prologue

 神原家の朝は静かだ。低血圧の家系で、叔父さんも直矢も朝はあまり口数がない。叔母さんだけが慌ただしく動き回りながら、忘れ物や身だしなみの確認を促す。新年度になったからといって何かが劇的に変わるわけもない。奈都は静かに家を出た。


 教室では、クラス替えに伴う人間関係の再構築が行われている。見覚えのない顔が何人か奈都に声をかけてくるが、二言三言でやり取りは途絶え、奈都は何の気兼ねもなく居眠りに集中することができた。


「変わらないな。何も」


 屋上でスカイツリーを望みながら、そうひとりごちる。快晴の空。空気が澄んで見晴らしがいい。こういう日は遥か彼方の東京をすぐ近くに感じる。奈都は欠伸を漏らした。満腹感と春の陽気にあてられて、また眠気が襲ってくる。瞬間、隅で話し込んでいる二人組と目が合った。自分がいては邪魔かもしれない。教室に戻ってもうひと眠りでもするか……そう思ったところでドアが開くのに気づいた。


 縦に長い少女が立っている。上背があるわけではないが、スリムな体型と、長い脚、高い位置でまとめられた髪型が実際以上に細長い印象を与えた。


「アキ……」奈都は咄嗟にそうつぶやいていた。少女が訝し気に眉を顰める。


「どこかで会いました?」明乃は言った。


「いや」奈都は言った。「知り合いに似てる気がして」


 そのとき、屋上に強い風が吹き抜けた。奈都は思わず、北側のビル群を見やった。ビル風。誰かがそう言っていた気がした。それが誰なのか、いまはもう思い出せない。


「お二人はお知り合いですか」屋上で話し込んでいた二人組の一方が話しかけてくる。重ためのショートボブに切れ長の目。お下がりだろうか、紺色のカーディガンが小柄な体をすっぽりと覆っている。


「いや、そうじゃなくて」


「じゃあ、今日から友達だね」二人組のもう一方がにっこりと微笑んだ。


 急すぎる展開に奈都はついていけない。しかし、なぜだろう。不思議と不快ではなかった。これから先、四人でずっと一緒の時間がはじまるような、そんな気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Lost in the Loop 戸松秋茄子 @Tomatsu_A_Tick

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ