第二話 その目が再び開くとき
─なぜ、見たくもないものが“視えて”しまうのだろう。なぜみんなにはそれが“視え”ないのだろう。ねぇ、やめてよ、私は嘘なんてついてない!─
「っ!」
久しぶりに嫌な夢を見た。まだ4月半ばだと言うのに寝汗でびっしょりだ。午前5時30分。学校にいくまでにシャワーを浴びよう。
玖本灯(くもとあかり)、高校一年生。幼い頃から人には見えないものを見て、人には聞こえないものを聞く力があった。そのせいで回りからいじめられたり遠ざけられたりすることも多かった。その上、小学生の時に交通事故で両親を亡くした彼女はずっと可哀想な子として同情されてきた。しかし、そんな彼女に決して同情せず、厳しさと優しさを与えてくれた人たちがいた。灯の今の保護者である母方の伯母夫婦だ。灯は子供のいない彼女らに引き取られ、実の子のようにたくさんの愛情をもらった。彼女らのお陰で灯は平穏を取り戻した。
「灯ちゃんは人には見えないものが見えるのね?ごめんなさい、その苦しさは伯母さんにはわかってあげられない。でも自分で何とかしなくてもいい。まだ無理だと思ったら逃げればいいのよ。」
灯にしか見えないものに追いかけられ、傷だらけで帰ってきた灯の頭を撫でながら、伯母はこう言ってくれた。不思議とこの日から灯の目に怖いものは映らなくなった。
伯母夫婦は今年の春から伯父の仕事の都合でイギリスに移住した。灯は誘われたが、日本に残ることに決めた。慣れない独り暮らしは苦労が絶えないがそれを対価にしてもいいと思えるほど、大切なものがこの地にたくさんできているのも事実だった。
午前7時30分。シャワーを浴び、やっとなれてきた高校の制服に袖を通し、朝食を食べると家を出るのにちょうど良い時間になった。
「いってきます。」
返事が帰って来ないのはわかっているが、やはり癖で言ってしまう。
─雨だ、朝から鬱陶しい。─
そう思いつつ灯は傘を手にし、マンションを出た。灯の通う高校までは、駅までで徒歩で5分、そこから電車で3駅、さらに徒歩10分とあまり近いわけではないが、人通りも多く安全だ。
「おっはよ!灯ちゃん!」
教室に入ると真っ先に声をかけてるくれるこの子は木下晴子。人懐っこい性格で灯の高校で最初にできた友人だ。
「おはよう、晴子。」
感情表現が苦手な灯も彼女の前では自然に笑える。
「どーしたの、灯ちゃん。顔色よくないし、隈できてるよ?」
「うん、昨日はあまり眠れなくて。少し風邪気味なのもあるかな。でも大丈夫だから。ゴホッゴホッ!」
「そう?あまり無理しないでね?」
心配そうな顔をしながらも席に戻っていく晴子を眺めながら、灯はずっと昔に忘れたはずのうすら寒さを感じていた。
(体調はよくないけど、そうじゃない。なにかもっと他に嫌な感じがする。)
午前の授業が終わってもそれは無くならなかった。
─まだ、雨止まないな─
「晴子、先にお昼食べといて。先生に頼まれて資料室行ってるから。」
そう友人に伝え、校舎の三階の突き当たり、日の当たらない資料室へ向かう。
(まだ、入学して間もない生徒に資料準備とかさせる?教室の位置覚えきれてないのに。)少々不満はあるが頼まれたものは仕方がない。早く終わらせようと、ドアを開けようとした瞬間、あの不快感が押し寄せてきた。
「っ!」
開けてはいけない。直感的にそう感じた。頭痛、耳鳴り、身体中が警鐘をならしている。しかし、もう遅い。開け放たれた資料室のドアの奥に得体の知れないものがいる。薄暗い部屋で蠢く人の形をしたソレはゆっくりとこちらを振り向く。
…ニ、ンゲン…ワタシを…ミタ、ナ…
「ひっ、あ…ぁ」
ギラギラと不気味に光る赤い二つの目がこちらを見ている。あり得ない位置まで避けた口から漏れた声はくぐもっていて聞き取りづらいが、とても恐ろしかった。体が恐怖でその場に縫い付けられたかのように動かない。喉もひくついて声が出せない。
(どうしようどうしようどうしよう…!!)
忘れかけていた恐ろしいモノたちの記憶が一気に蘇る。ぎし、ぎし、とそれがゆっくりと近づいてきた。
(もうだめだ。)
どうしようもなくて、目をつぶったその時─
─去ね、下衆が─
鋭い声がしたかと思うと、目を開けられないほどの突風が吹き、次の瞬間にはあの不快感は消え、誰もいない資料室に戻ったいた。
(さっきのは何?)
ドサッ。恐怖と緊張がなくなった反動で灯は尻餅をつき、呆然としてしまった。
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