ここをタップして小説をひらきましょう
ちびまるフォイ
長いよ!チュートリアル!
「あ、そうだ。コーヒー買って来よう」
ふと、思い立ってコンビニに入るとウィンドウが表示された。
『 ここをタップして自動ドアを動かしてください 』
自動ドアのボタンに「TAP!」の文字が光っている。
いつも通り、ボタンを押して店内に入る。
『 足を動かして、まずは店内を歩いてみましょう 』
「いや、コーヒー買いたいんだけど……」
出入り口近くにコーヒーは置いてある。
指示を無視して、コーヒーの場所に向かうも、それ以上近づけなくなっている。
『 まずは店内を歩いてみましょう 』
「だから……」
『 店内を歩いてみましょう 』
「コーヒーを」
『 店内を、歩いて、みましょう 』
「わかったよ!!」
店内を歩き始めると、ウィンドウはまた別のものが表示される。
『 お菓子売り場につきました。手に取ってみましょう 』
『 これが値札です。視界にターゲットしてみましょう 』
『 レジ横には食べ物があります。確認してみましょう 』
入念なチュートリアルが終わることにはぐったりと疲弊して、
もうなんのためにコンビニへ来たのかわからなくなった。
『 以上で店内のチュートリアルは終了です。お疲れさまでした 』
「やった! やっとか!!」
安心してコーヒーを入れる機械の前に立ったそのとき。
『 コーヒーサーバーの使い方のチュートリアルをはじめます 』
俺はコンビニを爆破した。
いまやもう国民総クレーマー時代。
ちょっとでも不都合があればネットでさらされてしまうということで、
企業はどこもチュートリアルを導入することにした。
ということを知ったのは、警察が駆け付けたころだった。
『 ドアを開けてパトカーに乗りましょう 』
逮捕の瞬間もチュートリアルが始まっている。
刑務所についてもチュートリアルは止まらない。
『 ベッドに入って休んでみましょう 』
『 トイレに座って用を足してみましょう 』
『 洗面台で顔を洗ってみましょう 』
『 歩いてみましょう 』
『 走ってみましょう 』
『 息をしてみましょう 』
「俺は赤ちゃんか!!!」
監獄の中で頭を打ち付け始めたので、
自殺未遂かと看守があわててすっ飛んできた。
何をするにもポップアップウィンドウが表示されるのでわずらわしい。
見ればわかること、やればわかることなのに
「こんなこともお前はわからないだろう?」と小馬鹿にされている気分だ。
『 看守の言葉に返事をしてみましょう 』
例によって説教を聞くときのチュートリアルが始まっている。
ふと、視界の隅を見てみると、「SKIP」の極小ボタンが見えた。
「こ、これだ!!! こんなのがあったのか!!」
こんな便利なものがあるのなら最初から――と言いたいが
スキップされて文句を言われたくなかったのだろう。
とはいえ、こんな長たらしいチュートリアルはまっぴらだ。
俺はスキップボタンを押した。
『 チュートリアルスキップ方法のチュートリアルをはじめます 』
俺は看守を爆破した。
そんなこんなで極悪人となった俺は長く退屈な監獄生活の中で
チュートリアルを自動スキップできる方法を必死に研究しまくった。
「みんな、こんな長いチュートリアルには飽き飽きしているはずだ。
俺が昔みたいな普通の日常を取り戻してみせる」
出所するころにはついにチュートリアル全スキップ機能
『ソンナノワカッテルヨー』を完成させた。
一度体に取り付ければどんなチュートリアルも全スキップ。
快適な日常が送れるようになる。
「ああ、昔はこんなに快適だったのか!
もうあんな長いチュートリアルをやらなくて済む!!」
体に取り付けるどころか、外れないよう体に埋め込んだ。
俺の視界にチュートリアルはもう表示されなくなった。
チュートリアル撃退で心に余裕も生まれた結果、
ついに念願の彼女もできた。順風満帆な日々に思えた。
ある日のデートで彼女は涙を流して怒った。
「どうして!? どうしてわかってくれないの!?」
「どうしたんだよ急に。何か俺が怒らせるようなことしたかな?」
「そんなこともわからないの!? 私のチュートリアルやったんでしょ!?」
「ちゅ、チュートリアル!?」
ビンタするなり彼女は怒って帰ってしまった。
チュートリアルをスキップしていた俺にはわからなかったが、
どうやら彼女チュートリアルもあるらしく、
なにをすれば嫌われるのか。
なにをするのがいいのか。
も、そこで知ることができるらしい。
「ここだけは飛ばすんじゃなかった……」
とにかく彼女の不機嫌な理由を突き止めて謝るしかない。
装置を取り外し、もう一度彼女チュートリアルを全部確認する。
『 彼女の名前を書いてみましょう 』
『 彼女のことを考えてみましょう 』
『 彼女と発音してみましょう 』
のべう36時間にも及ぶチュートリアルの結果、なにも得られなかった。
彼女との接し方というよりは、初歩的なものしかなかった。
「もう!! 最後には何かあるかと思って全部やっちゃったよ!!」
長すぎるチュートリアルを完走したあげくに成果なし。
徒労感が地球全土を覆い尽くすが、それでもまだあきらめない。
「こうなったら……取り扱い説明書しかない!!」
すべての人間の趣味趣向を網羅した人間説明書。
チュートリアルでもわからない部分はここで確認するしかない。
彼女の人間取扱説明書を発注すると、辞書のような本が届いた。
電話帳より小さい文字をずっと読み続けて、読み続けて、彼女の不機嫌を探る。
のべ1ヶ月にも及ぶ精読作業は続いた。
最後まで読み切ったときには不思議な達成感が銀河を包む。
「結局、わからない!!」
でも成果は得られなかった。
クソ長い説明書を必死こいて読んだだけだった。
彼女の歴史を知ることはできたものの、
何が原因で彼女が不機嫌なのかはどこにも書いてなかった。
まさに八方ふさがり。
「もう……もっと丁寧な説明をしてほしいよ、まったく……」
もうあきらめるしかないのか。
分厚い取扱説明書をまくらに昼寝しようとしたとき、表紙に釘付けになった。
『彼女カスタマーサポート 0120-xxx-0000』
「こ、これだ!!!」
なんやかんやで人に聞くのが一番早い。答えまで一直線だ。
どうしてもっと早くに気付かなかったんだろう。
すぐにカスタマーサポートへと電話した。
『はい、彼女カスタマーサポートセンター。略してカスです』
「すみません!! 彼女が不機嫌で……でも原因がわからなくて!」
『かしこまりました。詳しい情報を教えてください』
「はい!!」
ああ、やっぱり人がわからないときは、人に聞くのが一番だ。
事情をことこまかに説明して不備がないように丁寧に話した。
「……ということなんです。原因わかりますか?」
『こういうときは、1つずつ原因を考えていくのが大事なんですよ。
項目を1つずつつぶしていけば、必ず答えが見つかります』
「そうですね!! なるほど!!」
『では、こちらで項目を用意したので1つずつ確認しましょう』
「はい!!」
『① 彼女は生きていますか?
② 彼女の電源は入っていますか?
③ 彼女とのデートは事実ですか?
④ 彼女は本当に彼女ですか?
⑤ あなたは人間ですか? ... 』
電話の向こうで分厚そうな質問マニュアルをめくる紙の音が聞こえた。
ここをタップして小説をひらきましょう ちびまるフォイ @firestorage
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます