第6戦 初陣は丸腰で!
俺は晴義さんから三百の兵をお供として連れ、実春さんがそれを束ねる大将として茂木地区の手前にある、
悲しいことに、俺はやはり馬に乗れないのでりんなちゃんの後ろに乗せてもらっている状態。しかし先程とは馬の速さが尋常なものではなく、中々安心して乗ることが出来ない。
「この先を抜けると、苅谷村になります」
横をまた身辺警護の武者が言う。この人もきっと兵士の中では優秀なのだろう。晴義さんが精鋭を集めたと言ってくれていたが、まさにその通りだと思う。
「でも油断しないで。苅谷も茂木の人も仲は良い。どんな状況になっているかわからない」
「でも行くしかないからね、それに苅谷には反乱の手はまだ登ってない気がするな」
「ほう、それは何故?」
割って入って実春さんが入って来る。手綱をしっかりと握りながら、時折背後も振り向いて兵士の隊列にも注文をつけている。
「ええ。恐らく茂木地区の人たちは、元々ある程度の力があったはずです」
「そうですねえ。だからこそ、力攻めをしないで今までは協定という形をとってきたというわけですから」
「それは茂木だからですよ。この苅谷では普通に税を納めているのでしたら、共に反乱を起こすということは彼らにとって良いことがないから」
「なるほど……では、我々は一足先に行って様子を見てきます。もし何やら揉めているようでしたら軍師様はすぐさま帰還してくださいね」
「実春さん、すみません。最低限の兵力で良いから、なんて言ってしまって」
「構いませぬ。これも我々の務め、今生の別れではありません。それでは」
そう言うと、実春さんは部下に合図を出し、一足先に駆けていった。三百とはいえ、騎馬やその後に距離を置いて駆けていく兵の姿は頼もしく、またそれ以上に数が多い様にも思えた。
「良いの、そんなこと言って」
「ああ。根拠はあるし、大丈夫」
「まあ、苅谷は昔、そこの有力者の人の仮住まいがあったところが地名の由来。今では武士みたいな侍はいなくて農業が盛ん」
「そうなんだ。りんなちゃんにとっては隣村みたいなものもんね」
「歴史を制する者は時代を制するとよく教えられたから」
「どんな英才教育を受けて来たんだよ!」
などと気の抜ける会話をしながら馬を走らせ、夜の帳がもう落ちきった中、いよいよ苅谷村へ到着した。
迎えてくれたのは、村の乙名であるという
「よくおいでなさいました。わたしが乙名を務めさせていただいている、九郎です」
「どうも。武田家の代表として参りました、雄一です」
「ではこちらへ、茂木の連中も次第にここを訪れるはずです」
「何かあったんですか」
「反乱に加わる様に激を飛ばしてきましたわ。ただうちは、殿さまに弓を引く理由はありませんから。村の乙名どもで寄合を行い、全会一致で乱には参加しないという話になりました」
「他の村にもその檄は飛んでいて、同調する者がいるかも、ってこと」
りんなちゃんの疑問は俺も考えていた。
「それは分かりませんが、もしそうであるならば我々にもその情報は来ているはずですが」
そうであって欲しい。
そうして連れてこられたのは、茂木村へと続く街道であった。既に実春さんが兵士を何人か残していた。
「よく辿りつかれました。実春様は、もう一つの旧街道の方へ向かって偵察に行きました」
「ありがとう、くれぐれも交戦だけは避けてほしいな」
ここで交戦ともなれば、茂木村へのダメージはおろか、民を傷つける結果となってしまう。そうなれば、晴義さんや、残してきた巴ちゃんに対して申し訳がない。
「九郎さん、ここの寄合所ってどこですか」
「ああ、はい。ここからすぐ行った先の、
「なるほど。では、茂木村の方に伝言をお願いします。武田の代表が、そこで待っていると。ぜひ彼らと話がしたい」
「ええ! そんなことしたら死にますよ!」
「あたしも反対。元々は敵同士。むざむざ殺されるだけ」
りんなちゃんは、村の気質を良く知っているのだろう。その様に、しかし表情は変えずに話してきた。
「でもりんなちゃんは、村の人間とうちが喧嘩したら嫌でしょ? それに、今までも一応は戦いは起きなかったんです。何とかなる……いや、何とかしてみせます! まあ、ダメだったらどうせ死ぬだろうけど、その時は助けてね」
一応保険はかけておかなくてはならないからね。
結局しぶしぶ、九郎さんがその旨を茂木村に早馬で知らせに言った。他の兵士たちには、実春さんを呼び寄せて戦わない様に厳命した。他にも、何かあれば助けてくれるように、とも……。いや、何もないよね……。
夜が明け始めようとしていた。りんなちゃん達は別室に待機している。
「しかし、お堂は寒いな……こんな火だけでそうやって一日すごすのよ……。それに結構な勢いで啖呵を切ってしまった。どうしようかな~!」
表でざわざわと声がする。
そして慌ただしくなり、別室で控えているりんなちゃんや兵士も出ているのだろうか、鎧の音がする。
「ほう、ほんとうにここには一人しかおらんのか」
現れたのは、反乱軍! 地侍! のイメージとは程遠い、綺麗な女性だった。胸もあるし、なにより釣り目でにたりと笑う姿は妖艶にも感じる。身長も高く、武士とは思えない彫刻のような人だった。
「は、はい。一人ですよ、そりゃあ」
「なるほどな。いや、あたしは
「まさか……女の人だっただなんて」
「ああ、そうだな。あっちはもうご老体ばかりでな。まあ、わかんだろ。前線で戦う奴もたくさんいてな、力が削ぎ落とされてるんだよ」
「良いんですか、そんな内情を話しちゃって」
「構わないよ。それがあんたらの目的なんだから。兵士にとっちゃえば、その村の生産力は低下するが、村の自己防衛能力も落ちる。どちらも支配者には悪いことではあるが、内部での反乱は避けられるからな」
この人は本質をよく見抜いている。実際、義晴さんもそのようにしていたのだと思う。だからこそ、この様な村の反乱が意外だったのだ。
「なら話は簡単です。ここで槍を収めてください」
「だめだ」
「年貢ですか?」
「おう、なんだい。あんたわかってんじゃないか」
やはりそうだ。寒冷による稲作の不十分さで、年貢を払うのもつらく、まして戦いが激化している中で働き手を取られれば生活など出来たものではない。俺は現状を理解し、何より一般庶民感覚がある! 生まれながらの将軍ではない!
「では、こちらから提案があります」
俺の初陣が始まった。ここで、必ずお互いにより良い関係にしてやる。なぜかわからないが、俺にはそれがこの子となら出来る様な気がしていた。
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