エピローグ:”おまけ”という名のエピソード♪

 君藤先輩の彼女になれて約2ヶ月。


 私が君藤先輩の彼女であることに、みんながぼちぼち慣れ始めた頃のこと。


 1ヶ月前からカフェでバイトを始めた君藤先輩となかなか会えない毎日。


 莉茉と菫先輩曰く。


『あのイケメンがカフェでバイトってなると、ムフフな妄想好きな女子たちが通うんじゃない?由紗〜』

『まあそうかも。君藤くん文化祭の時もカフェでの接客で高山君ともども人気すぎてずっと満席にしちゃってたからねぇ。味しめたんじゃないかなぁ』


 いつもの私ならあらゆる妄想をしてニヤけてたはず。でも、今の私はのれない心境なのです。


 最近夜遅くまでバイトで忙しい君藤先輩は、朝はギリギリまで寝たいらしく、登校時間に会うことはなくなった。


 下校時間もバイト先に行かなきゃいけないから、一緒に下校は夢のまた夢となってしまっていた。


 彼女になれたのに、いまひとつ実感がわかないのはこのせい。


 忙しさのあまり君藤先輩からLINEをくれることは少ない。


 会えない間、疲れてる君藤先輩に遠慮しつつも一言だけ、おやすみなさいは必ずLINEで送っていた。返事があるときもあれば、朝まで既読すらつかないときもあった。わかってはいても、寂しくて辛かった。



 しかし。ある日突然、君藤先輩からLINEが届く。


 淀んでいた視界が嬉しすぎるあまり、パーッと明るく補整され、意識が彼女の座へと返り咲く。


 明日バイト休みをもらえた君藤先輩と、放課後一緒に帰る約束をする。


 嬉しすぎてニヤけるどころではない。




 当日。待ち合わせ場所は学校の門。まもなく到着する。


(どうしよう…。強い風のせいで整えたばかりの髪型がぐちゃぐちゃだし、メイクもきっとぐちゃぐちゃだろうなぁ〜…。あっ!)


 カップルだらけの校門付近。ひときわ輝く存在がそこにあった。


 俯き加減でスマホを見ている彼は、気怠そうに門の壁に背中を預けていた。


 私の気配を感じたのか、私の方に視線を流す。その鋭くも艶やかな瞳にきっとドキッとしない女子はいない。もしかすると、男子さえも…。


「あ、来た」

「お待たせしました、君藤先輩」

「行こ」


 次への行動はとにかく早い。でもって付き合い始めてからのルーティンに、私は決まって胸をときめかす。次への行動に移す前に必ず手を差し出し、恋人つなぎを要求する愛しい人。たまりません。


 歩幅を私に合わせ、優しい瞳で語りかけてくれる。


「二人きりになりたいんだけど、場所的にむずいから相川神社行かね?寒いかもしんねぇけど」


 迷わず承諾。君藤先輩と居られるならどこにでもついて行ける。


 おじいちゃんの神社に向かう途中、他愛もない話をしてるこの時間が、ここ最近の寂しさを浄化してくれた。



 相川神社に到着ーーー。


 少しずつ暗くなりつつある夕方と夜の間。だんだんと光が灯る街並みを見下ろすかたちで御影石のベンチに座る。



「今日はさ、お前に受け取ってほしいものがある」

「はい。なんですか?」


 君藤はそう言いつつも、街並みの夜景を見ているだけで、カバンやポケットの中を触ろうとはしない。


「それは、おまけ」


 おまけとは、あの本やお菓子の付録的なものなのだろうか。


「あー、でもおまけってあの+α的なものじゃなくて…」


 じゃあなんなのか。いまだに動きを見せない。



「あ、でもおまけの前にこれあげる」


(おまけの前?じゃあやっとカバンなりポケットから何かを取りだ…さない!?)


 君藤先輩が触っているのは私の予想とは違う場所。両手を首の後ろに持っていき…。


「あれ、外れねぇ」


(外れない?いやもうなんも浮かびません…。)


「お、やっとかよ」


 ん…と言って私の手元にキラリと光るものを差し出した。



「定番だけど、ずっと持ってて」



 受け取ったそれは、ハートのネックレス。


 ハートのネックレスが有名なブランドのもので、密かに私が憧れてたもの。


「先輩、うそ…嬉しいです。ありがとうございます!大切にしますね!!」


 急激に感情が昂ぶるのがわかる。


 私はネックレスをすぐに首元で輝かせるべく、慣れた手つきで装着。


 あいかわらずハニカみ上手な君藤先輩は、鼻に手をあて一瞬顔を背けたが、勢いに任せて私と向き合う。


「ならよかった。あ、ごめん。箱家に忘れたからまた渡すわー」


 そう飄々と言うが、説明が足りない。


「はい、またで…あれ?先輩がネックレスしてたってことは、私物をくれたってことですか?」

「まさか。新品だからそれ」


 行動の意図が見えない。プレゼントなら普通で言うと、可愛くラッピングされた箱に入れたまま渡すはずでは?


 思考が巡らず、お手上げ状態…。


 空気が悪くなってはいけないと思い、私は次の会話を模索する。



「あ…そういえば、おまけもあるんですよね?楽しみだなぁ♡」


 若干わざとらしかったし、軽い言い回しだったことを反省。


「あの一般的なおまけって意味なら、むしろこのネックレスの方がおまけかもな」

「え!?」

「たまたま”おまけ”になっただけで、意味が違うからな。さっきも+α的なものじゃないって言ったじゃん」


 お手上げ状態パート2…。


「お前さあ、俺がバイトし始めたのってなんでかわかってた?」

「このネックレスを買うためでは?」

「それもあるけど、一時的な出費じゃなくて、おもに継続的な出費のためにこれからもずっとするから。バイト」


 寂しさと向き合う覚悟はできてるはずだった。もう慣れてると…。


 タガが外れ、口が勝手に言葉を発してしまった。


「え。じゃあ私たちの高校生活でカレカノっぽいことってもう不可能じゃないですかぁ〜!!」

「なんで?体育祭とか文化祭で少しでも一緒にいられんじゃん」


 そうなのかもしれない。それでいいと思わないといけないのに…。


「自分勝手な夢を語ります」


 唐突だった。


「うん。いいよ」

「私、ずーーーっと彼氏と登下校をともにすることが楽しみだったんですよ。たったの1ヶ月しか実ってないです…。私のささやかな夢」


 君藤先輩と一緒に高校生活を過ごせるのはあと1年だというのに、登下校をともにできないなんて…。


「それはごめん。…でも、俺はまだ先の未来のことを見てる。お前には寂しい思いをさせるけど、俺自身はまったく苦じゃない」


 そうはっきり言われて泣きそうになった。


 君藤先輩が私との時間を選ぶより先に、バイト時間を選んだことが悲しかった。価値観が違う。別れの時によく挙げられてる理由。


(ネックレスもらえて有頂天だったはずなのにな。いや、それ以前に、君藤先輩の彼女に君臨できたことが何よりのプレゼントで、これ以上を望むなんて、欲張りになってるじゃん、私!それに、自分勝手な夢の押し付けだよね…。って、いかんいかん!!負のメンタルに押しつぶされたら君藤先輩を悲しませるじゃん!!)


 笑顔笑顔!笑顔で先輩と話をしよう!


「すみません。へへ。今のはなし!十分幸せなはずなのに、わがままを言いました。…で、おまけってなんですか?」


「その前に忠告。あのさあ、無理に笑わなくていい。感情のままに、俺と接してほしいんだ。感情を隠されることに慣れたくないから」


 寿命を迎えた照明灯が、私たちの側でただひっそりと佇んでいる。


 辺りがほぼ夜の景色と化しているせいで、君藤先輩の表情をあまり認識できないのがもどかしい。きっと悲しい目をしてるのだろう…。


 君藤先輩のためにも正直に話そう。感情のままに、君藤先輩と接したいから。


「先輩私…悲しいのは確かです。でも、君藤先輩とはこれからもいろんな思い出を作るつもりなんで、このまま側においてください」

「当たり前じゃん。俺はずっとそのつもりだけど?」


 今度は嬉しくて泣きそうになった。このジェットコースターみたいな慌ただしい感情に振り回される。


「お前をずっと俺の側に置くために言うよ。おまけ」


(おまけ…はさておき、『好きだからずっと側にいて』という王道な言葉でも嬉しいなぁ。)


「あ、その前にまず、ネックレスをプレゼントに選んだのは、お前を俺でがんじがらめにするって意味で選んだ。ネックレスという名の首輪な」


 この暗闇に目が慣れてきたのか、君藤先輩の据わった目を認識することができた。


(超えてきた〜!ヤンデレ気味とは薄々気付いてはいたけど、ここまでだった!?)



「これ、ずっとつけておきますね。君藤先輩をずっと首に巻いてると思って!」

「…お前もたいがいだな」

「君藤先輩がこのネックレスを自分の首にかけてからプレゼントしてくれた意味って、もしかしてマーキングのつもりでした?俺の匂いをつける的な」

「大正解。やっぱ引く?」

「いいえ、まったく!むしろ喜んでますから。それほど私はいつも君藤先輩と一緒にいたーーー」


「お前とマジで結婚したい」


 私の言葉を遮って発したのは、その愛に満ちた言葉だった……ーーー。


「もちろん私の旦那様は君藤先輩じゃないと嫌です!だから、私も君藤先輩と結婚します!!お願いします!!」


「あのさ、ソレ嬉しいんだけど、俺の上行くのやめてくんない?もうソレ、逆プロポーズだから」

「…はい。すみません」


 ハニカみではなく、どこか余裕のあるその笑顔を見て、ますます鼓動を強く感じるはめになった。


「これがおまけ」


 じーっと私を見据える。


「え?今の”結婚したい”っていうほぼプロポーズなお言葉が、おまけですか?」

「そう」

「…そういえばさっき、たまたま”おまけ”になっただけで、+α的なものじゃないって言ってましたよね」

「そう。だから本質としては、”結婚したい”ってのがおまけじゃなくて、ネックレスの方がむしろおまけってことも言ったよね。さっき」

「そうですね」



 ーーーー謎が解明される。



「今俺が言ったおまけ。3つに分かれるからその頭文字を言ってみて」


(お前と、マジで、結婚したい?)



 まえと | じで | っこんしたい。



「本当だ、おもしろい!”おまけの言葉”ってそういう意味だったんですね。全然あの”おまけ”じゃない」

「こっちのが俺にとっては大本命」

「私をずっと側に置くためにを言ってくれたんですもんね。結婚の意思があることをこんなにも早く示してもらえるなんて…。号泣してもいいですか?」

「やめろ」

「あ…はい。でも先輩、私にとっては、ネックレスも同じくらい大切な代物ですよ!」


 私のその言葉に、ハニカみでも、余裕のある笑みでもない、柔らかで優しい微笑みに似た笑顔を見せた。


「ありがとう。俺は幸せ者だわ」

「それはこっちのセリフです!」

「そっか。じゃあこのお願いも聞いてくれる?」


 子供のような無邪気な表情に、私は陥落した。


「結婚の前にお前さ、俺と同棲しない?」

「え?」

「ダメ?」


(不安顔もいい!!こんなにも表情がコロコロ変わる人だったっけ?)


「ダメじゃないです!むしろ今すぐにでも一緒に生活をともにしたいと思ってるくらいですから!!お風呂に一緒に入ったり、ご飯を一緒に作ったり、毎日同じベットで一緒に寝て、それからーーー」

「ストーップ。もういい。お前はそう具体的に言えるくらい妄想してくれてると思った。だから時期尚早だとしても、同棲のためにバイトしたいって思ったんだ。同棲に向けての資金調達。お前との未来のためなら、まったく苦じゃないんだ」


 さっきも登下校をともにできないのは『まったく苦じゃない』って言った君藤先輩。冷たいと感じたあの言葉。その言葉の本当の意味を理解して、ほっと胸をなでおろした。


 私との未来での幸せをすでに見越して行動していた君藤先輩。


「先輩、同棲はちょっと…って私がお断りしたら元も子もないですよ?」

「ありえない。どんだけ俺のことを好きか知ってるし、何より…」

「ん?何より?」


 またも、じーっという視線に射抜かれる。


「お前とのもっと先の未来も知ってるからな。俺」


 またも不思議な言葉だった。


「え、予知夢?…妄想?」

「いや、事実だけど。だから俺は、お前を絶対に手離すわけがない。逃がさないから覚悟しといて」


 いたずらっ子のような表情に、胸がくすぐったくなる。


「望むところです!!執着なら負けませんよ!!…で、いつから同棲しましょうか?」

「お互いもう一体いたら、多分もうしてる」

「いや先輩。それって…」

「重い?いや、引くとか?」

「最高すぎてお泊まりコース!!」

「え、マジ?今日は凛子たちいるかもだけど、同棲のこと異常に興奮して賛成してくれてたぐらいだから、いろいろもうクリアしてんじゃん?」

「いろいろ…」

「うん。夜ベッドでいちゃついても平気ってこと」


 君藤はトロンとした目つきで由紗を凝視。オスの顔で魅了する。


「いや…平気って、それはちょっと…」


 近づく影。早くなる鼓動。目を閉じて待つが、いっこうに温もりを感じない唇。なのに気配は近い。


 もどかしすぎてパチッと目を見開く。目の前で硬直する君藤先輩を確認したと同時に、切なげな吐息がかかる。すると、首筋の左右交互にチュッとキスを落とす……ーーーー。


「ヒャンッ…!」


(ちょっ、くすぐったい〜っ!唇へのキスよりエロさ倍増♡トロけちゃいそう…。)


「おばさんにまた承諾の電話しような」


 満足そうにそんなことを言う君藤先輩。


「君藤先輩?今日は強引すぎません!?」


「そう?こんな俺、にしか見せねぇんだけど?」


 初めての名前呼びと甘い言葉。有頂天にならずにはいられない。





 ーーー今日はなんの日?



 ”ヤンデレ君藤海李”が由紗にバレてしまった日。


 そして、君藤の深い、いや、深すぎて溺れてしまうほどの愛を証明してくれた日。


 ネックレスと、大切で特別な言葉。”おまけ”。




前とジで婚したい』ーーー




 それはそれは、宝箱に一生大切に保管したいほどの愛ある言葉だった……ーーーー。



(あれ?じゃあ正式なプロポーズは、どんな言葉を言っていただけますか?君藤先輩♡)





 <君藤side>


 愛由海がこの世界から未来へ戻ってからというもの、俺は自分の愚かさに打ちのめされる日々を送っていた。


 未来で由紗と愛由海を事故に合わせた発端は俺にある。


 未来でのあの日、俺の由紗への冷たい態度を言及し、家を飛び出した愛由海はあとを追いかけた由紗とともに交通事故に遭った。


 過去で生きる俺にできる償いとはーーー。


 すぐに答えは出た。


 1. ”こいつ呼び”から”名前呼び”に変える。

 2. 素直な愛情表現をたまに心がける。

 3. 由紗に”由紗命”な俺を隠さない。

 4. 由紗だけじゃなく、誰にでも誠実に接する。(人間磨き)



 過去に生きる人間が未来での出来事を知るということ。


 それは、未来を変える可能性があるーーーー。



 そんなことを示唆する内容のファンタジー小説を読んだけど、俺は恐れず、あえて未来を変えてみようと企んでいる。


 未来、いや、俺が変わらないと、この世界にボロボロの心と体でワープしてきた母親思いの愛由海に申し訳ない。



 ーーー先輩と由紗が出会わなければ。自分さえ消えれば。



 愛由海に二度とそんなにも切なすぎる気持ちを抱かせないために、俺は未来を変えると心に決めたんだ。


 多分ツンデレとヤンデレの二面性に該当する俺の本質は変わらない。でも家族の前では、不器用でももう少し”デレ”を素直に出したほうがいいらしい。だって、意地悪だと誤解されるから。


 そう気付かせてくれたのは愛由海だった。


 というわけで、俺の世界は激変したーーーー。



 

【とにかく大切な二人の命を守る】


 俺だけに愛由海の記憶が残っている意味。


 それは、ずっとそのことを念頭に置いて生きていくためだと勝手に決めた。


 由紗爺がはっきり、『愛由海の”いたいけな頑張り”を、記憶に留めておいてほしい』と、記憶を残す理由を教えてくれた。だけど、俺にはその理由だけじゃダメだと感じ、勝手に理由を追加して自分を奮い立たせることに成功したんだ。



 由紗は愛由海の記憶を失くすと同時に、愛由海との摩訶不思議で楽しかった思い出をも失った。


 早く未来で出会ってほしい。笑ってばかりの思い出だけ増えればいい。


 そう切に願う。


 少しの時間だったけど、貴重で有意義な思い出。


 唯一俺だけに残る愛由海の記憶。(宝の記憶と命名した。)


 何より愛由海の存在は、由紗と生きていきたい俺のための糧だし、不安を自信に変えてくれるエネルギーの源でもある。


 そう強く断言しても、17年間の癖で不安な気持ちに苛まれる日が、あともう少しくらいはあるのかもしれない。頭ではもう平気だと思っていても、発作のように勝手に…。


 その時は由紗の出番。すでに決めている合言葉が特効薬になってくれるから。絶対に。


 何があっても愛由海と未来で会うためなら、由紗と手を取り合って頑張れる。



 君藤愛由海。あいつはーーー


 そう前向きにさせてくれる、俺にとって”魔法の存在”なんだ……ーーー。






 未来にいる愛由海へ。



 一方的に心の中でしゃべります。


 ちょっと聞いて。


 この前、AYUMI♡YUSA♡KAIRIと裏に彫ったハートのネックレスを由紗にあげたんだ。


 由紗はそのサプライズ、いつ気付くと思う?


 なんてわかんねぇか。


 じゃ、由紗と一緒にお前と会える日を楽しみにしてるからな。



 17歳の父より。




 fin






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