あやかし草子

第一話 その目に映るもの

しゃらん、しゃらん、

夏の夜の虫の声に混ざって、小気味よい鈴の音とぼんやりとした光が近づいて来る。旅装束をまとったその音の主たちはやがて縁側で涼む私の前まで来ると、

「お恵みください」

と言って両手を差し出した。

「灯(あかり)、」

─目を会わせては行けませんよ。触れてしまってもいけない。ただ、下を向いて、一杯の水と握り飯を渡しておあげなさい。そうでないとつれていかれてしまう─

耳に心地よく響く、その凛とした声に従い、私は旅人達の手に視線を落とし、先頭のものに水と握り飯を手渡した。

「感謝いたす。」

旅人達は静かにそう告げるとまた鈴の音と共に暗闇に消えていった。

「良くできましたね。あなたのことですから、また興味本意で手を伸ばすのではないかと内心少し心配していました。」

そう言った彼はもたれ掛かっていた縁側の柱から背中を離し、微笑みながら私の頭を優しく撫でた。私は照れくささとほんの少しの悔しさのせいでうつむき、

「子供扱いしないでください。それと、さっきの人たちはなんだったんですか?」

と話題を変えた。

「おや、これは失礼。ああ、あれはいく宛のないかわいそうな旅人達ですよ。灯、あなたもお盆に亡くなった方が帰ってこられるのは知っているでしょう?」

「はい、私も毎年両親や祖父母のお墓参りのためにこの田舎に帰ってきてますから。」

「あの人達はあなたのご家族のように自分の帰りを待ってくれる人や場所がない人ですよ。産声を上げることなく死んでいった赤子、誰かに殺され、死んだことすら回りに気づいてもらえなかった人、飼い主に先立たれた犬や猫。皆、自分の背負う悲しみや恨みが薄まってやがて生まれ変わりの順番が回って来るまでああして旅を繰り返すのです。」

困ったように微笑みながら、彼は遠くを見つめ、静かに語った。

「悲しいですね。」

自然と口から出た言葉だった。

「ええ、悲しくて寂しいものたちです。しかし、あの儚げな光に魅入られてはいけません。貴方はただでさえあちら側に強く惹かれる質です。本来、この世のものはあの世のものと交わるべきではない。」

そう諭すように私に告げるこの“人”に出会ったのは今からたった4ヶ月前、私が高校生になったばかりの頃だ。

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