ネコネコ狂想曲
達見ゆう
ネコは正義
ある土曜日の午後。私は猫カフェ「ミルフィーユ」の前にいた。今日こそ、今日こそ、あの「巨大ごぼう」の頭を撫でさせてもらうために。
「巨大ごぼう」、正しくはショコラちゃんという茶色い猫だ。しかし、あまりにもずんぐりした図体と、その毛色からいつしか「巨大ごぼう」と呼ばれるようになった。
保護施設から引き取った時はとても小さくかわいらしい猫だったと聞く。まあ、このカフェが居心地良かったのか、ご飯がおいしかったのか、貫禄あるデカさまで成長してしまったということだ。
今や、すっかりこの猫カフェの主でもあり、なおかつ気難しく、一見の客にはなつかないし、見向きもされない。
しかし、難攻不落の砦ほど攻略に燃えるものだ。いつしか、常連客達は如何にして巨大ごぼうを手懐けるのか競うようになっていた。
もし、彼女を抱えることができたら、このカフェではヒーローであり、一種のステータスであると言える。
家族に猫アレルギーが居るため、猫を飼えない代わりに通い始めたこの猫カフェ。三ヶ月続けて通うようになってようやく、巨大ごぼうからは威嚇されないようになってきた。他の猫は普通に撫でさせてくれるし、抱えても怒らない。しかし、巨大ごぼう、あいつは手強い。
私は思い悩んだ挙げ句、ついにまたたびを持参することに決めた。ズルい技であるが、あの巨大ごぼうだって猫だ。またたびには弱いに違いない。
ポケットにまたたびを入れたことを確認し、ドキドキしながら私はミルフィーユの扉を開けた。
席に着き、飲み物を注文し終えると、私は巨大ごぼうが来るのを待った。他の子と遊ぶのもいいが、やはり今日は巨大ごぼうを攻略するには一極集中にするのがいい。
巨大ごぼうは相変わらず、他の客に対しても素っ気なく、スペースを悠々と歩いている。
私は彼女が近づいてくるのを待ち、ポケットのまたたびを取り出して掲げた。
その瞬間、巨大ごぼうはもちろん、他の猫達も一斉に私に向かってきた。
さながらヒッチコックの『鳥』が猫に置き換わったようだ、なんて文学的に表現している場合ではない。
「ひゃああああ!」
慌ててまたたびをしまおうとするが、時既に遅し。さながら、猫達のデスゲームの中に一人放り込まれた人間となった私は、引っ掛かれないようにするのが精一杯だった。
「あかん、ここで死ぬ、死んでしまう……。」
猫達の波の中で諦めかけたその時、
「HEY、またたびをパス!投げて!」
私に向かって呼び掛ける声。方向もよくわからないまま、投げるとそれは見事にキャッチされ、猫達の関心はそちらへ向く。
受け取った男性はそのまま、ジッパー付きの袋に入れて閉じられた。
匂いが無くなったので、程無くして猫達の狂想曲は終わった。
「お客様、当店はまたたび持ち込み禁止ですよ。」
先ほどのまたたびを受け取った男性は店員であった。見かけない顔だから、新入りなのかもしれない。
「す、すみません。知らなくて。」
言われて見れば、またたびを使った客は見たことが無い。あればとっくに巨大ごぼうも陥落していただろう、そして、普段はまたたびに触れていないから猫達も興奮してしまったのだろう、いろいろと迂闊すぎた。
私は禁止を破ったし、騒ぎを起こしたから出禁になるのかと覚悟した。
「まあ、あなたはいつも態度はいいし、猫の可愛がり方も丁寧だから、悪意があった訳ではないとは思いますけどね。」
あれ?いつも?
ってことは、私をよく知っているのか。新入りではないのかと、よく見ると名札は「店長」とある。
あれ?そういえば、私は猫は覚えてるけど、人間には無関心だったな。
「次にやったら出禁ですよ。イエローカードは累積二枚で退場ですからね。」
それは試合中のルールでは?いや、やらかした私に突っ込む資格は無い。
「あの巨大ごぼうはね、なつくにはコツがあるんですけどね。今度特別に教えてあげますよ。」
「はい、お願いします……。」
ん?特別?
これが私と旦那の出逢いであるが、その後の話はまた別の機会にしようと思う。
ネコネコ狂想曲 達見ゆう @tatsumi-12
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