第4話 おっさんたちの物語はこれからだ。

 ジルファは凱旋するおっさん三人の姿を呆然と眺めていた。


 町のあちこちで歓声と甲高い口笛が響き渡り、誰がいつ用意したのかわからない色とりどりの紙吹雪が舞っている。


 仲の国の大騒ぎに比べたらこじんまりとしているが、まぁ、それでもこんな小さな町ではすごい盛り上がりなのだろう。


 三人のおっさんたちの後ろからは、リアルタイムで解体される銀龍の四肢が次々に運ばれる。


 三人はただ単に龍を退治して町のメインストリートを戻って来ただけなのだが、龍の部位を荷台で運ぶ者たちが律儀に一列になっておっさんたちに追従するものだから、凱旋パレードにしか見えない。


「騒がしくてわりぃ。素材買い取ってくれないか」


 冒険者ギルドに戻ったジューンは、まるで余った薬草を買い取ってくれというようなノリで話し始めた。


「い、いや、ちょ………銀龍とか、こんな小さな町のギルドではとても買い取れな………買い取れません」


 ジルファが言い方を変えたのは、三人の戦いぶりを遠目で見たからだ。


 ジューンの大剣は一撃で銀龍の首を落とし、セイヤーの魔法は銀龍の体を解体可能なサイズにまでバラバラに分解し、コウガはたまたまこのディペンの町まで行商に訪れようとして龍の襲来に巻き込まれていた外の行商人たちを率いて、町の者たちが呆然としている中で解体ショーを行った。


 すべてが一瞬。


 魔法障壁や物理耐性がある銀龍が為す術もなく、いや、もしかしたら自分が死んだことにも気が付かないうちに狩り殺されていた。


「えー、買い取ってくれないと困るんだけど」


 コウガは頬を膨らます。


「だから40過ぎておっさんが、それ、やめれ」


 ジューンが呆れたようにコウガに釘を刺す。


「冒険者ギルドが買い取ってくれないなら、解体してくれた行商人たちに売るしか………「ちょっと待って!!」


 セイヤーの言葉をジルファは遮った。


 銀龍の部位は、血の一滴、鱗ひとかけら、すべてが莫大な利益になる。冒険者ギルドは同業者の自治営利団体でありボランティアではない。稼げる時に稼がないとギルド職員の名が廃るというものだ。


「相場価格で全て買取ります。ただ、今は手元に現金がないので二週間、いえ、一週間ください!」


「とりあえず今夜の宿代と飯代分くらいは欲しいんだが」


 セイヤーは束ねた髪を解きほぐしながら交渉する。


 こういう商取引はセイヤーが一番だとわかっているので、ジューンもコウガも口を挟まない。


「わかりました」


 ジルファはカウンターに幾つもの麻袋を並べた。


 それを見たセイヤーは二人のおっさんとコソコソ相談し、ひとつ咳払いした。


「私達は町の外壁修理代として、銀龍の部位売却費用を寄付する」


「…………はい?」


 ジルファは聞き間違えかと思い、セイヤーにもう一度同じことを言わせた。


「私達の報酬はこれだけで十分」


 麻袋を一つ手に取る。


「そもそもギルドの依頼書に書いてある討伐報酬は大銀貨500だったからな」


「い、いいんですか!? 本当にいいんですか!?」


「ギルドで全部せしめたりしないで、ちゃんと町の外壁修理に充ててくれよ?」


「も、もちろんです。私も住んでいる町のことですから! それより、あ、あの。他に要求はないのですか? あとから言われても困るのではっきりと申してください」


「私達がどれだけ強欲に見えているか知らないが、ない」


 セイヤーは顔をしかめた。


「本当ですね? あとから若い女をよこせとかも言わないですよね!?」


「言わない」


 セイヤーは憮然としている。


「俺達がほしいのは旨い酒と………」

「美味しい肴と………」

「安らかな寝床だけだ」


 三人は流れ作業のようにいつもの決め台詞を言った。実はちょっと練習しているのは秘密だ。


「あなた方は神の御使いなのですか!?」


「「「 は? 」」」


 おっさんたちは驚きの声を上げた。なんでバレたのか、と。


「だって、お金も女も要求せず、銀龍討伐というとんでもない偉業をたった三人であっという間に………あ、すいません! 報酬受け渡しの受領書作成のために冒険者章をご提示ください」


「あ………ああ、そ、そうだな。出すの忘れていた」


 バレてなかったことに安堵しつつ、ジューンは首に下げた認識票を引っ張り出した。


 冒険者ランクS。


 世界にたった三人しかいない、魔王討伐を成し遂げた勇者しか持たないその認識票を見てジルファは声と色を失い、石化したように硬直した。











「いいね、ああいう水戸黄門的展開」


 コウガは嬉しそうに、キンキンに冷やしてもらったエールを頭上に掲げた。


 勇者特性のおかげで尿酸値や尿路結石やプリン体を気にせず、たらふく酒が飲めるのは至福だ。


「うん。旨い。贅沢に天然の氷使って正解だったな」


 ジューンはエールのおかわりを頼みながら、喜色満面を隠しきれずにニマニマしている。


 冷凍庫のないこの世界で氷は貴重品だが、このディペンの町はこの本州最西端北部に近い上に、今は冬。さらに昔と違って気象条件が厳しいらしく、町の少し先には頂上が白く雪化粧された山もあった。


 なので「いける」と踏んだおっさんたちは「魔法で冷やすなんて無粋だ」とか言いながら、小さな幸せのために雪山を目指した。


 エールを美味しくするために山から「氷」を切り出したおっさんたちは、家一軒分の氷を酒場に預けてエールを冷やしてもらった。


「いいね、この浅漬け」


 ジューンはこの地方で取れるらしい白菜のような野菜を、酢、みりん、砂糖、あと謎の旨味成分で漬け込んだものに舌鼓を打っていた。


「日本酒が欲しくなるな」


 浅漬けを口にしたセイヤーも満足しているようだが、ここは日本の遥か未来の地なのだから、日本酒があってもいいと思っている。


「店主さん、他にいいお酒、あるー?」


 コウガが言うと、酒場の店主は「もちろんでっさー!」と張り切りだした。


「!? 半径100キロ圏内にクシャナの反応が」


 セイヤーが眉を寄せる。


「マジか!? こんなところにまで来たのか!」


 ジューンがガタッと立ち上がる。


「一人見つけたら他のもいると思わなきゃ……」


 まるでゴキブリのような扱いをしつつコウガも立ち上がる。


 おっさんたちは酒を振る舞った町の人達に挨拶しながら、酒場を飛び出した。


「行くか」

「そうだな」

「僕たちの冒険はこれからだ!」











 三人のおっさん勇者が小さな幸せのために日々適当に冒険する物語。


 ~完~
















 -----------

 作者:注


 ここまで私の「優しい世界のおっさんの物語が読みたいから自分で書いてしまえ」にお付き合いいただきまして、ありがとうございました。


 いろいろ矛盾点とか雑な伏線とかありそうですが、深く考えないで書いたので、なんか本当にすいません。


 この先も書こうと思えばいろいろと書けますし、他のキャラクターによる阿伝外伝もいけますが、ちょっと書いてみたくなった物語があるので、そちらに手を付けたいとおもいます。


 最後に


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三人のおっさん勇者が小さな幸せのために日々適当に冒険する物語。 紅蓮士 @arahawi

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