第7戦 それよりも話し合おう!

 常用寺は高僧がこの地域に来た際に、住民たちと井戸を掘ることに成功したということを仏さまの力だと信じて建立させたものらしい。その様な奇跡の寺だというのであれば、ここでまた一発逆転をするレベルの事態が起こったって良いじゃないか!


「こちらには……提案があります」

「ほう」


 村上華と名乗る、反乱軍の首領は言葉も少ない。鎧を着てはいるが、そのなりはみすぼらしさも感じてしまう。恐らくは贅沢な暮らしはしていないということが容易に見て取れる。寺の堂は、暗闇に包まれていた。常用寺油座でのみ専売されている菜種によってともされた灯の光が常夜灯の役目を果たしている。ともすれば、この地域の人々の光こそが、まさにこうした特産品だったのだろう。


「茂木村一帯の地侍衆は、それは強いです。また、私たちは戦うという意志は示していません」

「そうだな。だが、故に村は困窮した。戦に駆り出されれば、最前線に送られた。傷つけば佃はどうなる? 誰が耕すのだ。小さい子供や母が働いている。こうした状況の割には戦況は変わっていないではないか」

「だからといって反乱を起こす方が辛くはないですか」

「構わない。玉砕する覚悟だ」


 その眼には、よほどの強さが見られた。が、眉はどこか弱気なハの字をしていた。そこを見逃すはずがなかった。


「本当にその覚悟がありますか」

「な、なにを言う!」


 そんな訳ない。この村上華という男勝りな美少女も、隠し事は出来ない。本心は顔によく出ているのだ。そこを突いていけば、良いのかもしれない!


「本当にその覚悟がおありならば、もう既にこの村を攻めているのではありませんか? それにこの苅谷村には防備の村人があまりに少ないんです。もしかしたら、この村には攻めにはいかないということを事前に通達していたとか」

「な、なにを言うか。知った口を聞きおって」


 やはり、それに近いことを考えていたに違いはない。そうでなければ、この村へ攻め込み、ブン盗りだって許していたにきまっている。しかし、反乱軍は反乱の事実を通告したに過ぎず、彼らが暴れている場所も自分たちの領内でしかない。これは本来であればおかしな話だ。そうなれば、怖いものはない! 

 なにか不思議な力が湧いてくるようだ! もしかしたら、世界の偉人達も、こんな気持ちを胸に抱いていたのかもしれない。


「華さん。ならば、こうしましょう」

「ん? なんだ? 取引という訳か?」

「取引というと、少し語弊があるかもしれません。しかし、こちらにはあなた方とこれからも共にしていきたいという明確な意志があります」


 こうでも言わなければ、なんともならない。

 りんなちゃんも、こちらに近しいあろう村の人たちも、みんなこの襖の外にいる。堂の中には二人しかいないのだから、もし下手なことを言ってその気にさせてしまったら斬られるのは自分だ。


「その意志とやらを聞かせてもらおうか」

「はい。今年の年貢を予定の半分に減らそうと考えています」

「ほう? それはまたどういう」

「いえ、それには理由があります」

「どういう了見か、ぜひ聞かせて貰おう」

 華ちゃんはは人差し指を顎にちょん、と乗せた。これは向こうの思うように話が進んでいるということだ。ということは、ペースとしては反乱軍側にはまたとない条件を出したことになる。


「はい。特に今年は寒冷だったと聞いています。そうした点を考慮すれば、年貢を半分にするということも致し方ないと思います」

「しかし、それは我々が武力で蜂起したからそうした、ということではないか? それでは遅いのだよ」

「ですよねーーー!」

「な?」


 華ちゃんは目を丸くして俺を見た。

 こっからは賭けである。


「ですよね! わかりますよ。俺だって、軍師じゃないのにやれ軍師になれと勝手に登用してですよ。そして初仕事がこれ! どう思いますか!」

「お、おう……。そう、だな。難儀なこと……だな」

「そうなんですよ! だからね、この条件で反乱軍との話し合いをまとめろなんてね、そりゃあ無理だって話です。言ってみれば、僕なんて殺されにいくようなもんなんですから」

「いやまあ、最初からそんなつもりではないぞ。それに、使者をこのような場で斬るのは許されざる行為だ」

「お優しいなあ」

 華ちゃんと言えるまでに驚き、むしろこちらにドン引きもしているがとにかく捲し立てるしかない。華ちゃんが引くことは良いことだが、ここでこの勢いを引けば俺は死ぬことになる!


「ですからね。思いました。年貢を半分にするなんて、ムシが良い! だって、寒冷で苦しんでいるのは他の村だって当たり前。それは全ての領内で実施します。だからこそ、他にも提案があります」

「そう、か。しかし、全ての村々にそんなことをしては財政が……。ちなみに、他にはどんな提案だ?」

「はい。戦争で傷ついた兵士には手当を出します。つまり、戦傷見舞いです。こうして戦争で傷ついた兵士や、亡くなった兵士の家族に手当を出します。また、有望な若者がいれば、積極的にこれを登用します」

「そ、そんな金の掛かる……」

「いえ、大丈夫です。俺を軍師にすると、殿さまは言いました。それも無理やりにです。ならば、こちらも多少の無理は聞いてもらわなきゃ」

「もしも、それが殿さまに受け入れられなければ、お前はどうする?」

「一緒に反乱しましょう」


 そう言うと、華ちゃんは背中をやや後ろに傾け、落ち着くように、すうっと息を吸った。そのままにやけた顔でこちらに体ごと倒れてくる。


「気に入った。それでもし良いならば、反乱はとりやめる。書面をしたためてまた来てくれ」

「あ、ありがとうございます!」

 全てが報われた瞬間であった。というよりは、ほとんど勢いだけであった。

 でも何とか戦闘だけは回避した。


 すぐさま、華ちゃんはもとの方向へ配下と去って行く。その時間もほんとうに僅かであった。交渉がまとまってからは十分もかかっていない。それだけ、今回の件では落としどころが彼女たちにもわかっていたのであろう。


 りんなちゃんと合流し、不格好だがまた馬の背中に乗せてもらう。ここからはもう帰り道だ。途中から、和解を聞いて急いで戻って来た実春さんとも合流し、交渉の内容を話した。


「しかし、そんな話で良かったんですか? 軍師様は殿とは年貢の半減のみでしか話をしていないのでは? それも引き下げ、というだけで半減までも」

「いや、実は戦傷者への手当てについても、許してくださいますよ。あの人は、なるべくなら負担は掛けたくないと言ってました。ならば、これくらいは大丈夫。それに戦をなるべく避ければいいんですから」

「軍師様にはその策がある、と」

「まあ、わからないけどね。でも、だからこそ戦傷者への手当は大事だ。それがあるからこそ、必死に戦えるわけだから」


「でも、危険だった」

 りんなちゃんも心配してくれていた。

「ありがとう。もう一つの、有望な人材の件も、この子がいるんだからきっと了解してくれるさ」

 りんなちゃんは顔を赤くして、そのまま闇夜を突き抜ける。


「して、軍師様」

「ん?」

「その、さっき言いましたけど。年貢の引き下げは許していましたが、半減までも良いと言っていましたか? それも領内全てとは」

「それをさ」

「はい」

「なんて言い訳するかを考えてんだよおおおおお!」


 この後、謁見しに行って報告をしなければならない。

 しかし、和解の条件に余計なものをつけすぎてしまった。これは、外交的な敗北かも知れない……。かといってまた交渉はしたくない! 逃げ出したい気持ちを抑えながら、りんなちゃんの馬は館へと進んで行くのだった。

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