××でも一緒に…<君藤side>

「君藤先輩…苦しい…。助けて……」


 あいつの声。これは、夢?


 ひょっとしたら、未来のあいつからのメッセージなのかもしれない。愛由海は未来に戻って意識が戻ったのかもしれないけど、未来のあいつはーーー未だ容体が回復していないのかもしれない。だから、時空を超えて俺にメッセージを…。そう思えてならない。


「いや…マジで先輩っ…苦しいんですって…!」


 ん?いや、なんか違う。…これ、夢なんかじゃない。


 パチっと目を開く。ーーー朝?…夕方?薄暗い空間に、微かに窓から差し込む暖かいオレンジ色の光。


「あっ」


 急に自分に置かれてる状況を把握する。そっか。今は夕方だ。あいつを家に連れ込み、何をするでもなく、テレビを見たりしてまったりしていた。その後、二人とも睡魔に襲われ、なだれ込むようにベッドへ。今に至ったのだった。


 俺の腕に柔らかい感触と同時に、唸り声の微振動を感じた。微かな振動からなんとなく想像はしていた。人の体から生まれる音なのだろうと。


 俺の腕が、こいつの喉を押しつぶすように、大木の如く横たわっていた。


「へ…!?」

「きっ、君藤先輩…。マジで…手、どけてもらっても…いい…ですか?」


 咳払いを聴き、現実に起きていることの重大さに気付く。


 慌ててどけた腕。解放された喉元。


「あっ、ごめん…。苦しかったよな…!」

「…はい。嬉しい密着ではありましたが…。へへ」


 いつものこいつらしい言葉のチョイスと、愛らしい仕草にいたく感極まった俺。すぐさま最愛の人を抱きすくめ、離したくないとばかりに切ない吐息を漏らす。


 

(あっちの世界で、お前はもう死の恐怖から解放されてるよな?)



 急に襲ってきた猛烈な恐怖心と、ますます強まる強烈な独占欲。


「君藤先輩、私が壊れるほど…もっと強く抱きしめてください。そしたら、先輩と一心同体になれるかな」


「一心同体ねぇ。願ってもない幸せが舞い込んできた」


「え!?」


 (驚くなよ。一方的にお前だけが好きだなんて思うな。俺だってお前のせいで…狂ってんだからな。)


 そんな本心は照れくさくて言えるはずがない。ほんと狂ってる…。


「好きすぎて壊れてんのは…俺だよな」


 もう、十分だと思った。


 俺はもう現在進行形で、こいつからの惜しみない愛を十分与えてもらっている。そう実感できる未来が俺に訪れるなんて、到底思ってもみなかった。



 ーーー人生最大のプレゼントーーー



 俺にとってのそれは、こいつとの出会い。それとーーー


 憎たらしくも愛しい、未来で出会う俺とこいつの最愛の存在。(兼、こいつの

 恋のキューピットでもあった息子。)


 今は俺の記憶の中でしか存在していない不憫なヤツだけど…。いつか時代が追いついて、初対面するその時、きっと俺は小さな宝物なのに、壊してしまう寸前まで抱きしめて泣いてしまうんだろうな。今の俺から、それが容易に想像できるから笑える。同年代の親父としてではなく、ちゃんと普通に歳の差のある親父としてーーーー。


「君藤先輩。今日はなんだか…素直すぎてかわいいですね」

「…そう…かな」


 お前と”愛の結晶”のせいだぞ。なんて言えやしねぇ。


「はい。抱きしめ合って、一緒に溶けてしまいたいほどかわいすぎますよ」

「その感情、解読不可能なんだけど…」


 俺の胸に力強く額を擦りつけてくるこいつ。


「無限大に、死ぬほど愛してますってことですよ。さ、起きましょうか」

「ダーメ。時間が許す限りこのままがいい」

「甘々すぎて鼻血が出そうです♡」


 幼少期から今日までの間、愛情に飢えていた俺。そんな厄介な俺だから、嬉しくも強烈な衝撃(直球な求愛)とオアシスを与えてくれたこいつを、強く抱きしめずにはいられなかった……ーーーー。


 横たわってることをいいことに、俺はこいつの足に自分の足を絡ませる。溢れる想いがありえないほどに口を滑らかにする。


「ずっとお前だけでいい。来世でもお前と一緒にいたい」


「もちろんそれは私もです!!ホント、嬉しい具合に壊れてくれましたねっ♪」


 未来で愛由海に出会えば父性が芽生えるだろう。だけど、その愛情はこいつ以上に強くなることはないと断言できる。


 人生でこれほどにまで母親以外の人間に、異性に執着するなんて。人間が変わってしまったのかと疑うほどだ。


 幸せと地獄は紙一重。幸福感を実感した途端、時々ネガティブな思考が俺を奈落の底に突き落とす。


 もしこいつが(いや、そんなことは絶対にないと信じてるけど)、俺以外の奴を好きになってしまったらーーーー


 俺は迷わずこいつを殺め、俺も一緒にあの世に行こうとするはず。


 身勝手な行為なのはわかってる。でも、自分でもどうにもならないんだと思う。こいつを失うとなれば、呼吸ができなくなるほどに混乱する自分を容易に想像できる。その時もさっき口から滑ったあのセリフを言うんだろうな。


『来世でもお前と一緒にいたい』って。


 それを理由とし、身勝手にこいつを殺め、ともにあの世で来世へと旅立てる日を何十年、何百年、何千年と待ち続ける。


 究極の愛って、こういうことなのか?俺って、こんなにも猟奇的な思考の持ち主だった?


 こんなことを何回も繰り返し考えては、自分を苦しめてしまう。


「さっきから急に黙ってどうしたんですか?君藤先輩…」

「あー、うん…」


 きっとこいつは俺の表情一つで、俺の心情をなんとなく理解できるらしい。


「私も、君藤先輩だけでいい。何回言っても不安がつきまとうのなら、私を24時間拘束してください」


 うわー。目力怖ぇよ…。でもーーー


「拘束なんて生ぬるいことじゃすまねぇけど?」


 驚愕の眼差しで俺を見たこいつは、すぐさまいつもの愛くるしい笑顔に変わる。心にぽっと明かりが灯る。俺はこいつのくるくる変化する表情がたまらなく好きなことに、今更ながら気付く。


「私のこと、あなどらないでくださいね」

「…え?」


 今度は珍しく、悪女の顔へと変化した。俺はゾクゾクして変な快感を覚えた。ヤバッ。


「私だってたまに不安になって、いっそ楽になりたくて先輩の首に手をかけるところまで想像しては、我に返るを繰り返してますから」


 意外すぎる捲し立て返答に時が止まった。


「は?なんでお前がそんなことに?」

「当然じゃないですか!こんなにも素敵すぎるみんなの憧れの人がですよ!?なぜかこんな平凡すぎる私なんかの彼氏になってくれるなんて天地がひっくり返ってもあり得ないことなんですよ!?気が変わらないうちに殺めたくなるに決まってるじゃないですか!!」


 (いや知らねぇよ…。)


 捲し立てが止まらないこいつは本当に意外だし、俺と同じ感情の持ち主だったことに多少戸惑っている。想像だとしても、俺と同類なんてどうかしてる…。


 なんて思いつつも、本心が邪魔をする。心の奥からじわじわと湧き上がる歓喜に似た感情を無視しようにも、顔がだらしなく緩んでしまいそうになる。


「大げさだって」

「それほど私にとってあり得ないことが起こったんです。こんな状況でおかしくならない人はいません!!」

「わかった、わかった」


 興奮気味のこいつをどう落ち着かせてやれば……。このあと、猟奇性が加速する。


「ならいっそのこと、マジで俺の首締めてみてよ」


 (ヤバッ…。なんで俺、こんなこと言ってんだろう…。)


 すると、真剣な顔つきになったこいつは、俺の首に手を伸ばしてきた。少しだけ震えている手にだんだんと力が込められると同時に、頭に血が上り始める。もう…呼吸困難寸前。


 (…こいつ、本気か?)


 本能的に喉につかえた唾液を飲み込んだ。そろそろ限界に近づき、意識が遠のく。


 (イカれてるな…やっぱこいつ……。)


 そんなことを考えながら口元を緩める俺は、ニヤリと笑い、降参とばかりにこいつの後頭部に腕を伸ばした。


「あっ!」


 俺の首への拘束を解除し、俺の胸に倒れ込んだこいつは、現状の理解に苦しんでいるのか、呼吸を乱している。それは俺も同じく。


 嗚呼……。どうしようもなく、愛しくてたまらない。


 俺はこいつの頭に自分の頬を擦りつけながらーーーー。



「もう知ってるけどお前って…ヤバいほど俺のこと好きすぎんだよなぁ」


 あ…。なんかしんねぇけど、心の言葉が声に出てるし。


「はい。もう離れたら死ぬかもしれません。いえ、即死です」


 猛烈にいい意味で、こいつってヤバいヤツだと再確認する俺。



「俺の彼女にしては上出来すぎるんだよ。気に病むことなんてねぇから、俺が自然にあの世に行くまでは、俺のそばから離れんなよ。…絶対に約束だからな」



 ここまでぶっちゃければ、俺は思い残すことはない。


 その心の底からの叫びにより、この上ない幸福感を味わうこいつは、軽々とそのさらに上を飛び越えて行くからもうお手上げ……。



「今君藤先輩からいただいた言葉は、高級婚約指輪よりも、拘束感情が増す結婚指輪よりも、最上級に幸福なです。この上ない宝物であり、人生のすべてです!」



 俺の重苦しいはずの言葉の拘束。それを、高級婚約指輪や結婚指輪よりも宝物だなんて言う女って、ますますヤバいんじゃねぇ?


 ーーーーでもきっと俺は、こんなにも強烈で、手に負えない女をずっと待ってたんだよな。



 愛由海。


 俺はこいつ、由紗を…絶対に危険な目に合わせないように、俺の命をかけて守ってみせる。


 ーーーーじゃあ、楽しみにしてるから、未来でな。



「あ。君藤先輩、今すごく優しい顔してますよ。めずらしく」

「…そう?まあ、お前の夢の相手と交信してたからかな。一方通行だけど」

「え。嫉妬顔じゃなくて、目尻が下がってましたけど?…でも、いい表情に変わりはないですけどね」


 愛くるしい顔を向けてくるもんだから、俺はドキッとして顔を反射的にそむけるも、すぐさまこいつの頭にすりすりと頭を擦りつける。


「愛しいって、こういうことですよねぇ〜♡」

「は?おい待て…。そのセリフ、今俺が言うタイミングなんだけど?」

「え?じゃあ意思疎通ってことで、私たち完璧な相思相愛ですね!」

「は?思考ズレてんな…」



 俺とこいつと、それから、俺らが未来で出会うーーーー大切なあいつ。


 短期間でこんなにも愛おしい存在にめぐり会えた奇跡。俺はこの奇跡的な出来事を、一生ニヤニヤしながら思い返すんじゃねぇかな。


 あと、こいつと未来でも一緒にいられる喜びという名の安心感。


 そのずっと欲しかった安心感をやっと手に入れた俺は、こいつをぎゅーっと抱きしめ、ハァ〜とため息をつく。そして。


いつまでも甘い余韻にひたる。



 まんまと堕ちたな…。俺。




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