第三話 調理風景 その2
――火球は宙を舞い、狙い過たず異形へと吸い込まれる。
轟音鳴り響き、遅れて奇声が聞こえてくる。俺は明らかに動きの鈍ったそいつに向かって突き進み、フーコの【
感触は水を打つかのよう。瞬間の反発の後、肌に纏わりついてきた。
「――――――――――っ!」
俺は即座に呑み込まれかけた腕を引き抜き飛び退る。
すると間を置かずに、フーコが新たな【能力】を使用した。
「やはり、無形の怪物に物理は効かないですね――――――【
彼女がそう叫ぶと、周囲の空気の色が明らかに変化する。
一つ前の能力で熱せられたそれは、急速に冷やされる。赤から青へと、塗り替えられていった。そして、無形の怪物と称されたそいつを包み込む。
刹那――甲高い、金属の擦れるそれに似た絶叫がキッチンを震わせた。
脳を揺さぶるその異音を耳にして俺は、本能的に、多少だが身構えてしまう。
しかし同時に、回復の暇を与えてはならないと思われた。その証拠に、フーコの使用した【凍結】によって、正体不明の液状生物は、ただでさえ緩慢な動きを完全に封じられる。つまるところ、文字通りの凍結――氷となったのであった。
「――スライ様! 今ですッ!!」
少女のその声に、勝手に身体が反応する。
俺は引き絞られた弓矢の如く、飛び出した。そしてもう一撃を――。
「――――――――――!」
――異形の、その頭部と思われる箇所目がけて叩き込む! 次こそは、確かな感触が拳を通して全身へと伝わってきた。岩石を割るそれに等しい衝撃。だがその反動にも屈せず、俺は腕を最後まで振り切った。すると――。
――――キィィィィィィィィィィィィィィィィィッ!!
――断末魔。
望まれることなく生まれ落ちた命は、この瞬間に潰えた。
粉々に砕け散ったその肉片。否、粘着性を持った液体は各々に活動を停止した。まさしく今、誰も得をしない謎の戦いは終わりを迎えたのである。
感慨などない。ただ、そこにあったのは――虚しさだけであった。
「終わり、ましたね……」
「あぁ、そうだな」
フーコはその額に浮かんだ汗を拭い、俺は静かに息をつく。
「コイツは、何のために生まれたんだろうな……」
そして、思わずそう口にしてしまった。
いいや。その答えなど分かっていた。それだというのに、俺は言葉にしてしまった。より正確に言えば、言葉にせざるを得なかった……。
意味など、なかった。
この戦いには、意味などなかったのである。
故にオチなどもない。あぁ、でも強いて言うなれば一人いた。この無益な争いを生み出した張本人が、ここに。彼女は胸に手を当てて、祈るようにこう言った。
「せめて、安らかに」――と。
それを聞いて、俺は大きく一つ頷いた。
そして、叫んだ。
「その口が言う!?」――と。
◆◇◆
さて――そんなこんなで、である。
謎の生命体の亡骸をまとめて、俺たちは調理を再開した。
もう、ここまできたら俺の指示なんて関係ないだろう。とりあえず、フーコがいかに事態に収拾をつけるのかを見守ることにした。すると――。
「ん? フーコ。そのデカいコップみたいなモノは、なんなんだ?」
――またもや、中空からフーコは何かを取り出したのである。
それは、先ほど目を保護した透明な物質と同系統のモノで出来た、大きなコップであった。何やら金属の箱の上に設置されており、スイッチらしきモノも見える。
少女はそれの蓋を開けて、片っ端から食材を放り込んだ。
「これは、ミキサーと言います。食材を掻き混ぜるためのマシンです」
「ミキサー……マシン……?」
その様子をぼんやりと眺めていると、フーコはそんな説明をする。
聞き慣れない言葉の羅列に、俺は首を傾げる。が、とりあえずは調理道具だ、というのは確からしい。それは良いのだが、その後が問題であって……。
「おい……ちょっと待て、フーコ。それも入れるってのか!?」
「はい。そうですが、何か問題でも?」
俺は目を疑って、そう彼女に向かって声を荒らげた。
しかし当の本人は、何食わぬ顔で作業を進める。悪魔の実験は、止まらない。
「いやいやいや! そいつを食うのは、ヤバいだろ!!」
そう。フーコは先ほどのクリーチャーを、そのミキサーというマシンに投入したのだった。つまるところ、せっかくの食材がすべて、台無しに……。
「何を仰っているのですか!? これもまた、大切な命なのですよ!?」
「そうだけど! そうじゃないだろ!?」
珍しく驚愕の色を浮かべるフーコに、俺は全力でツッコんだ。
「大丈夫です。この子の主成分はタンパク質。人体に害を為すものは入っていません! ですので、安心して完成をお待ちくださ――」
「――無理だよ!? 間違っても、さっきの怪物を食うなんて出来ないって!!」
「え、でも……スライ様。アナタはすでに数日前、似たモノを食して……」
「…………え? ちょっと、マジで?」
少女の言葉に、今度は俺が驚愕した。
マジでか。たしかにグロテスクな料理ではあったけど、まさか……。
俺は唐突に腹部への痛み――おそらく精神的なモノ――を感じて、身を縮めた。今さらながらに、嫌な汗が頬を伝っていく。
「では、失礼しますね――ポチッとな」
「あ、ちょ――!?」
その一瞬の隙であった。
それを見逃さずに、フーコはミキサーを起動させた。
――――グィィィィィィィィィィィィィィィィィィィン!!
すると、そんな音と共に。
密閉された大型コップの中身は黒紫色に変色していった。
何やら駆動音に紛れて、先ほどの化物の悲鳴らしきモノも聞こえたりしたが――俺にはもう、そんなことに気を割くような余裕は残されていない。ただ呆然と、不思議と口角を上げつつ、混ざりゆく食材たち、その末路を見守っていた。
だんだんと、固形物が液状化されていく。
ガリガリと削れる音。それに伴って、俺の正気も削れていった。
「は、はは……」
どうやら、今日の朝食は――悪夢となりそうだ。
そんなことを思いつつ、俺は同時にあることを誓うのであった。
もう二度と、フーコを厨房に立たせたりはしない――ということを。
前世スライムの俺は魔王に転生しても分裂、合体、変身使えました 【日常編】 あざね @sennami0406
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