第三話 出会いは雨の中

 資料室の一件以降灯はひとつの結論に達した。

(やっぱり、また“視える”ようになってる。)

 何故かはわからない。しかし、幼かったあの日から確かに怪異を視ることはなくなっていたはずだ。それが今になって何故…!あいつらが恐ろしいのは見た目だけではない。人にとりついたり、不幸にしたり、ましてや人を喰らうモノまでいる。視えている自分に対する執着も尋常ではない。

(とにかく、視えてない振りと、あいつらを晴子たちに近づけさせないことが先決。)

午後の授業のあいだ、そればかり考えていた。自分が傷つくのは慣れっこだ。だが、自分の回りが侵されるのは黙っていられない。しかし、自分にはそれを退ける術さえない。

「ごめんね、晴子、今日は用事があるから先に帰るね。」

もともと晴子は運動部に所属しているため、下校時は別なことが多い。部活がない月曜日さえ何とかしてしまえば幸い自分と行動する時間は校内以外ではあまりない。灯は雨の中、考え事をしながら早足で自宅へ向かっていた。そのため、目の前に迫っているモノに気づけなかった。

「あのー、つかぬことお伺いしますが、あなたは玖本灯さんですか?」

突然声をかけられたこと、名前をいきなり当てられたことに驚きつつも、無視するわけにもいかず、視線を声の主へ向けた。

「っ、キャアー!!」

目の前にいるソレは人の形をしていなかった。腕や足は不自然に折れ曲がり、赤黒い血がべっとりとついていた。首はねじれ、鼻は潰れ、目はただ黒々とした穴が2つ空いているだけだ。生きた人間のはずがない。

「やはり、見えているし、聞こえている。みんな私を無視するんです。どうか私を助けてください。その、体を、くださ」

バサッ

最後までソレの言葉を聞かず、傘を投げ捨て、走り出した。

(何で私の名前を知っているの!?あいつは一体なに?こわい、こわい!)

かつての恐怖に体を支配されるまま、ひたすら走る。駅とは反対の方向へ来てしまった。

ハッハッハッ、ハァッ、!

後ろを見るとソレがおってきている。訳もわからず曲がり角を曲がった。

ドンッ

「きゃあ!」「おっと!」

曲がり角で人とぶつかってしまったが、今はそんなことを気にしている暇はなかった。

「すみません、急いでるので!」

申し訳ないと思いつつ、顔も見ずに走り去ろうとしたが─

「えっ、」

とっさに腕を掴まれ、止まってしまった。

「あなた、どうして傘も差さずにそんなに急いでいるのです?何かに怯えているようですね?この近くに交番があります、送って差し上げましょうか?」

親切な申しでもこのときばかりは灯を焦らせるだけだった。

(早くしないと、追い付かれる…!)

すると、灯の何かから逃れようとするような視線を追い、その“人”はおもむろに彼女を追ってきたソレに顔を向けた。その視線はしっかりとソレをとらえていた。

(うそ、視えてる!)

そしてスッと目を細め、ソレに向かって片手を掲げ、

「去ね、お前はもう人ではない。」

あの時と、同じ感覚だ。目を開けられないような光と突風が巻き起こり、再び目を開くとソレは消えていた。この人は昼間のあの声と同じなのだろうか。

「っ、あ。」

緊張が一気にとけた脱力感で灯はその場に崩れ落ちそうになる、

「っと、大丈夫ですか?怖かったでしょう?あなたのような少女があれを見るなど、とても酷だ。」

灯の体を支え、さっきのモノを退けたその人が心配そうに彼女の瞳を覗き込んだ。

(助けてもらった、お礼を言わなくちゃ、でも何で見えたのだろう、この人。いろいろ聞きたいこと、が…)

雨音を微かに感じながら、急に押し寄せてきた疲労感に負け、灯は見知らぬ人の腕のなかで意識を手離した。

「おや、気を失われてしまいましたか。まあ無理もない。この子は相当厄介なことを抱え込んでいるようですね。しかも無意識に。」

そう、独り言をいうと、その“人”は灯を横抱きにし、雨の中、どこかへ消えていった。

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あやかし草子 @mayn

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