第174歩: アザミ
「珍しいこともあるもんだなぁ、こんな片田舎に南部の人間がいるとは」
と言ったのは二人組の年上のほうだった。もうひとりに向けて言ったのは見てわかったけれど、声は大きく無遠慮で、誰にだって聞こえたと思えた。もちろんアルルにも。
「俺はここの人間だよ。南部じゃない。で、こんな片田舎に何か用ですかね?」
応えた口調は平坦だったけれど、代わりにスコップがぐさりと力強く地面に刺さった。
さっきまでアザミの株を掘り返していたスコップだ。
ヨゾラはアザミの茂みにもぐって、その様子を見ていた。出て行こうと思ったけれど、アルルがこちらをちらりと見たのでやめた。来るな、って目に書いてあった。
「やーやー、申し訳なーい」
と二人組の若いほう。
「僕らもユリエスカ郡に来るのは初めてなもんで、はしゃいでしまいました」
それを年上が不愉快そうにさえぎる。
「すまないが君、ラルカヴァラというのはこちらかね?」
「ララカウァラならここですが」
「そうだそうだ、そんな名前だったな。それで、ここにファビオラ・イォッテという女が住んでいるはずなのだが、知っているかね? 我々はその女を訪ねる予定なのだよ」
アルルは二人から目をはずさす、掘ったばかりのアザミを細縄で束ねていく。
年上のほうは四十歳ぐらい。
若いほうは二十代後半ぐらい。
年上のほうはかっちりとした灰色無地の三つ揃えに、大きくてしっかりした肩掛け鞄。若いほうは縦縞ジャケットを脱いで鞄に引っ掛けている。
アザミを束ねていた手が、今度は鼻をしごいた。
「ファビオラさんならもちろん知ってますけど、あの人にどんな用なんです?」
「君には関係ない事だ」「やー、さすがにそれをペラペラ話すわけにもいかないんでね。ところで、ファビオラさんのお宅まで案内してもらえると助かるんですが」
「どこの誰だかわからない人に家を教えて、あとあと揉め事になるのも困るんだけどな」
すると、男二人はひそひそと話し始める。アザミの根本、ヨゾラは耳を動かして一番よく聞こえるかくどを探したけれど、聞こえた言葉は細切れで、意味はよくわからなかった。
ひそひそした声にあわせて、煙のような「不思議なもの」が漂うのは見えたが、それだけだった。
年若い方が年上に対して不満げに何かを言ってから、口を開く。
「我々はレンファート家の使いの者でして。さる用件で、リンキネシュからファビオラさんを訪ねて来たんですよ。用件は言えませんが、怪しい者ではないんです」
「道案内はいらんから、道だけ教えてくれるか? 誰から聞いたかは言うつもりはない。なにせ君の名前もこっちは知らんしな。それでもというなら、別に構わん。他の誰かに聞くとしよう」
アルルはまた鼻をこねて……村の奥を指さした。
「悪いけど、こっちはアザミ堀りで手が離せなくてね。この道をまっすぐ行って、青塗りの柵の家が見えたら、その向かいの小道に折れて森にはいって、しばらくしたらまた右なんだけど、なれない人にはその小道が分かりづらいんだ。もし見つからなかったら、青い柵の家の隣、風見鶏のある緑色の屋根の家の庭先にレンカって婆さんがいるだろうから、レンカさんに聞くといい」
「なんだと?」「なんです?」
「もう一回言いましょうか?」
とアルルはもう一度同じ事を繰り返し、二人組はぽかんとし、とりあえずわかったような雰囲気で村の中へと進んでいく。
その背中がじゅうぶんに離れたころに、アルルがアザミの茂みを覗き込んできた。
「ヨゾラ。ひとっ走り頼む。おばさんと親父に『レンファート家から人が来た』って伝えてくれ」
早口で吐き捨てるようなアルルの説明に、ヨゾラは茂みからそろそろ這い出た。
「レンファート?」
「ファビ姉をいじめた家のやつらだ」
「ん! わかった。アルルはどうするの?」
「アザミ持って後から行く」
「ん。あとでね」
ヨゾラはさっと駆けだした。
いやなやつが来るのは先に知っていた方がましだ、というのはヨゾラにもわかる。レンカ婆さんは親切で、話し好きだ。尋ねればお茶の一杯にでも付き合わないと、求める答えはもらえないだろう。
猫には猫の道があるとケト卿が言っていたみたいに、ララカウァラにはヨゾラの道ができつつある。
アードンさん
最近は苔が厚くなってきて足元が柔らかい。生えかけのキノコの間を四つ足ですり抜け、遠巻きにこちらをうかがうリスの親子を見逃してやりながら進んでいくうちに、見慣れた畑と井戸が見えてきた。
目当てのおばさんは――いた。豚小屋の中に桶を持って入っていく。
ヨゾラは一気にまくし立てた。
「おばさん!」「わっはあ! なんだアルビッコちゃんのヨーちゃ」「ファビねーどこ!?」「なぁーにを慌ててるんだい。しっぽに火でも」「アルルがね、ファビねーをいじめてたやつらが来たって」
「あん?」
おばさんの声がふたつほど低くなった。
ヨゾラとひとつの空ゆけば 帆多 丁 @T_Jota
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