151 王太子の褒美


 の功績は、〝まるで虚構〟としか言いようがなかった。

 病弱な弟になり代わり、全軍をまとめ上げたのが二十歳の頃。そして次々にアルケデア大陸の小・中規模国を併合していった。要した年数は、五年。


 最終局面となったオホエイド戦でさえ、半年もかけずに終結させてしまったという。

 たったの五年と、半年。


 彼――古代王・タントルアスの功績は、まさしく脅威だった。





 「おまえに期待はしておらん。ヒョルド」

 パチン、と鳴った音の正体は、父が懐に持つ懐中時計だった。時間を確認するわけでもなく、折によって手で触れる。そうして存在を確認するだけの作業。

 幾分錆びはじめた赤金色あかがねいろの懐中時計を、ディフアストンは過去に一度だけ見たことがあった。その秒針の止まった文字盤に、父が空虚な目を向ける姿を。


「ですが、陛下」

 肌寒い執政室に暖を入れるため、侍従が横を過ぎていく。炉にくべられる何本もの薪を横目で見ながら、ディフアストンは続けた。

「八カ国です。フレイ・マダリ皇国、ローフォン共和国、ケタンラタ王国、ミタフェル大国、ワゴス王国、フルマゼート王国、メキサ」

「……黙れ」


 功績は、タントルアスには遠く及ばなかった。同じことをして、かかった年数は十年と少し。それもまだ、完遂には程遠い有り様だ。国の中枢は諸手をあげて讃えてくれたが、

 ――なによりも、父が見ているのは息子おれではない。

 所詮、満足するには値しない成果だった。


「五年で片付けられたら、おまえに王太子の座を約束すると言ったな」

 二重に嵌め込まれた硝子窓に、父の吐息が白く曇った。外には大きな雪片が、ちらちらと降り続けている。

 面と向けられない父の顔を、ディフアストンは思い起こしていた。柱廊に並ぶ壁画の一つ。父の冷淡な目。蝋人形のごとき凍った表情。そして十年ぶりに聞く、感情のこもらない低く平坦な声。

 十年の遠征から戻っても、彼は息子をねぎらうような人物ではない。


「成し遂げられなかったのであれば、もう思うところもあるまい」

 もうよい、と父は言った。その言葉に額を下げて敬礼をし、ディフアストンは背を向ける。



「次におまえに〝王太子〟をくれてやる日があるなら、それは死への褒美、、、、、と思え」



 閉じていく扉の向こうで、父は最後にそう告げた。

「御意。……ノルティス国王陛下」

 決して、認められたいだけではなかった。玉座など、興味のかけらも湧いたことはない。

 ただそれが……王太子という褒美が、殉死に与える特進に変わったのは、確認するまでもなかった。


 そうして虚無に似た憤りだけが、身のうちにくすぶっていったのだ。

: 

 「っが! っがあああああ!!」

 叫んでいる、と気づいた時には、身体が床に投げ出されていた。

 無様ぶざまに転がる主人を見つけ、侍従たちが騒然としはじめる。

「ディフアストン殿下、どうかご安静になされませ」

 歳若い医術師が一番に駆けつけ、緩んだ包帯から傷の具合を覗く。膿みはじめている。そう呟いて、医術師は助けを呼んだ。

「発熱が続いています。ただいまお薬を」

 侍従三人がかりで抱えられ、再び寝台に身を沈まされる。ディフアストンは、怒りや憎しみを堪えて、ゆっくりと息を吐き出した。


「……何日寝ていた? 状況は?」

「高熱の影響で六日ほど」

 質問に答えたのは、ドルキアの王と名乗る男だ。日に焼けた四十がらみの顔は、野心があぶり出るほどに狡猾として見えた。隣室から戻った医術師の薬湯を受け取り、手ずから差し出すと、ドルキアの王は言う。

「状況は、膠着こうちゃくしている。ヒョルド・ディフアストン王子殿下」


「ディフアストン、でいい。ドルキア公王」

 飲み下した薬の苦みに眉をひそめ、ディフアストンは返した。わきで包帯を解きはじめた医術師に、ちらと目を向ける。

「私は名をイジャローテと。おそらく皇帝軍は、時間を要しているものと思われる。我々と同じですな、ディフアストン殿下。……して、戦果ではないが、代わりに良い報せを二つお持ちした」

 解き終わった包帯が、銀のたらいに投げられる。


「報せ?」

 身体の下に張りのある布が敷かれ、ディフアストンは舌を打った。医術師は、傷口を覆う膿のかたまりを鑷子で一つずつ除くつもりらしい。

「殿下を重傷に至らしめた獣――白虎タァインを捕らえてあります」

「捕らえただと……」

 身じろいで、傷に痛みが走った。ディフアストンは医術師の手元を忌々しげに見やる。

「なぜすぐに殺さん? さっさと四肢をもいで、、、砂漠に転がせ!」

 激昂のまま当たり散らすと、まぶたの裏に火花が浮かぶ。


「……殿下。煮るなり焼くなり、殿下ご自身が手を下されたいかと」

「ハッ! そんなものにこだわりは無い!」


 アロヴァイネンの忠言を受け、バッソス城への最短距離を駆けた。砂漠は横へ楕円に伸びており、迂回するには時が無かった。敵の目を欺ける、と入り込んだ砂漠で退路を失ったのは、不覚としか言いようがない。

 砂漠の魔獣と呼ばれる、白い虎の群れが一挙に押し寄せ――……、


「しかし、身体に結わえた荷の中に〝本〟が含まれていた」

 痛みを思い起こさせる光景に、ディフアストンは蓋をした。ドルキア公王イジャローテの発言に、文字通り耳を傾ける。

「……本? ……言葉を知らぬ猛獣が本?」

「イクパル言語で〝我がディファン最愛の・エル・娘へギエータ〟と題が。我々は何かの暗号ではと捉えている。白虎タァインの始末を保留させたのは、解読のためでもあった。ともすると、人のかたちをとる生き物かもしれぬと」


 イジャローテの告げた〝人のかたちをとる〟という部分に、ディフアストンは片眉を上げた。疑問は浮かばない。そういう生き物を他に知っているからだ。

 砂漠に棲まう魔物の噂。帝都陥落の折、奇襲を受けたという報告もあった。砂漠に出た白虎の群れは、実は人間の化けた姿で、再びの奇襲を行なった。そう考えると、妙な辻褄が合ってくる。

 皇帝軍に、人ではない者たちが含まれている、と。

「情報を持っているなら、拷問してヒトに戻せ。なんとしても吐かせろ。煮ても焼いても構わん」


 膿を取り終えた医術師が、布を替えはじめる。度の強い酒がその手に握られるのを見て、ディフアストンはいよいよ顔を逸らした。

「報せは二つあると言ったな、それで終いか」 

「いえ、もう一つ。サディアナ王女殿下が着港したとの報せが。テナン公王も同行している様子」

「……ふっ。虎に加えて竜だと? 喰わせ合うには充分な取りあわせだ」

 思わず吐き出した皮肉に、イジャローテが表情を曇らせる。独り言だ、気にするな。そう言い置いて、ディフアストンはわらった。

「サディアナが城へ来たら通せ。青二才どもが何を企んでいるのか、聞くぐらいはしてやる」





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【 千年の竜血の契りを、あなたに捧げます − 第三幕・終 − 】

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千年の竜血の契りを、あなたに捧げます 凛子 @r_shirakami

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