第3話 おっさんたちは冒険者である。

 ここはおそらく本州だと思われる。


 あんなに広大な世界だと思っていた場所が、実は九州………この世界にとってはほんの小さな「島」でしかなかった。


 おっさんたちはそこで得た地位や名誉を捨て、違う世界にやってきた。


 そして最初に立ち寄ったのがディペンの町。


 そこでおっさんたちは自分たちが無一文に近いことを知る。


 なんせ九州とでは通貨貨幣は違う上に、金銀の含有量を判別する方法が雑すぎて貨幣交換もままならないのだ。


「日銭を稼ぐしかない」


 ということで、まずは冒険者ギルドに立ち寄った。


 九州の冒険者ギルドとも魔道具によって連携されているので、仕組みはほとんど同じだが、おっさんたちの顔を知る者はいない。


 受付嬢の前に立つ。


「初めまして。冒険者ギルドのジルファです。ご用件をどうぞ」


「ありがとう。いい依頼を斡旋してくれないか」


 ジューンが言うと、受付嬢のジルファは「はぁ?」と眉を上げた。


「なんですか唐突に。あなた方みたいなおっさんに出せる依頼なんてないですよ」


 今は便利屋組合もあるので草むしりのような簡単な仕事はそっちに回る。冒険者への依頼は荒事が基本だが、若くて元気で力のあるものにしか依頼は回せない。依頼失敗はギルドにとっても不名誉なのだ。


「「「 おっさんって言うな 」」」


 雁首揃えたおっさん勇者たちは、憮然とした口調で声を揃えた。


 確かにおっさんだしそういう自覚もあるが、初対面の女に面と向かって言われるとむかっ腹が立つのだ。


「うわ………おっさんが声ハモらせるとか、キモいからやめてくれ」


 ジューンは心底嫌そうな顔を他の二人に向ける。


「今、自分でおっさんだと自称したからな、お前」


 セイヤーは、冷ややかに言い返す。


「てか、このおっさん二人と一緒にしないでくれないかなぁ。傷つくわ」


 この三人の中では一番若いと自称しているコウガは、わざとらしく頬を膨らませながら言う。


「うわ、いい年してその表情。ホントにキメェぞ」


 ジューンは所謂「ぶりっ子」のようなアピールをするコウガの仕草に鳥肌を立て、ざわざわしている腕の表面を差し出してみせる。


「そのとおりだ。自分が老けたガキみたいなキモい顔だって自覚しろ、コウガ」


 セイヤーは歯に衣を着せず、どストレートに言い放つ。


「なんでも言い合える仲良しと、悪口言い合うクソオヤジは毛色が全然違うってわからせてやろうか」


 二人から責められ、コウガも少しいきり立つ。


 そんな三人のやり取りを前にして、受付嬢ジルファは一瞥もくれず手元の書類を淡々と処理する。冒険者のいざこざなど日常茶飯事だ。この程度なんてことはない。


「ちょっとジルファちゃん。おっさん呼ばわりした後に無視は良くないよ、無視は。おじさんたちは傷つきやすいガラスの40代だからね?」


 コウガは小柄な体を大きく見せるように、カウンターに身を乗り出す。


「……他に冒険者がいないので今はいいんですが、ぶっちゃけ仕事の邪魔なんであっち行ってくれます? おっさんたち」


 ジルファは淡々と言い放った。もちろん言いながらも書類に視線を這わせていて、三人のおっさんには一瞥もくれていない。


「いやいや。いい仕事あったら回して♡ って、お願いしてるわけじゃない? 冒険者ギルド職員としては斡旋すべきじゃない?」


 コウガは一歩も引かない。


 こういう時の交渉役はパリピでコミュ力の高いコウガと決めてはいるが、どうもうまくいっていないように見える。


「仕事は自分でチョイスしてください。大体、今日町に来たばかりの新参冒険者が馴れ馴れしいんですよ。これだからおっさんは!」


 ジルファは嫌味も垂れながら羽ペンをクイッと動かして、ギルドの壁にあるコルクボードを指し示した。


「はぁ。おっさんに世間の風は冷たいねぇ」


 コウガがチャラけている間、ジューンはこのやり取りに飽きたのか依頼書が乱雑に貼り付けられたコルクボードを見回しているし、セイヤーは長椅子に腰掛けて腕組みし、目を閉じている。


 いくつかの依頼書を見て、どれにしようかと思案しているのだ。


 そしてカッと目を開けて……それまでに思案していた案件とは違うものを見つけた。


「お。これなんかどうだ」


 ジューンは依頼書の一つをコルクボードから引き剥がす。


 おっさんたちは怠そうに集まると、安っぽい羊皮紙に書かれた内容をざっと見た。


「銀龍退治?」


 その声に、受付嬢のジルファはビクッと体を跳ね上げた。


「何をしてるんですか、あなたたち」


 ジルファはカウンター越しに立ち上がり、羊皮紙を覗き込むおっさんたちを睨みつけた。


 その依頼書はコルクボードの上に方に貼ってあったもので、どう見ても『普通に受けてはいけない雰囲気』を醸していたはずのものだ。


「大銀貨500の大仕事を見てるけど?」


 コウガが揶揄するように言うと、ジルファはこめかみに血管を浮かべた。


「それは300人規模の複数パーティ向けの依頼で、全体で大銀貨500です! そもそもあなた方は参加条件を満たしていないので、それは元の場所に返してください」


「参加条件?」


 三人は再び羊皮紙を見る。


 冒険者ランクD以上必須。C以上優遇。前衛職歓迎。竜殺し経験者は好待遇。


『ぷっ……ランクDって余裕じゃないか』

『しかし私達は弱体化されているんだぞ。今の力で行けるのかどうか……』

『竜殺しかぁ。聖竜リィンとか一度殺しとけばよかったかな』


 物騒なことを言ってる。


「なんだ。俺達は条件クリアしてるぜ?」


 ジューンが言うとジルファは「はぁ!?」と眉を寄せた。


「あなた、私がちょっと美人な小娘だと思って舐めてます?」


「あ、え。うん、美人……自分で言うか、それ」


 ジューンはジルファの噛みつき方にキョドった。九州では見たことがないパターンの受付嬢だ。


「大体、その装備とか村の番兵のほうがよっぽど良い物持ってますよ! あなたたちはランクGでしょ!? 長いこと受付やってるんですからそれくらい見ればわかります! 舐めないでください!」


「やれやれ。またこのパターンか」


 ジューンとジルファのやり取りを聞いていたセイヤーは、低く通る声ですべてを諦めたように言いつつ、長くまっすぐな黒髪を面倒くさそうに掻き上げた。


 ここに来るまでの間、おっさんたちは小さな村に何回も立ち寄っているが、どこにいっても「ヘボ冒険者だろ」と扱われてきたのだ。


 それはちゃんと武装していなかったからだが、あの派手で重たい武装を常時身につけているのは、弱体化されたおっさんたちにとって「少しばかり辛い」ので、亜空間に収納してあるのだ。


「見た目で人を判断するとろくな目に合わないぞ、嬢ちゃん」


 セイヤーは羊皮紙をカウンターに置いた。叩きつけるような粗雑な真似はしなかったが、言葉の使い方と雰囲気の冷たさから「このおっさんが一番危険だ」とジルファは直感した。


「まぁまぁ。とにかくそれ、狩ってくりゃいいんだろ? 僕たち三人でやればここにある報酬………大銀貨500、全部くれるんだよね?」


 コウガが冷たくなった空気を元に戻そうと明るめに言うと、ジルファは鼻で笑った。


「弱っちぃおっさんたちが調子に乗って龍を刺激すると後々面倒なので、近寄らないでください。それに、もう討伐隊は一週間前に出発してますから今更です。その依頼書は第一陣が討伐できなかった時の第二陣募集であって………」


 ジルファの声を遮るようにサイレンが鳴り響いた。窓の外を見ると、町の人々が慌ただしく移動していくのが見える。


「ああん? なんだぁ?」


 ジューンは面倒くさそうに太い眉に指を這わせた。受付嬢とのやり取りで少し眉毛が逆立ったのを撫で付け抑えたのだ。


「外の声からすると、その銀龍討伐に失敗して龍が町に報復に来ているそうだ」


 魔法で聴覚を若干上げて外の会話を拾い聴きしたセイヤーは、腰まである長いストレートの髪を束ね始めた。


「ふ~ん。来たのか。じゃ、行く手間省けたな」


 最期に童顔のおっさん、コウガが拳を鳴らす。


「ちょっと、あなた達……」


 ジルファが銀龍襲来に青ざめながら声をかけた時、村人と大差ない軽装だった三人の体が薄く輝きを放った。


 ジューンには真紅のフルプレートメイル。ただ、背中にぶら下げているのは抜き身の大剣は【吸収剣ドレインブレイド】ではない。


 あれは破壊神に叩き折られてしまったので、代用品として妖精女王に作ってもらった「新しい大剣」だ。もちろん吸収剣ドレインブレイドのようなこの世のことわりを乱すような品ではないが、そのあたりにあるような濫造品ではない。


 セイヤーの体を包み込んだ純白の魔法衣は純白の魔法衣ディレの風から自己進化した「君主の聖衣」だし、手にしている長い杖はオリハルコンの杖リンガーミンの宝珠。どれも国宝級の伝説アイテムだ。


 そんな二人と違い、コウガはただ金色に塗られただけの軽鎧と二本のショートソードを手にしている。本物の勇者専用金鎧は入手できず、剣聖に貰ったオリハルコンのショートソードはサイコパスな英雄と共に時間の止まる牢獄の中だ。


「いつ見ても金とか派手すぎじゃねぇか? 年考えろよコウガ」


「いい年して真っ赤な鎧着込んでるお前に言われたかないよジューン」


「どちらも年を考えろ」


「「 真っ白とかだっせぇんだよ!! 」」


 いつもの掛け合い。悪意も敵意もないただの挨拶みたいな会話だ。


 突然見たこともない上等な装備をまとったおっさんたちを見て、ジルファは声を失ったままだ。


『い、いま何をしたの? どこから装備品を取り出したの!? ま、まさかアイテムボックスの魔法持ちだと言うの!? それにこの装備、どれもこれも国宝級、いえ、伝説級か神話級の代物に違いない………普通じゃないわよ!』


 そんなジルファを尻目に、気だるそうなおっさんたちはギルドの外に出た。


「ち、ちょっと………」


「あぁ。そうだ。言い忘れてた」


 ジューンはジルファに向き直って親指を立てた。


「僕たち、ランクの高いおっさんだから心配しなくていいぜ」


「そうだ。コウガはおっさんランクが高い」


「いや、違うから。セイヤーと一緒にすんなよ」


 三人は実に緊張感なくギルドから出ていった。


「大体さ。おっさんと呼ばれるほどおっさんでもないと思うんだよな、僕」


 コウガは憮然としながら、町の外壁を越えてこようとする銀龍を睨みつけ、拳を鳴らした。


 あの程度の魔物、ジューンとセイヤーなら余裕で倒せるだろう。武力のないコウガの役割は、その他の幸運を引き当てることにある。


「いや、40代ならおっさんと言われて当然だろ」


 ジューンは自分の眉を撫でる。


「下手したら20歳の子供がいてもおかしくないわけだからな」


 セイヤーは長い髪を結んだ紐を、さらに固く縛った。


「ああやだやだ。あ、けど、こっちの世界に来て良かったことが一つあるわ」


 コウガはぴょんぴょんとジャンプして準備運動を続けながら言う。


「体がいい感じ。前までちょっと近くのものが見えにくくなったり、少し走っただけで息切れするわ翌々日に筋肉痛になるわ、視界の中にごみがあるような異物感があったりしたんだけどさ。ここに呼ばれたらそういうやつ、ないんだよね。肉体年齢的には若返ってんじゃないかって思うよ」


「あー、わかる。尿のキレも良くなった。前は鼻毛に白髪混じってたけど、今はない」


 コウガの言葉にジューンも同調しつつ、大剣を構える。


「会話の内容がおっさんを越えてご老体みたいだぞ────とにかく、さっさと終わらせて晩酌と洒落込もう」


 セイヤーは杖を掲げた。


「晩酌いいね! 小さな幸せで満足できるのがおっさんの特権だ!」


「今の僕達は尿酸値を気にしなくていい!」


 ジューンとコウガも意気揚々と剣を掲げる。


 おっさん勇者たちは町の外壁を突き崩し、吠えながら侵入してきた巨大なドラゴンめがけて走った。

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