第2話 おっさんたちがいなくなって。

「ざっけんなあああああああああああ!!」


 魔術師クシャナ、魔族エリゴス、女巨人テミス。エーヴァ王女、侍女エカテリーナ、ダークエルフのヒルデ。エフェメラの魔女ツーフォー、ブラックドラゴンのジル、猫頭人身族ネコタウロスのミュシャ……おっさん勇者たちの側近中の側近とも言える女傑たち。それに加えて妖精たちや様々な女たちが、創造神たるデッドエンド氏に掴みかかり、首の骨が折れんばかりに振り回す。


 仲の国の白薔薇の君ティルダ王女黒百合の君アントニーナ王女は「勇者失踪の報」を聞くや否や、彼らが知るこの世界……おっさんたちが知る九州地方の全国家・全種族に対して、勇者捜索の勅を出した。


 そんな命令を下し、誰もそれに逆らわないほどに仲の国はこの地の中心的国家になっているのだ。


「逃がすもんですかああああああ!!」


 クシャナが叫び、女たちが同意する。


「ティターン十二柱の旧神たちよ! 私の夫たるジューンを探せ!」


 テミスが叫び、その弟神である蜘蛛王コイオスが「えー」と嫌そうな顔をする。


「てめぇ、いろいろと黒歴史を親戚一同ティターン族にバラされたくなかったら言う通りやれ」


「うぐ………」


 テミスの横暴にコイオスは従うしかなかった。


 このコイオスの冒険譚は、後に「自己愛蜘蛛神ナルシスパイダーの憂鬱」として長く愛される歌劇となる。






 天才魔術師のクシャナが率いていたリンド王朝王立魔法局の魔術師達は、腐敗が横行するリンド王朝から離反し、仲の国に所属。これによってかつての三大国家……いまの五大国家でリンド王朝は影を薄め、数十年後は別の国名になった。


 勇者たちを敵視することによって三大国家の掌握を図ろうとしたヒース王子はもっと悲惨である。


「おいバカ王子。のどが渇いた」


 人の姿として顕現した破壊神……破壊の女神はヒースを奴隷のように扱い、人としての暮らしを楽しんでいた。


「生産性ゼロのタダ飯喰らい……」


「破壊神が生産してどうする」


 家政婦のような真似をさせられることにヒース王子は納得行かなかったが、すでに彼はリンド王朝の王子ではなくなっている。


 いろいろな騒動の責任を取らされて廃嫡。そして王朝から追い出されて今は仲の国の端っこにある元勇者の館に住んでいる。


 ここには優秀なメイドや執事がいて、ふらっと旅に出てしまった主の帰りを持ちながら館を維持することに努めている。


 ヒース王子と破壊の女神はその館の「居候」として部屋を与えられているに過ぎない。


 メイド長は女魔族のエリゴス。デル・ジ・ベットやソフト・バーレイなどの元暗部スパイたちが使用人として仕え、路地裏の子どもたちも随分と様になってきた。


 なぜか空き時間に暗殺術まで習っているが、それを「なにやってんの!?」とツッコミいれて止める者がいないので仕方ない。


 この館にはたまに仲の国の国教であるダールマ教のアイドル「ダールマ7」の美女たちが遊びに来るので、門の前には追っかけのファンがいたりする。


 それを殺さないように蹴散らして追い返すのが目下「居候」である破壊神の仕事であり、その破壊神の下僕として務めるのがヒース王子の役目だ。


 ちなみにダールマ教祖であるダークエルフのヒルデは、当然のようにセイヤーを追いかけて旅に出てしまった。


 館の警備は仲の国の優秀な騎士団が持ち回ることになっているが、この館には美男美女が集まっているので、ここに務めたいがために騎士になる者も多い。


 だが、騎士団の代表者たる田口美澪ビッチ空城譲介ヤンキーたる「英雄」たちのお眼鏡に適わないと、入隊試験すら受けさせてもらえない。この国の騎士団には階級による差別区別はないのだ。


 そんな仲の国をまとめあげる白薔薇の君ティルダと黒百合の君アントニーナは「いつ結婚するのか」と民が不安になるほどだが、彼女たちは「勇者と同じくらい良い男連れてこいや。むしろ勇者捕まえて連れてこいや」と返すばかりだ。






 ディレ帝国も平和だ。


 元宰相にして現在女帝となったデー・ランジェの采配と、エーヴァ商会による進歩的な生活様式は、仲の国に次ぐ発展を遂げている。


 ただ、セイヤーがいないので「アイデアマン」がいない。そのため、新しい商品が生まれていない。


 セイヤーの身近にいたので誰よりもアイデアが出せていたエーヴァ王女や侍女のエカテリーナは、セイヤーを探す旅に出てしまったので、新商品開発はかなり遅延しているが、だからといって焦っているわけではない。


 すでにこの世界の文化水準を遥かに超えた文明的商品や様々なライフラインを揃えているので、その維持と量産がエーヴァ商会のすべてだ。


 デー・ランジェ女帝の側近たる虹色騎士団は、破壊神討伐戦での働きを認められ、国を超えて「魔物討伐」をする越境権を持つ騎士団となった。


 彼らは虹色騎士団の証である「破邪の剣」を持ち、冒険者やと共に、人々の生活を脅かす外敵を倒すヒーローとなった。






 次に、アップレチ王国。


 善王エドワードは自身に内包している妖魔と友好的な関係にあり、王国騎士団団長シルベスタ伯爵やドMの双子美女騎士レスリー&リンダにも支えられながら、これまでの悪政を払拭させた。


 ちなみに王国の中では、レスリーとリンダのどちらがエドワード王を落とせるのかという大いなる賭けが流行っているらしい。


 エドワード王は勇者召喚時に虐殺したエフェメラの魔女たちの慰霊碑を建てた。


 唯一生き残り、勇者の従者としても活躍したツーフォーには国家魔術師として高い爵位も与えようとしたが「そんなことよりコウガちゃん!!」と言い残し、猫頭人身族ネコタウロスのミュシャやブラックドラゴンのジルと旅に出てしまった。


 またエドワードは、冒険者ギルド総支配人ゲイリーのせいで闇ギルドとつながり、内部腐敗を招いて弱体化した冒険者ギルドの立て直しに財を投入した。


 冒険者ギルドはワルドナの護符を所持するハンス氏が新たな総支配人となり、その妻である元冒険者の【柔らかなエリール】が冒険者ギルドの支援組織である「便利屋ギルド」を設立した。


 冒険者ギルドはランクAの【漣のグウィネス】や【勇殺者ブレイブキラーのミウ】やその娘のエリーゼの協力もあり、全盛期の手前まで組織を建て直されつつある。


 それでも後を絶たない横暴な冒険者や罪人は、ランクB冒険者の【微笑みのリサ】が管理している永久監獄に送られるシステムも出来ている。最重要犯罪者はリサ自らが「時を止めた」監獄に送り込むようにもなっているので「そうなってはたまんねぇ」と犯罪率は減っている。


 半魔族にして天位の剣聖ガーベルドとその妻となったシルビアは、騎士業を引退。子宝にも恵まれたがやはり半魔族というのは人の国では暮らしにくいので、仲の国に移住した。







 ジャファリ新皇国。


 皇帝クリストファーの善政で魔族は「人とは積極的には関わらないが共存する」という今までの意識を取り戻した。


 イーサビットはジャファリ新皇国の初代「大統領」となり、この地において初めての民主政治が敷かれた。


 まさか人の国ではなく魔族の国が民主主義になろうとは、勇者のおっさんたちも予想していなかっただろう。


 皇帝はこれによって「象徴」という立場になり、クリストファーは「やっと重責から開放された」とほくそ笑んだ。






「月夜の子猫」商隊のリリイとエレドアは、この地すべてを網羅する宅配サービスを順調に進め、エーヴァ商会やミノーグ商会との業務提携によって人々の暮らしを支えている。


 特に彼女たちは「勇者たちの行方を探す」というのを業務目標にしているフシがあり、勇者が見つかったら側近の女たちを出し抜いて結婚する!というリリイとエレドアだけの企みもあるらしい。


 カイリーの町から仲の国に移住した元スケルトンのクラーラは、リザリアン族の若き戦士トトと種族を超えた結婚を成立させたが、まだ子宝には恵まれていないらしい。


 むしろ生物的に無理ではないかと誰もが言っているのだが「勇者様の力があればどうにかできるはず!」と彼らの帰還をワクテカしているらしい。






 聖竜リィン率いる「十色ドラゴン」の各種族は、仲の国において人類との和平を成立させた。


 お互いに生命体としての生存領域がかけ離れているために「不干渉」であること、お互いに危機迫るときは「共闘」すること。そしてもしも人類が救いを求めるときは聖竜リィンに「願う」ことが定められた。


 かといって、ひょいひょい会えるところにリィンはいない。


 二度と次元回廊が開かないように管理者の小人たちと共に「禁断の地」にいる。会いに行くにはかなりの労力が必要とされる場所だ。


 ひょいひょい会えないと言えば、妖精界もそうだ。


 妖精界は人の世界と存在する空間が違うためだが、それでも妖精女王ティターニア率いるアッシュヘッドとヴィルフィンチ、ラプンツェルおばさん一家だけは、仲の国の女王たちと仲良くしているらしい。


 そのかわり、ひょいひょい会えてしまう怪異的存在がいる。


 とあるダンジョン最下層の主、不死王デッドエンドオーバーロード首なし騎士デュラハンだ。


 最下層の最奥にある主の玄室は、そこを目指す冒険者たちにとって「憩いの場」だ。


 道具屋の娘ゾフィーと首なし騎士デュラハンにイチャコラされながら、キノコ栽培している不死王デッドエンドオーバーロードに差し入れをするのがダンジョンに赴く冒険者たちの通例となっている。


 彼は彼で、ダンジョンで死にかけてしまった冒険者たちを程よく助けたりして、このダンジョンは冒険者たちの修練場として機能している。






 破壊神との戦いのために封印を解かれた旧神ティターン十二神の面々は、久しぶりの世界を満喫しているらしく、人の身になって自由に生活している。


 中には「面白そうだから他の大陸を見てみるか」とおっさんたちの後を追う旧神もいて、その者達によっていろんな出来事が起きるのだが、それもまた、違う話として語り継がれるだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る