第8戦 土下座謝罪!
「すいっませんでしたああああああ」
俺は館の評定を行う一室で、朝方に村上華ちゃんにしたような悲しい小動物のような目を向けていた。
反乱軍との交渉はひとまず終わった。その後は館に戻って晴義さんにことの顛末を報告しなければならなかったのだが、予想以上に疲れていたのか、りんなちゃんの後ろに乗ったまま眠ってしまったのだった……。
起こしても起こしても目を覚まさず、密かに薬を盛られてしまったのではないか、とさえ言われてしまっていたらしい。
城の一室、武者溜という場所にやや乱雑に寝かされていたが、昼過ぎになってからようやく目が覚めた。りんなちゃんは、屋敷に戻っているみたいだった。ちなみに晴義さんは、あれからほぼ寝ていないのだという。そして今、晴義さんに向かって焼き土下座をしているということになる。
「まあ、まずは無事で何より。寝てしまうのも致し方ない」
「いやまあ、その。やはりですね。向こうの世界にいた時は、授業中に睡眠をといいますかね……。だから夜更かしして、その、ここに来た時には寝不足の状態であったと。こういう事情でして」
「いや、全くわからんけど」
少々、困ったというような表情はしているが、悪意があったりしびれを切らしているということはない。
「まあそもそも。勝手に連れてきて、勝手に派遣してしまったんだから。それは大変すまないことをした。して……」
「はい?」
俺は直観的に嫌な気がした。何やら寒気がする。この様に、素は優しくて誰からも好かれている人がする布袋様の見せる笑みはどこかに、怒りを隠している証左である。俺はそれを学生生活で嫌というほど学んでいる。そして何よりも、それが何なのかを理解している。
「いやな? 軍師の交渉してまとめてくれた内容を見たわけですなあ」
「え、それは……」
「なあに。眠っている間に、りんなと実春からもう話は聞いている」
「あ、いや……」
「確かに農民を飢えさせてはならない。しかし、だ。全ての領内に年貢を半減するとはわしらが飢えてしまう」
「はい」
「それに。戦傷兵の手当てについても、だ。これも具体的な内容が決まっておらん。金銭なのか、物資なのか。にも拘わらず、このような約定をしてしまうとは」
「め、面目ないです……。財政状況とかもよくわからないまま」
「父様!」
勢いよく戸が開かれた。この一室には眩しい太陽の光がどっと射してきた。その光は、学校で授業中に何気なく見た校庭から見えていたそれと何ら変わりのない黄金色をしていた。それと、このような状況が相まって、どこか悲しい気持ちになった。やれることはないかと尽力したにも拘わらず、このように言われる結果となってしまった。仮にこの家が破たんしてしまったのであれば、それは自分の責任になるかもしれない。
好きでこの世界にきたわけではない。しかしそれを呪えるほどにこの人たちを責めることも、不思議と出来なかった。
その声の主は、巴ちゃんだった。
「父様は無責任です!」
「下がりなさい」
晴義さんは、頭をかきながら髭をいじってから娘を一瞥した。
「いいえ、言わせてもらいます! これが初めての交渉事だったわけですよね? 父様は、あの時に農民への負担は軽くして構わない旨を話していたということじゃないですか。ならば、具体的な数字を提示すべきでした」
「ああ、そうなんじゃよ」
「え?」
俺も巴ちゃんも声を挙げた。まさか、そのような答えが返ってくるとは思わなかった。てっきり、それくらい考えろ! とかなんとか言うのかと想定していたから。
「だからすまないと思う。まあ、今季限りという条件でいくことにする。それ以降も年貢の負担を何らかしらで減らしていけるようにする。もちろん、何でもかんでも減らしていいという訳ではないからな」
「そ、そんなこと……俺の方も、勝手なことを言っちゃったんで」
「よいよい。巴も、そんな心配せんでいい。でも、交渉の何たるかを分かったんじゃないか?お互いに譲れない一線がある。それを上手く押したり引いたりする。今回は向こうにかなり手綱を渡してしまったがな」
豪快に笑い、膝を手で叩く。もし源治さんがいたら、一緒に嗤ってくれるだろうか。それは分からない。
「そして二つ目。巴も、隣に座って話を聞きなさい」
「はい」
隣に座る巴ちゃんの髪のにおいは、甘かった。シャンプーなどがない時代に、よほど苦労しているのではないかと思ったが、その長く伸ばしたいかにもお姫様と形容出来る姿はとにかく美しかった。わざわざ、ここに来てくれたのもどこかで俺が起きてここに呼ばれていることを聞きつけたからだろう。そういう優しさが、この世界ではまたとない喜びだ。
「戦傷兵に関するものも、ある程度の金銭を渡すことにした。本当に財政が立ち行かなくなってしまうかもしれんな。だがまあ、今は貿易がうまくいっとるでな。金山の発掘も良く、
「運上……ですか。そんなにうまくいっているんですね」
巴ちゃんも同乗する。
「その、神社がどう関係あるのでしょう?」
「そうか。話しておらなんだな」
ふうむ、と言いながら咳ばらいをして話し始めた。
「昨年な。それまでは自治都市の体裁をとっておった久近神社の一帯を抑えることに成功してのう。そこの神社は、所謂油座という油の専売をしている座の保護も行ってきた。しかし近頃は、その周辺も敵に荒らされることがあってのう。我が国が取り込んだのよ」
「そうすると、その油の専売はどうなるんですか?」
「当然、わしらが保護する形となった。また祭も月に6回も行われている。交通の要所でもあってな、近くには港もあって貿易にも都合がいい」
「それで利益が?」
「うむ。昨年から上々じゃ。だから、それくらいはどうともなる。元からこの武田は神官系の家でもあったからの。向こうも面目が立ったといえるじゃろうし」
「なら、二つ目の件も……」
「ああ、具体的な数字は追って話をするが、一先ずは良い」
「ありがとうございます!」
思わず土下座をしてお礼を言った。
一番怖かったことは、この交渉条件では無理だという話になって決裂するということだ。そうなれば、あの子と刃を交える結果になったし、りんなちゃんにも申し訳が立たない。
「それで三つ目の件は……」
「そうじゃな。優秀な人材を、ということか。よし、それは何か良い策を講じて見せい」
「えええ! どういうことですか!」
「村々で良い人材がいれば、登用するのじゃろ? ただどういう人材が良いのかわからぬ。それを探る術を考えよ。これは内政にも通じることじゃ。なあに、良い人材登用案があるかということじゃ」
「か、考えておきます」
「よし。では、改めてその内容で話をわしとまとめたと、伝えていくのじゃ」
「へ?」
「当たり前じゃろうて。茂木村へ行って、わしの書を持って行けばよい」
「は、はい。わかりました」
「また休んでから行くとよい」
巴ちゃんも、良かったと手を握ってくれた。
しかし、本当によかったのであろうか。晴義さんからもらった書は、既にびっしりと書き込まれているようであった。ということは、内容を知ってからすぐにこの条件を呑んでこれをしたためたということだ。そこには葛藤もあったのかもしれない。収入源はあると言ってくれたが、その優しさに唇をかみしめた。でも、今は喜ばなければならない。それがきっと恩返しなのだから。
「いよすぃ!」
「ど、どうしたんですか?」
巴ちゃんは、目をまん丸にして見上げた。
気づいたら俺は立ち上がっていた。
「すぐにでも行ってきます!」
「ま、まちんさい!」
「止めないでください! 期待に応えなきゃならないんで!」
「違う!」
「なんですか!」
「う、馬に乗れんじゃろ……。手配するまで待っておれ」
「あ……」
まずは期待に応えられるように、乗馬から始めた方が良いかもしれない。
巴ちゃんや晴義さん、近くの兵士も笑みを浮かべていた。陽の光は、どこまでも伸びているようだった。
異世界軍師!~おのれの口先と策略だけで生き延びろ!~ 夜川 太郎 @oguricap7
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