺していくじゃないか。

 目が覚めたらみんな別人さ。なんで同じ人間が続いてるっておもうんだ。

 ぶっちゃけた話、一秒前の僕といまこれを打ってる僕の同一性って、どうやって証明するんだろうね。時空に時間の最小単位があるならさ、一文字打ってるあいだにたぶん僕は無限大に等しいくらいの別人にすり替わってるよねぇ? こんな考え、変かな。僕はそうはおもわないよ。僕らはただ、なんか同じに見えるものを同じっていってるだけさ。昨日の僕と、明日の僕、とかね。

 「僕」ってひとくくりにすると、安心するでしょ。ううん、普通の人は、そうでもないかもしれないな。だってほら、僕は知ってるよ、僕は普通の人間だってさ。普通の人間ってさ、自分が自分であるって、当たり前におもってるよね。でもさ、自分が自分であるって、当たり前におもってるとね、この感覚はちょっとわからないかもしれないな。悲しいね。僕は僕なのにね。

 まあいいさ、君は、というか明日の僕は、別にいまの僕じゃないんだ。そういうことをさ、ここで僕がちゃんと念押ししてあげるよ。安心してくれると嬉しいんだけど。さっきから安心っていいすぎだな。そういうの、希求してるのかな。

 わからないや。

 歩いてるんだよ。匂いとか、音とか、なんだか賑やかで、ずっと汚らわしいんだ。勘違いしてないとおもうけど、別に自分が綺麗だなんていうつもりはないさ。だって、自分が綺麗じゃなきゃなにかを罵れないのって、変でしょう。僕だって穢れているさ、知ってるよ。でもね、ほかのものが穢れてるっていう権利は、ちゃんとあるとおもうんだよ。これってば文句じゃないさ。ただおもうんだ。汚れてるなあって。息するのもつらいんだよ。

 別に、排ガスとかじゃ、ないんだ。空気感、ていうのかな。

 とにかく僕は嫌いだ。

 でも、ここで降りてよかったって、おもわないこともないんだよ。

 なんでかな。

 ところでフリーメールって、どれくらい打てるのかな。実は過去にめちゃくちゃ長いメールを送ってもらったことがあってね、なんだったのかは忘れたんだけど、いや、君なら知ってるか、まあそのときの経験なんだけど、ああいうのって、途中で切れるんだな、スクロールエリアが。固まるかそれ以上いけないかは覚えてないのだけど、止まるんだよ。だからこういうの、ほんとうはテキストファイルとかに書いたほうがいいのかもしれないね。でもそれだとなんだかしょぼくれてるからさ、メールってなんだか、書く目的があるみたいでいいじゃんか。あれ、おかしいな、目的なんてないはずだったのに。さっき確かそう書いたよね。ピンポイントでスクロールできるかわからないしめんどくさいから戻らないけど。はは、ダブスタって、よくわからないところで発生するよね。ま、それだけ自分が適当に生きているって証拠だ。美化はしないよ。美化って、僕は嫌いだ。

 ちょっと画面の右上に視線を滑らせるとね、時間が書いてあるんだ。おかしいでしょう? だって、時間なんて、訳がわかんないのにさ。誰が最初の0時を決めたんだろうね。いや、やっぱり興味がないや、そんなことは。全員で共有できる時間があるっていう幻想が、滑稽で仕方がないよ。そういうことを笑いたい。だってほら、現に僕と君は、同じ時間を生きられないだろう。あ、これは違う話になるのかな。どうでもいいや。そもそも手紙って、そういうものだろう。違うかい。

 記憶喪失を演じてみたいんだ。簡単さ、僕はここに一切の自分に関する事柄を書かなければいいんだ。そうだろう? そしたらさ、まるで当たりどころが悪くて徘徊してる悲しい若者みたいな構図が文面から漂うじゃないか。完璧だ。いや、若者って書いちゃったか。自分のことそうやって内心で定義づけてるって、こういうときにはっきりわかんだね。僕は若者なのかな。若者ってなんだろうね。まあ少なくとも、僕は世間が云うところのそれではないな。だってほら、そういう文化が望む若者って、きらきらしてるじゃないか。あんなのは幻想さ。みんな汚れて生きているんだ、僕はそう信じているよ。そういう幻想を抱いて生きているんだよ。だって、そうおもわないと、悔しいじゃないか。みんな汚れてるっておもえばさ、みんな幸せになれるんだ。滑稽で仕方がないな。

 この話にオチはないよ。だって、そもそもはじまりがないんだからね。いつ歩くのをやめるかすら、全然決めていないんだ。ふらついて、電柱にでも頭をぶつけてくたばってしまえばいいのにね。きっと誰も助けてくれないさ。それでいいんだ。そういう世界が、いまの僕には綺麗に見えるよ。ああ、やっぱり理想主義者だな。どういう理想か君にわかるか、僕にはわからないが。まあそこそこには理想主義者みたいだ。綺麗とか汚いとかって言葉を使ってる時点で、心に綺麗の源泉がある訳だからね。参照するイデアルームみたいなものだ。取り出して使ってるのさ。あれは綺麗、これは綺麗ってね。そんなもの想定してる時点で、立派に理想主義者さ。ニヒリズムは僕には早いよ。だって自分にちゃんと絶望したことだってないんだろう。絶望なんて、僕がおもったらそうで、でももっと深い感情はきっとそこらにゴロゴロしてるんだ。そういうのを指して、僕は汚いっていうのさ。心ないね。そういうのを刺して、僕は息を吸ってるんだ。心、ないね。

 一文に話をふたつくっつけちゃうと、片方に注力してるうちにもう一方が消化不良で終わっちゃうことってあるとおもうんだけども、いままさにそれ。僕は突っ込みたかった、やっぱりお前はダブルスタンダードだなって。命を捨てたい訳じゃないのにくたばってもいいなんてさ、自分の命を大したものにおもってないふりをしたいだけだ、そういうふりがかっこいいとおもってるからね。死ぬ勇気なんてないし、死にそうになったらどうせ状況に苦言ばっかり呈するくせにさ。

 でも抵抗はしないかもしれないな。というか非力だから、しても意味ないかもしれない。でもやっぱり、抵抗するんだろうな。

 そういうふうに、できちゃってる。

 ああ、海だ。海についたよ。やっと彷徨った果てみたいな気分が味わえたよ。黒くて、うねってる。でも黒って色が認識できるくらいには、ほかが明るいさ。つまらない景色だよ。ほんとにね。







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