彼女降臨

 予期していた重大な案件。


 怒涛の如く人の波に襲われたのは、生まれて初めてだったーーーー。



 昨日の君藤先輩による私への公開告白は、それほど君藤ファンたちを混乱の渦に巻き込んだ。


 そして私は、その渦の中へと飲み込まれたのだった。



 In the classroomーーーー


「…いやー、あれはいかにもすご過ぎでしょ」

「…うん。だよね」

「あんたさ、急に人気芸能人になった気分じゃない!?あれだけもみくちゃにされて平気なの?」


 脱力人形のごとく、両肩を前後に大きく揺さぶられる。首が痛いだの、頭がクラクラするだの、苦痛を吐露する勇気は今の私にはない。


 世界一の幸せ者であろうこの平々凡々な私なんかが、そのようなことを軽々しく言うことははばかられた。


 未だ私の肩にがしっと手を置いている莉茉の視線の先には、意外なペアが神々しく降臨していた。


 たどたどしく二人がいる廊下に向かい、こくんと小さくお辞儀をした。


 志希先輩と菫先輩を見た同級生の女子たちは、美しすぎる二人を目の当たりにし、ザワついていた。


「じゃああとはお任せして、私はトイレトイレ〜」


 スキップする莉茉を無表情で見送る。強烈キャラお姉さまに目を移すと、


「私たちのかわい子ちゃんが悲惨な針のむしろ状態だなんて世の中どうかしてる!!」


 興奮度全開すぎてくすりと笑みがこぼれた。


「あ、気にしないで。ただ心配性をこじらせてるだけだから。由紗ちゃんが大変なことになってるって噂で聞いたんだ」

「だから心配して来てくれたんですか?」

「そ。けどさ、この相方が取り乱しまくりで手ぇ焼いちゃった」


(相方…?)


 志希先輩と菫先輩にまで心配をかけてしまった君藤先輩と私の電撃交際。


「覚悟はしてたんですけど、予想以上にすごくて…」

「女嫌いで有名。オーラで女を寄せ付けない。それでも我が校きってのK-popアイドル級の爆発的人気ボーイなわけ。その彼が突然の交際宣言。寝耳に水。女子たちが戸惑うのは当然なのよ。だけどさ、罪なきかわいい仔羊ちゃんを狼の如く囲わなくてもいいじゃんっ!!」


 私たちを心配するあまり、情緒不安定に興奮も相まって、目が据わる菫先輩。


「あの、変な質問をしますが、なぜ二人でここに?」

「だから由紗ちゃんのこと心配して相方がーーー」

「それ!!志希先輩がさっきも言ってたそのって言葉が気になったんです!」


 顔を見合わせる志希先輩と菫先輩はともに無表情で首を傾け、互いに一瞬戸惑った表情を見せた。


「「顔が好きなだけ?」」


 ぎこちない二人のシンクロした返事。どこかハニカミすら感じた。


 同じクラスでわりと気が合っている。お互いに顔が好み。それだけで”相方呼び”には面を食らった。だから、今後の関係性の変化に要注目!


「じゃ、何か意地悪なことされたら絶対私に言いなね!すぐ飛んで来てそいつら痛ぶってやるんだから〜!!」

「俺は女子にそんな酷なことはしないけど、いざという時は容赦なく排除してあげる」

「…はい。お二人のお気持ちはすごくありがたいのですが、お気持ちだけで十分です。どんな困難が私たちに降りかかっても、私が君藤先輩を一生守り抜きますから!!」


 なぜかそこで嬉しそうに息をのむお二人。


「あ…!じゃあ〜またね、由紗ちゃん!」


 慌ただしくも優雅に立ち去るお二人の急展開すぎる行動に、私は違和感を覚えたが…すぐに納得した。



「お前はいつもそれだよな」


「君藤先輩!?…あ〜…」


「”あ〜…”って、なんなの?」


 先輩お二人がそそくさと退散したのは、いつの間にかそこに君臨し、ただならぬオーラを纏った君藤先輩に圧倒されたからだったと理解。


「俺のことを守ってくれる。お前は俺の救世主…」


 1…2…3…4…5…6……ーーー


 声を発し終えてからの約6秒間、瞬きもせず由紗を見つめる君藤を、首を傾げてガン見する由紗。


 潜在意識でその間を数える癖がついていることに、由紗は気付いていない。


 常に6秒間あたりで沈黙を破るのは、自然と由紗の役割になっていた。


「先輩…!?」


(まったくお前はいつもそう。もう少し顔、見てたかったのに…。)


 そんな本心を言うつもりなどさらさらない君藤は、やや半目になり、小さくため息をつく。


 ほんの少しの時間を経て由紗に会う時でも、君藤はどうしようもなく、由紗への執着を隠せないでいた。


「最初はさ、嬉しかったよ。俺に執着してくれる人にやっと出会えて。でも…俺だけのモノにしちゃったら、もうそれだけじゃ無理だわ。俺の方がお前をがんじがらめにして害虫(男)から常に守らないと気がすまねぇ」


(前は私を守るために付き合わないと頑なだったのに、こんなヤンデレ気味なことを言うようになるとは〜♡この変化が愛おしすぎるっ!!)




 ソレは今に始まったことではない。


 ヤンデレ気質のある幼少期を過ごしてきたことを知っている者がとうの昔に存在していることを、由紗は知らない。(母親の凛子・親友の志希・義妹の萌香たち近親者がその該当者。)


 その君藤のヤンデレ気質と嫉妬させたがりやな異常性は、萌香によって由紗の友人たちに暴かれていた。


 だけど、その告白を愛由海も聞いていたことで、愛由海がこの現在の世界から消えたと同時に話の内容も皆の記憶から消えてしまった。(由紗はあのラブホでほぼ爆睡していたので、記憶を失う件には一切該当せず…。以上、余談とおさらいまで。)





「でも君藤先輩。私ってモテないから余計な心配事ですよ」

「うぜー…」

「久々出た、それ!」

「マザコン息子に恵瑠だろ。あと結愛に、実は志希もだったし…。しかも…女にも好かれるってさ、お前って何者?」


「君藤先輩のものです」


 意表を突く返答に、君藤は固まる。緩みそうな口元に力を入れるも、頬は赤く色付く。


「モテてるっていうのは、ほぼ全校女子生徒から観賞専門イケメンと崇められてる君藤先輩のことを言うんですからね!」

「…はぁ?憧れ的なものとリアルな好意は別だろ。ていうか、鈍感すぎてもはや笑えねぇレベルだからな」

「あの私、マザコン息子に好かれた覚え、ありませんけど?」

「あー……あれは別物だから忘れろ」

「はい!?自分から言っときながら〜。…っていうか先輩?私たち昨日、初ゲンカしたのをお忘れですか?」



 くだらないケンカだった。


「あれはお前が悪い。で、いまだに意味不明…」


 本当にくだらなかった…。



 昨日の別れ際。由紗が君藤に言った言葉は、少し難解だった。



『キレちゃったので、ほっといてくれて大丈夫なんで…』ーーー





 由紗の家の前ーーー


 送り届けたまではよかったのだが、冷や汗をかき、具合が悪そうにしている由紗を心配しすぎた君藤は。


『腹痛?出せば、平気…?』


 少々デリカシーに欠けていた。


 そして、由紗はあの難解な言葉を生む。



『キレちゃったので、ほっといてくれて大丈夫なんで…』



(…ん?怒ったから放っておいてってこと?…で、何にキレた?)


 と、君藤は頭の中で由紗の言葉を整理するが、解読に苦しむ。



『ごめん。俺、なんか気にさわること言った?』


『あの、だから…ほっといてもらって大丈夫なんですよ。先輩……』


 由紗はその一点張り。


『ほっとけねぇよ…』


『いえ…!ここは、ほっといてもらうのが一番なんですから!』


『あっそうかよ。じゃあ帰るわ、お大事に…』


 仲直りとまではいかなくても、誤解を解く必要がある二人なのだった。




「昨日お前はほっとけって言ったけど、無責任に放って帰って何かあったら俺、後悔で死ねたからな」


「大げさですってば!きたんですよ。女の子のアレが…」


「…は?」


「…聞き間違いですね?」



 そう。すべては君藤の聞き間違いと、由紗の滑舌の問題。いわゆるお互い様。


 ではなく、の間違いだった。


「濁しながら言っちゃってたんで…なんか…すみません」


 本当しょーもな…と言う君藤だったが、頭を抱えてしゃがむ。


「なんだそれ…。俺ひと晩中悩んで手紙書いたのバカみたいじゃん」


「え♡君藤先輩が私にラブレターを!?」


「…手紙な」



 仕方なさそうに、ん…。と、上着の内ポケットから四つ折りの手紙を由紗に渡す君藤。


(意外だった。まさかまさかのそのまさか。女嫌いで有名。観賞専門イケメンの君藤海李が、愛する彼女にラブレターとは。)


「そのナレーション的心の声ダダ漏れてんぞ。そんでもって、ラブレターじゃなくて手紙な」


 由紗をツッコむ君藤もこの頃板についてきた。


 ニヤけ顔で手紙を広げる由紗。



 ーーーー


 お前はほっとけって言ったけど、やっぱり俺は放って帰るべきじゃなかったと今絶賛後悔中。今からでも戻るべきかも考え中。

 それほど俺は、お前をほっときたくないのに。わかれよアホ。


 ーーーー



「勘違いって怖いですね。でも、ちょっとしたケンカなのに、こんなかわいいことしてくれるんですね」


「だから、お前のせいでもあるんだよ」


「ごめんなさい。でもこのラブレター、大事に宝箱に入れておきます!」


「だから手紙な」



 窓から廊下に差し込む夕日が、ハニカむ二人をスポットライトのように斜めに照らしている。



「あの二人、揉めてると思いきや、公然の場でハニカみ合ってんじゃん?」



 トイレから帰還の莉茉は、クラスのドアからひょっこり二人を覗き見ていた。


 その莉茉の顔の上には、もう一つ顔が連なっていた。



「あの難攻不落な君藤先輩が、我が友ユーミンにラブレターねぇ〜。感慨深いよね」


「貴重すぎて拝めるレベルだよね」




 それぞれの余韻に浸る四人であったーーーー。




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