第9話 都の一夜

 王都。この国随一の、華やかなる都。その町は、ぐるりと重厚な城壁に覆われ、大国の威容をまざまざと知らしめる。そして、一歩、その壁の中へ入れば、漆喰の白を基調とした家々が整然と並び、ところどころに宗教建築然とした、女神の像を戴いた教会や尖塔がのぞく。大通りには多くの出店が立ち並び、生活の品を求める人々が狭しと行き交う。通りの先には、よく掃き清められた広場に人々が憩い、気のいい音楽家が、弦楽器を片手に愛の歌を歌う。荘厳な図書館らしき建物には、気難しげな顔をした紳士や利発な顔立ちの若者が通う。

 王都。この国のすべてが集う場所。知識、芸術、政治、娯楽、食べ物。…そして、時には厄介事も。

「…ねぇ、何度見ても変わらないのよ。あなたの間抜けっぷりにもほとほと呆れたわ。」

 通りに面した宿屋の前、一組の男女がいさかいを起こしている。これもまた、ただの痴話喧嘩なら、王都ではよくある光景だ。しかし、この度は、いささか様子が違うようだ。

「ちょっと、聞いてるの?カシム、あなたがボケっと歩いてるから、スリなんかにあうのよ。」

「そんなこと言ったってよぉ…こんな広い街に来たのは初めてなんだ。ちょっとくらい興奮もするだろ。」

「だからって、あんたの財布まるまる無くさなくたっていいでしょ!」

「ラシルだって、きょろきょろしてさっきヒトとぶつかってたじゃないか。」

「それとこれとは話が別でしょ!まったく!」

 最悪だった。カシムは、この町に来て財布を無くしたようだ。私たちは、旅の資金をルイを除く三人で三等分して持っていた。もしものための措置だったが、それでも旅の資金が三分の一もなくなってしまった。何とか今晩の宿は…と思っていたが、さすが王都。私たちの想像以上に物価が高く、一夜の宿もままならない。今、エリスとルイが宿に事情を話し交渉をしているが、どうなることやら、見通しは暗い。

「おまたせ、カシム、ラシル。」

「エリス、どうだった?」

 宿から出てきたエリスに問いかける。表情を見れば、首尾はなんとなしにわかるのだが。

「全然ダメ。やっぱり今夜の宿も厳しいわ。」

「そんな…これから町の外へ稼ぎに行くのも難しいぜ。」

 あんたのせいでしょ、とどつきながら私も思案する。今まで私たちは、旅の途中で魔物や野生動物を狩りながら旅の資金を工面していた。しかし、もう日は傾き、西の空に頼りなげな燃え殻を残すのみである。これから外へ出るのは危険だ。

「でもでも、大丈夫だよ。」

 ルイが声を上げる。

「ここの宿の人に、もっと安い宿のことを教えてもらったんだ。この町のはずれに、あるんだって。そこならこのお金でもとりあえずは泊まれるみたいだよ。」

「なんだ、じゃあ大丈夫じゃん!早く行こうぜ。」

 カシムが喜色ばんだ声でいう。

「ただね…出るんだって。」

 ルイが、わざとらしく声を低めて言った。

 全員の体が固まる。

「出るんだって。これが。」

 ついでとばかりに手を正面へ出し、おちゃらけて見せた。

「おいおい…ほんとかよ。」

 カシムがたじろいで見せるが、どことなく楽しそうに声は上ずる。

 エリスはというと、聖職者らしくあんまり恐れはないのだろう。楽し気に傍観を決め込んでいた。

 ただ、

「ななな…何言ってるるるの。そんんんなのででるはずずないじゃなないの。」

 ただ一人、ラシルだけは目を見開き、口をパクパクと痙攣させながら狼狽える。

「あれ、ラシルお姉ちゃん、もしかして…」

 ルイが低い身長を生かし、下からのぞき込む。

「ば、馬鹿言ってるるるんじじじじじゃないわわわわよ。」

 どうにも、強がりなど意味をなさない。ラシルは幽霊の類が苦手である。

「でもよ、仕方ないじゃん。そこに泊まるしかねぇよ。」

「何言ってるの!もとはといえばあんたが財布を!」

「それは悪かったけど…じゃあ、今度は俺が人一倍稼ぐからさ、今夜はそこで止まろうぜ。じゃないと、ほらこんなに暗くなって町の外をうろついたら、それこそ何に出くわすかわかんねぇぞ。」

「確かにそうだけど…。」

 ラシルは漸く、何とか漸く震えを収めて考える。

「さぁ、じゃあ決まりかしらね。」

 これまで無言だったエリスが笑顔でまとめた。


 そして、四人は教えられた宿へとやってきた。これまで見ていた街並みは何だったのかと言いたくなるほど異様な光景だった。その宿は、木の柱が目立つ平屋だったが、まずこの町で木造が珍しかった。いや、この宿以外に一件としてなかった。そして、家の装飾もどことなく古臭く、カシム達田舎の人間から見ても祖父の物語に聞くような家である。まるで、この宿だけ時間の流れから取り残されているかのように見えた。

「これが…今夜の宿?」

 ラシルが、戻ってくる震えと必死に戦いながらつぶやく。

「でしょうね。まぁ、入ってみればわかるんじゃないかしら。」

 そんなラシルと対照的に、ほかの三人は楽しげだ。

「大体よ、今までさんざん魔物だなんだって戦ってきて、魔法もぶっ放してんのに、お化けがどうのって話でもないだろ。」

「だって…そうなんだけど…お化けって殴っても解決できないじゃん。」

 旬としたラシルにエリスとルイが笑いをこらえる。

「ま、まぁとりあえず入ってみようよ。もしかしたら中はきれいかもしれないよ。」

 とりあえずのルイの慰めに、しぶしぶ中に入ってみる。やはりというべきか、中も同様に薄暗く、どうにも古臭い。しかし、掃除は行き届いているようで、特に汚れているということはなく、むしろ外観よりは小ぎれいに見えた。

「いらっしゃい。」

 急に響いた声に、全員がびくりと肩を震わせた。見ると、カウンターにおばあさんが立っている。

「お泊りですか?」

 その老婆は、やさしく落ち着いた声で問いかけた。その声色に安心したように、エリスとラシルが受付に向かう。

 カシムは、そんな二人をしり目に、ロビーをいろいろと見渡している。そして、雑誌が詰めてある本棚の前で歩を止めた。何気なくその雑誌を見つめ…そして、何かに気付くと背筋にうすら寒いものが走った。

「お、おい・・ルイ、ちょっとこい。」

 小声でルイを呼ぶ。

 どうしたの、とのぞき込む塁に一冊の雑誌を見せた。

「なぁ、これ…。」

「なになに…え?うわ…。」

 その雑誌の発行月を見ると、今よりも数十年は昔の日付だった。何かが、おかしい。

「ちょっと、カシム、ルイ君、部屋に行くわよ。」

 カウンターのほうから、手続きを済ませたラシルたちが呼ぶ。男二人は、顔を見合わせ、青ざめた様子でついていった。

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「リレー小説をしましょう」参加表明用 りじょう @rijo

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