最終話「年上の新人は――」
すでに勝敗は決した。
リカーショップトノサキが持ち込んだ酒と食材は、全て売り切れてしまった。カクテルもそうだが、比較的高い価格帯だったにもかかわらず、売り抜けてしまった。
それは
「正重さん、お疲れ様でした」
振り向くとそこには、
彼女は
夕闇迫る
だが、まだまだ
吉乃は珍しく、汗を吸って重い
すかさず姉の
「おっ、よしのん! いいじゃん、今度から三つ編みやめれば? なんか
「いえ、お仕事の邪魔になるので……小さい頃から、この髪型ですし」
「
吉乃は、放られた飲み物の缶をわたわたと二つ受け取る。
長い黒髪は、毎日の三つ編みで緩いウェーブがかかって風に
まるで、異国の姫君のような情緒あふれる光景だ。
改めて正重は思った。
吉乃は地味だが、凄く地味だが、やはり綺麗な女性なのだ。どこか
「正重さん、どっち飲みます? あ、少し歩いてみませんか。私、お花見って久しぶりで」
「え、あ、俺が?」
「……
「全然! ただ……どっち飲みます、はないよね。コーラで」
吉乃が手にしているのは、コーラと缶ビールだ。
そのことに気付いて、彼女は目を丸くして、次の瞬間に笑った。
コーラを受け取り、開封する。
こういう時は乾杯だろうかと思っていると、何故か吉乃はプルトップに指をかけたまま震えている。まるで生まれたての子鹿みたいになってしまってる。
「あ、吉乃さん……開けましょうか?」
「す、すみません。あの……手の力が、入らなくて」
吉乃はほぼ八時間、ブッ通しでシェイカーを振ってたのだ。
頼めば何でも作ってくれる、よくまあ数日であれだけの量のカクテルを覚えたものだ。ちょっと調べればネットに
勿論、見よう見まねだから味の方は本格派とはいかない。
でも、男装の
花見の
正重は缶ビールを受け取り、開けてから返してやる。
「ありがとうございます。じゃあ、乾杯で」
「は、はい。ども、お疲れ様っした! ……あ、あれ? 何か俺、おかしいこと言いました?」
「いえ、ふふ……あ、でも、おかしいのかな……勝手に笑いが。こういうの、体育会系っていうんですよね」
いつもの笑顔も、今日は少し違う。
女性は髪型が違うだけで、こんなにも見違えてしまうものだろうか。
吉乃はちょっとずつビールを飲みながら、
行き交う誰もが、夕暮れ時の中で夜桜を待っていた。
多少寒くても、酔っぱらいには関係ない。加えて言えば、防寒対策してまで夜桜を見たい連中だっているのだ。いよいよ混雑し始める中央公園の片隅で、正重は吉乃と二人、触れ合う肩が触れ合うままに並んで歩いた。
「そうそう、正重さん! 見て下さい、これっ」
「ん、何か……あ! これ、
不意に吉乃は、スマートフォンを取り出した。
スッカスカのアドレス帳に、正重や涼華と並んで……あの
「さっき、メアドを交換したんです。これはもしかして、メル友というやつじゃないでしょうか」
「そう、かも……あー、えっと、野原さんは何か言ってました?」
「ええ……やっぱり、
「そっかあ」
先程吉乃も、ハッピーマートの方に行ってみたらしい。
今は正重達が全品完売で店を閉めたので、あっちが賑わっている。忙しい中、花子は
「野原さんは、これから地元に帰って、なんか就職先がもうあるらしいです」
「あ、良かったじゃないですか! そっかあ、家業でも継ぐのかな?」
「何でも、
「ああー、そういう……ま、まあ、そういうのもアリなのかなあ」
正重は花子の、どこかのんびりとした人の良さそうな顔を思い浮かべる。
だが、どうやら吉乃には永久就職の意味がわかっていないらしい。
「いい仕事が見つかったんですね、きっと。永久だなんて、凄い……
「あ、あの、吉乃さん?」
「一応あとでメールしてあげなきゃ。変な企業だったら、またドツボにハマっちゃう」
「えっと……吉乃さん、永久就職の意味、知ってる?」
瞬間、ボンッ! と吉乃は真っ赤になった。
「そっ、そそそ、そういう意味なんですか!? ……はあ、それで……永久、就職」
「いやあ、話を聞いてたら、こりゃ知らないなって」
「あっ、笑いましたね? 正重さん、7歳も年上を笑うなんて、いけませんよ!」
「いや、ごめんごめん。でも、吉乃さんってなんでもできる凄い人なのに……あ、あれ? 7歳? ……えっと」
「4月18日生まれのおひつじ座です。……先日、25歳になりました。正重さん……こっ、こゆこと、女の人に言わせるの……ずるい、です。7歳も年上、ですから」
全く気付かなかった。
最近いそがしくて、コンビニ騒ぎもあって……すっかり忘れていた。
そう思っていると、グイと吉乃が缶ビールを
小さく「ぷはっ」と
「……正重さん。私、誕生日プレゼント……もらっても、いいですか」
「え? あ、いや、はい! ど、どうぞ……えっと、バースデー休暇とか? それとも――」
突然の不意打ちだった。
突然、そっと身を寄せた吉乃が……
止まった呼吸と呼吸との中で、互いの呼気が密接に交わる。
「早く大人になってくださいね? 副社長。私……側で支えますから。やっと、自分で働きたい場所を見つけた気がします」
「えと、あ、うん……
「はいっ!」
初めてのキスは、少しお酒の味がした。それは、労働後のビールに少し酔った、染井吉乃という名のカクテルだった。
こうして、春……正重の家業はこれからも続く未来へと歩み出す。
家族と、仲間と、地域と共に……これからもずっと、進み続けるのだった。
年上の新人は社畜さん ながやん @nagamono
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